自己紹介7。
カウンターのレストランにおける楽しみとは、食事自体は勿論のこと、シェフや大将と話が出来ることもプライオリティーが高いだろう。
コの字型のカウンター。目の前で料理が出来上がっていく様は、胸躍る瞬間だ。
料理人は得てして会話が苦手な人が多いが、後藤シェフは会話がとても上手く、お客様の心を鷲掴みにしていた。
料理で胃を、会話で心を掴む。
料理だけではない、人としての力、人間力が大切だとこの時実感した。
2年が経ち、カウンターでの仕事にも慣れてきた頃。
1人のお客様から言われた言葉がある。
『あなたの所作は流れるように美しい。見られている事をちゃんと理解してますね。』
かなりお年を召した女性でしたが、笑顔で僕に語りかけて下さいました。一緒に来ていた娘さんはとても驚き、『不断滅多に人を褒めないんです』と。
自分なりにオープンキッチン、カウンターでの仕事を意識してきたことが少し報われた気がした。
それ以降は常に人から見られる職業だという事を忘れぬように働いている。
シェフとして表に出れるようになった今は更に意識をしている。
清潔感は勿論のこと、この人のようになりたいと思ってもらえるように、少しでもカッコよく生きたいと思う。
人と同じ事が嫌いで、シェフといえば、短髪で真っ白いコックコートを着る。というのは絶対にしたくなかった。
何が良いかは人それぞれだが、自分は自分らしく、少しでもカッコよく。それは勿論見た目だけの問題ではなく、生き方自体を。
後藤シェフからは料理だけではなく、本当に多くの事を学ばせて頂いた。今広尾のメログラーノは毎日満席で、予約が取れない人気のイタリア料理店です。
その理由は一緒に働いた僕には良く分かります。人を愛し、人に愛されるシェフ。
少しでも後藤シェフの様に。
自分の今後を考え、そろそろ次の店をと思っていた頃。1つのレストランと出会った。
その衝撃的な出会いは、運命だったのだろう。
料理人としての考え方を180度変えてもらった店。
『L'AS』との出会いだ。
麻布十番にカラペティバトゥバというフレンチがある。
家から近かった事と、料理が抜群に美味しかった事から、足繁く通っていた。
当時このお店で働きたいと思っていた事もあり、特別な思い入れのあるお店だ。
ある日当時のシェフ兼子大輔さんが独立したと話を聞き、直ぐにお店に足を運んだ。
表参道骨董通り『L'AS』
今では珍しく無いが、当時衝撃的だった5000円のお任せコース。テーブルには引き出しがあり、カトラリーがセットされている。そしてコースに合わせてワインのペアリング。
あらゆる無駄を排除する事によって実現する5000円というバリュー。
肩肘張らない空間で、純粋に料理を楽しめる。
そして料理は本格派のフランス料理。
行ったその日にこの店は確実に流行ると確信した。
一人で食事に行ったので、帰り際には兼子シェフともお話しする事が出来た。
やはりフランス料理の世界に戻りたい。
2年半イタリア料理と共に時間を過ごし、改めてフランス料理を、フランスへ行きたいという想いが強くなった。
しかし、3年間は同じ店で働きたいという想いもあり、今後をどうするか悩んでいた。
そんな矢先一本の電話が掛かってくる。
L'ASの兼子シェフからだ。
食事に行った時の予約の電話番号に連絡を下さり、お話を聞く機会を頂くことに。
それは食事から2ヶ月後の事だった。
現状や、今後フランスへ行きたい事、将来なりたいビジョンや料理感など、短い時間の中で色々と話を聞いて頂いた事をよく覚えている。
しかし今の自分の立場では直ぐにお店を辞める方は出来ない。行きたい気持ちを抑えながら、兼子シェフにはそう伝えた。
自分で伝えたとは言え、晴れない気持ちはごまかせなかった。
その一週間後にもう一度電話が。
2度も連絡を頂けた事、フランス料理へ戻りたかった事、フランスへ行きたい事。
色んな想いが頭の中を交錯し、素直にL'ASで働きたいと思い、その事を後藤シェフに伝えた。
『ちょうどイタリアから帰ってくる料理人がいたけれど、田村くんがいるからと断ろうと思っていた。でも田村くんが新しいお店へ行きたいなら応援するし、人の事も心配はない。』
本当に多くの事を学ばせて頂き、次のお店の事まで考えて下さった。後藤シェフからは料理以上に大切な物を教えて頂きました。
2年半お世話になったお店を離れ、再びフランス料理の道へ。
しかし、その前にやらなければならない事が1つだけ残っていた。
『L'AS』で働いた事で、僕の料理人としての考え方は180度変わった。人との、お店との出会いで、僕の人生は更に変化を増していく。