ミニマリスト批判みたいな

今回のトピック

・前書き

・ミニマリズムの本質は依存である

・ミニマリズムとはイスラム教である

・後書き


前書き

最近テレビやSNS等でミニマリズムという言葉を聞く機会が増えてきた。ラディカルなモノから比較的易しいモノまで人によってグラデーションがかっていることは言うまでもないが、それらに共通しているのは生活をスリムにするということだと思う。今回はそれに関して浅知恵を働かせてみたところ、そのまとまらない思考をどこかに吐き出したくて筆を執りました。

ミニマリズムの本質は依存である

ミニマリズムというのはアウトソーシングのしすぎである。その思想の濃淡はあるにせよ、内部から持つモノを減らすということはどうしても外部に頼る部分が出てくる。ここで言うモノとはインフラなども含まれるとして、その依存のレベルに関しては環境による。すなわち都会的、先進的な社会にすむ人にとってその依存レベルは高くなるし、農村部のような場所では自分でモノを所持するのは必須だ。最もそのような田舎でこんな思想が流行するとは思えないが。

このような依存、すなわちスリム化はリスクを伴う。もし災害などで都市機能が低下した場合、ミニマリストは普段の生活で必要最低限のものしか持っていないのだから路頭に迷いかねない。また、彼らはこの状況を“新しいライフスタイル”と自負するきらいがあるが、所詮これは正常に機能している都市に住む人間にしか許されていないことである。

ミニマリズムとはイスラム教である

また、ミニマリズムとは“新しいライフスタイル”というよりは“宗教・思想”の範疇である。実際twitter等で見られるミニマリズム信徒はある日突然大金が手に入り、またそれが持続される状態を保証されたとき、どうするであろうか。また、大金持ちと呼ばれる人がミニマリストを信仰するであろうか。いずれも極端な例だが、私がこれらを引き合いに出して言いたいことは”人間は所詮物欲が絶えない”と言うことだ。確かに中途半端にお金を持っているけれど遺す宛てもないしでミニマリストになったり、クリエイター的でそもそもそちらに意識が向いていない人などはいるだろう。だがほとんどの教徒は自分の好きなモノに囲まれた生活ができないから、奴隷道徳のごときミニマリズムを信奉しているのであると私は考える。

これは砂漠などの乾燥した厳しい世界でイスラム教が覇権をとったことと似ている。そしてこれらは思想であって、道徳であるといえる。

後書き

今回初めてnoteを使ってみました。なかなか意見がまとまらず、言いたいフレーズをつぎはぎしたようなひどい文章で、結論もあやふやです。気を悪くされた方もいるかもしれません。ごめんね

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