公立病院には、役所や役場で飛び切り優秀な職員を送らないといけないのでは
3年の入院生活って
そろそろ地方公務員の人事異動の季節になりました。直営の公立病院がある自治体では、どの職員を病院に異動させてどの職員を長部局に戻すか、人事部門が頭を悩ましているところでしょう。
自治体の人事異動の中で、病院への異動は特に人気の”ない”異動の一つだと思います。内示が出たときに、「これから3年間の入院生活だ」と嘆く職員もいるし、異動したらカレンダーに「あと〇日」なんて書いて、そこに車線を入れるのを楽しみにしながら働いている職員もいるそうです。こういう職員に限って、異動の日を首を長くして待っているくせに、病院内では亀のように首を縮めて気配を消していたりしているんでしょう。
病院勤務は厳しい
なぜこんなことが起きるのか。その理由の一つに、長部局とはあまりにも違う組織の構成があると思います。
長部局は基本的に事務屋だけの集まりで、いわゆるお役所の掟の中だけの非常に均質的な社会です。上下関係も部長や課長、係長という組織図に明記された指揮命令系統を基本にしています。
これに対して病院は、医師や看護師をはじめとする非常に高い専門性と知識、それも長部局で必要とされるものとは全く違うものを持った人たちの、事務屋からすると極めて異質の集団です。
前にも書きましたが、事務屋からするとまず言葉が違います。仕事にしても、予算執行と事業の実施が主な目的となる長部局に対して、住民を相手に病気を治すことが仕事の医療職を支えたり、薬や医療機器の仕入れなどの外部の人との対応など、まったく毛色の違う日常業務が待っています。
これも前に書いたと思いますが、長部局の事務屋どうしなら「これは規則に書いてある」で通じますが、医療職相手には通じません。「規則ですから」と言ったら、「どこにそんな規則があるんだ」から始まって、「なんでそんな規則があるんだ」「現場に合わないから規則を変えるべきだ」まで行ってしまうこともあります。おまけに機嫌を損ねたら辞めてしまう可能性もあり、一人辞めるだけならまだしも、医局や大学から「医師全員引き上げ」なんて言われた日には目も当てられない大混乱に陥ります。
当然ながらこういう話は先輩から後輩に引き継がれてきますから、病院への異動の内示が出た瞬間に、憂鬱になってしまう職員が出てきてしまうのも、仕方がないのかもしれません。
病院の事務職員には多くの知識が求められる
もう一つは、病院の事務職員には、とても広い知識や能力が求められるということです。
公務員は基本的に法令に基づいて仕事をします。一般の地方公務員であれば、憲法は当然として、まずは基本的な地方自治法とその施行令や施行規則、そしてそれにつながる各自治体の条例や規則を理解することは必須です。その上で、それぞれの業務の根拠となる法令を理解しないといけません。生活保護の担当であれば生活保護法や社会福祉法などの関連法規と国からの通達を基に仕事をします。土木関係でしたら、建築基準法や都市計画法などの法令を勉強しないといけないでしょう。
では公立病院での勤務はどうでしょうか。
自治体の組織ですから、地方自治法などとそれを根拠とする自治体の条例や規則は当然のこととして、自治体病院の基本である地方公営企業法とその施行規則なども理解しないといけません。これらの他に、病院の根拠である医療法、医療職の根拠となる医師法や薬剤師法、保健師助産師看護師法などの医療専門職の資格に関する法律、医療廃棄物に関連する廃棄物処理法、病院の建物などに関係する建築基準法など、幅広い知識が必要です。
もちろんそれぞれの業務に担当がいますので、すべてを理解する必要はないのですが、長部局と違って職員が少ないので、一人の職員が非常に幅広い分野をカバーしないといけません。例えば総務の担当なら、自治体の人事規則以外に労働基準法や労働安全衛生法などの一般企業に適用される労働法規の知識も必要になります。調達の担当なら、民法の契約の知識も必要ですし、薬機法と呼ばれる薬剤や医療機器の基準などに関する知識が求められます。病院経営を見るためには、当然ながら簿記の知識が必要ですし、診療報酬について知らないとそもそもなぜ赤字なのかもわかりません。
民間病院なら採用されてからこのようなものを勉強する時間がありますし、これらについての蓄積を持った先輩や上司がいます。でも、公立病院の場合には、異動したらいきなりさあこれらに基づいてやれ、と言われるわけですから、それは憂鬱にもなろうというものです。
人事を考えよう
こういう病院事務現場の厳しい状況を考えると、公立病院をしっかり運営してちゃんと経営するためには、その自治体でもとびきり優秀な職員を事務職員として配置することが必要だということがわかるでしょう。
実際、ある全部適用の県立病院では、事業管理者が首長にかけあって、病院から異動するときには昇任して異動させること、そしてそういう立場の職員を病院に配置するようにしてもらったら、事務職員のモティベーションが上がった、という話を聞きました。
もちろん公務員にとって昇任がすべてではないのですが、病院で苦労しても評価されないと思うのと、苦労はあっても、それは能力があるとみなされていること、そしてその苦労が異動の際に報われる、というのでは大きな違いです。
では、多くの公立病院での人事はどうなっているのでしょうか。
最初に書いたように、3年の入院生活と言って異動の日を千秋の思いで待つような職員がいるということは、病院への異動が希望のあるものではないということでしょう。それどころか、職員の間ですらあの職員は本庁では役に立たないと思われているような人物と一緒に異動になるようでは、私も役に立たないと評価されているんだな、と思ってやる気を失うのは当然です。
繰り返しになりますが、病院の運営と経営はものすごく難しい仕事ですし、まして公務員にとってはとても厳しいものになります。
うちの病院は赤字で困っているという首長は、病院にとびきりの職員を送っていますか?人事には、病院に配属された職員が希望を持てるように指示していますか?そこから始めないと病院の経営改善は困難でしょう。
繰入金を増やせないなら、同じ給料で結果の出せる職員を配置することを考えるのが、経営改善の第一歩だと思います。
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