公立沖縄北部医療センターは絶対失敗する 6
(写真は沖縄県のホームパージから)
http://www.hosp.pref.okinawa.jp/hokubu/north-medical/
沖縄本島北部で設置が検討されている(決定した?)公立沖縄北部医療センターについて、次のような構成で駄文を書いてみます。
と言っても約20,000字という社会科学系の卒論並みのボリュームになったので、適当なところで切り分けながら載せていきます。
1 はじめに
2 沖縄北部医療センターの成功と失敗
(1) 診療についての成功要求はとても高い
(2) 経営では、基準内繰入で黒字ならOKとする。でも厳しいだろう。
3 現在の計画の概要
4 医療提供の可能性
(1) 必要な医療職の数
①必要な医師数
②看護師その他の医療職の必要数
(2) 医療職確保の見込み
①医師の確保の見込み
②看護師確保の見込み
③他の医療職の確保の見込み
5 将来の経営見込み
(1) 収支見込みと問題点
(2) 運営及び経営の能力とガバナンスの問題
6 市町村や県の財政への影響
7 何が問題だったか、どうすればよいか
(1)何が問題だったんだろう
(2)どうすれば良いんだろう
6 市町村や県の財政への影響
さて、今の基本協定では、一部事務組合の構成市町村は地方交付税の算定額だけ負担して、赤字が発生したら県が負担することとなっている。このため、仮に僕が試算したような65億円もの大赤字になったら、県は大変な負担を抱えることとなる。令和6年度の一般会計予算額が約8,400億円なので、その0.8%近い額を負担しないといけないことになる。でも、市町村は追加の負担はないので一安心ということだろう。
では、頑張って診療体制を整備して黒字になったら万々歳かというと、県はそうだろうが市町村には大きな影響が出る。それは国民健康保険だ。
人口減が予想される以上、当然国民健康保険の被保険者数も減少することが予想される。上に書いたように、北部圏域では、65歳以上の高齢者の人口は増えるのに65歳未満の人口は減ることが推計されている。こういう人口の変化の中で、県が黒字となる推計をしているとおり医療費が増えていったらどうなるだろう。答は明らかで、市町村の国保の保険料の増となって戻ってくるわけだ。これを住民にどう説明するのか。今のような無茶な試算で作っておいて、皆さんが希望した病院ができたんだから、納得して収めてください、と言えるのかな。
市町村では国保の医療費を下げるために必死で取り組んでいるのに、沖縄北部医療センターが経営のために患者を増やせば、その努力は無になってしまう。一方で、市町村が頑張って医療費を縮減すれば、沖縄北部医療センターは赤字になって県は莫大な負担を余儀なくされる。つまり市町村がブレーキを踏もうとしているのに、病院の試算ではアクセル全開で収益を上げようとしているわけで、どちらが勝ってももう一方は酷いことになる。
この矛盾に協議会や幹事会のメンバーは気づいているんだろうか。
7 まとめ
(1)やっぱり失敗するよね
初めに成功と失敗の基準として、病床稼働率85%と基準内繰入で黒字という2つの視点を上げた。
実際のところ、病床稼働率と入院収益は正比例するので、病床稼働率が85%に近くなれば、基準内繰入での黒字に近づくことになる。つまり病床稼働率が85%以上にできるかどうかが、経営も含めた成功と失敗のカギになる。
ではその病床稼働率だが、これは看護師数が制約条件になる。なぜかというと、病棟は種別によって必要な看護体制が決まっていて、看護師数によって稼働させられる病床数が決まるからだ。
令和5年7月に示された沖縄北部医療センターの収支見込み基礎計算では、一般病床の診療単価を54,576円と見込んでおり、7体1の看護体制を考えているのだと思われる。実際に県立北部病院も現在7対1の看護体制だが、看護師は決して潤沢にいるわけではなく、許可病床325床に対して、看護師不足により稼働病床は275床となっている。アンケートに見るように、そこで働いている看護師で少なくとも3年まで派遣に応じるとしたのは81人に過ぎない。ということは、前にも書いたように、開院当初に稼働できる病棟は、一般病棟では3割程度になってしまう可能性があり、病床稼働率85%には遠く及ばないことになる。従って、見込んでいる入院収益は入らず、大きな赤字になってしまう。そして、3年の間にしっかり看護師が確保できなければ、赤字は継続的に続くことになる。
つまり、病院が医療提供の面でも経営的にも成功するためには、1にも2にも看護師の確保にかかっているわけだけど、それは非常に厳しいことが予想されるので、やはりこの病院は失敗するよね、という結論を考えている。
改めて言うと、上にも書いたけど当初県立病院から多くの派遣をすることを検討しているので仮にこれが実現したら、給与費比率は医師会病院の比率を大きく上回ることになり、令和7年7月に県が示した「開業10年後に3億円あまりの資金不足が生じる」は、もっと早くしかも多額の資金不足になることになる。これは、当初の給与費の試算で、給与費率を使わずに想定している採用可能職員数と職種ごとの平均給与費を合計して、それに見合った病床稼働率を計算したらすぐ出せるんだけど、なんでやらないんだろう。
(2)何が問題だったんだろう
最初に書いたように、北部の基幹病院構想は平成29(2017)年3月24日に開催された住民総決起大会に始まる。この時には県立とすべきということは示されておらず、実現を県や琉球大学に要請するということになっていた。
私としては自分たちで言い出したことだから、まずは自分たちで汗をかいて県立ではなくて公立を考えればよいだろうと思っていたし、北部地区医師会も主催者に入っているのだから、県立で作るんだったら医師会病院の職員の処遇については医師会が責任をもって考えるんだろうと、意地悪く見ていた。
どこが設置主体になるかはっきりしなかったのが、県が設置することが確定的になったのは、2018年の沖縄県知事選挙で有力候補2人が北部への基幹病院の設置を公約にしたからだ。2人の公約となったことで、どちらが勝っても県が作ることになったわけだけど、少なくともこの時点で診療科や病床規模、収支見込みなどの具体的な議論はなく、住民総決起大会で出された要望=デマンドを受けたものに過ぎなかった。
住民の要望に応えるのは政治の役割ではあるけれど、どれだけの行政コストをかけても良いということではないはずだ。記事によると北部地域基幹病院整備推進会議の会長・高良文雄北部市町村会会長(本部町長)は「中南部との医療格差は大きい。どこに住んでいようが、一定の医療を受ける権利がある」と話したとあるが、離島である宮古島や石垣島、さらにその周辺の離島の医療格差は北部よりも大きいので、この理屈で北部に基幹病院を作るなら、宮古や八重山も同様にやるべきだということになる。確かに北部の高度医療や救急、急性期医療のインフラは中南部に比べると劣っているが、だからと言って、どれだけお金をかけてもこれらの医療を必ず北部で完結させないといけないということではないだろう。
地方自治法は「地方公共団体は、その事務を処理するに当つては、住民の福祉の増進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない」(地方自治法第2条第14号)と定めており、一方地方公営企業法は「地方公営企業は、常に企業の経済性を発揮するとともに、その本来の目的である公共の福祉を増進するように運営されなければならない」(地方公営企業法第3条)としている。(下線は筆者)今の計画はそのいずれにも反することになると思うのだが。
病院の経営は極めて専門的な知識と職人芸的な調整能力、医師を始めとする高度な国家資格職の人事管理などと言った、非常に難しい要素が求められる。ドラッカーは、マネジメントで一番難しいのは病院とNPOだと書いている(記憶がある)。どちらも、高度な専門知識と医療や社会情勢に対する意欲を持った人の集団だからとしている。
このような難しい判断を求められる病院の設置には、単に住民の要望に応えるだけではなく、将来の人口や疾患の動向の予測とともに、最大の経営資源である医師や看護師の確保の見通しなども含めた慎重で丁寧な検討と、しっかりした情報開示に基づく議論が必要だと思うが、今回の場合にはこれらのどれもないままに、選挙公約という形で開設が決まったことが最大の問題だと思う。
(3)どうすれば良いんだろう
関係者からすれば言いがかりに見えるかもしれないことばかりをここまで書いてきた。私としては、マトリックス評価では大失敗になる結論鹿出ない。
でもそういう文句ばかり言ってあげつらうのは建設的でないので、将来に向けてはどうしたらよいかも考えてみる。
北部は、面積が広く2次医療圏としては独立しているが、人口10万人規模では救急や高度医療の提供には小さすぎる。これらの医療については、中部と合わせた60万人規模で考えるべきだろう。現在は沖縄北部医療センターの新設だけでなく、中部病院の改築も議論となっており、地方自治法や地方公営企業法が求める経済効率性を考えると、これらを別個のものとして考えるよりも、一体として考えることが良いと思う。
実際の問題として、このまま沖縄北部医療センターを整備して、僕が考えるような赤字になったら、それは沖縄北部医療センターだけの問題ではなくて他の県立病院も含めた医療提供全体に大きな影響が出ることになる。中部病院や精和病院の新・改築移転なんかとんでもないし、将来の宮古病院や八重山病院の改築にも影響するだろう。
以前私が勤めていた沖縄県立中部病院の院長は、中部病院の540床のうち適当な病床数を分けて、北部病院と統合して高速石川インターの近くに救命救急センターと高度急性期を担う病院を作れば良い、という話をされていた。高速を使えば現在の北部病院からは30分で到着するし、ドクターヘリの基地も併設すれば国頭村や東村、大宜味村などとも30分以内で対応が可能になる。小児救急や参加分娩などもこちらにおいて、中部のうるま市から北、恩納村や金武町、宜野座村も含めた40万人の人口圏で必要な医療を提供しようというもので、ほんとうに慧眼だと思う。
このアイディアなら、北部には高齢者の増に対応した回復期リハ病棟や地域包括ケア病棟を必要数確保し、同時に残った中部の病床もそのような病棟にすることで、新しい病院の後方病院を確保できる。また、同時に中部の移転、高度化にも対応できるし、今のところ高度急性期の空白地帯になっている観光地の恩納村や、金武町、宜野座村の医療も充実できる。合わせて、北部東海岸に診療所を作り、常駐ではなくて沖縄北部医療センターからの医師の巡回で対応すれば、これらの地区ではこれまで以上に日常的な医療密度を高めることができる。
高度医療については、公立病院だけで考えずに、例えばがん治療に関してはPETを有してがん治療に実績のある中頭病院を中北部のセンター化して、県立からも必要な科の医師を派遣あるいは転籍してもらう。そして新しい県立の病院は中北部の脳血管治療や心臓・循環器のセンターにして、中頭病院からも医師に異動してもらうよう提案する、くらいの大きな視点があっても良いのではないだろうか。それこそが医療政策だと思うのだが。
あと、経営については北部地区医師会だけで指定管理にした方が良いと思う。現実問題としては、北部地区医師会が450床分の医師や看護師を集めることは困難だと思われるし、現在の稼働病床数236床と沖縄北部医療センターの450床では経営規模もまったく違うので、経営は難しくなると思われるが、それでも集まることが厳しい上に経営能力が疑われる県と12市町村の理事と一緒になってやるよりは、はるかに効率的で迅速な判断ができると思う。まあ、その分経営責任は重たくなるのでやりたくはないだろうけど。
そういう風に考えると、まずは現在の医師会病院と同程度の規模の公立病院にして、北部地区医師会の指定管理とする。救急や高度急性期は上にあげたように中部病院から分けた病床と北部病院の病床で、新しい病院を並行して作ってとりあえず始めることにする。その後、必要な二次救急や小児科、産婦人科について検討し、医師や看護師の確保状況を見ながら拡張する、という二段階の整備を考えても良いのではないか。
現代の医療は、EBM(Evidence Based Medicine-根拠に基づく医療)が求められている。同時に政治行政においても、EBPM(Evidence Based Policy Maling-根拠に基づく政策形成)が必要だ。行政の事務屋は、選挙で示された民意を実現することを求められるのは当然だが、その実現方法は一つではなくて別の方法があることを根拠に基づいて政治に示すのも必要ではないだろうか。
僕の駄文程度で今動いている大きな流れが変わることは決してないとは思うけど、少なくともこういう警鐘が出されていたことは知ってもらいたいと思う。そして、できるならしっかりしたコンサルタントに、中立的な立場で将来の経営予測をやってもらい、その結果を基に今の計画を再検討してもらいたいと切に願う。
その結果、どれだけの赤字が出ても政策としてやるんだということを、議会も含めて決定するならそれは民主主義の結果だろう。このままあいまいな職員確保と将来推計のままで計画が進んで、近い将来あるいは遠い未来に、自分たちは決定にまったく関わっていない公務員の後輩たちが赤字を責められるのを見るのは面白くない。また赤字を垂れ流すだけで住民の健康と福祉の向上に一向に役に立たない病院を見るのもごめんだ。
まあ、誰でも良いけど少し考えてください。僕の分析や意見は大間違いだというなら、どうぞ指摘してください。それも含めてみんなで議論してもらうことが最大の願いです。
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