10 お医者さんとはどう付き合ったらいいんだろう…
〇〇さん、辞令をもらって病院に来てどうでしたか?
まずは院長先生にご挨拶に伺ったでしょうね。その時には、院長先生の出身大学と診療科、持っている資格などは予習してから行ったでしょうか?
初めての時は、予習していなくても「初めての病院勤務です。よろしくお願いします。」で良いと思いますけど、早いうちに調べておいてくださいね。
それから、副院長先生、診療部長の先生、各診療科の部長の先生と、一通り管理職級の先生方にご挨拶をしないといけないですね。
まず必要なのは、自分の病院がどの大学の系列なのかということは確実に押さえておいてくださいね。大体の病院は、医師を派遣してもらっている大学とつながっていますから、それを間違えるとエライことになりますので、くれぐれも注意してください。
もう一つ、皆さんにご挨拶する前に、自分の病院の診療科をしっかりと確認しておいてください。まず大きく内科系と外科系の診療科にわかれていて、その中でいわゆる臓器ごとの専門科がありますけど、同じ心臓や血液の流れを診るのでも、循環器と言うと内科で心臓血管というと外科になりますから注意が必要です。そういう専門科がどういう風に分かれているのか、自分のところにある診療科だけでもちゃんと確認しておいてください。
さて、最後に役付きでない医師とのご対面ですが、大きな病院だと100人を超える医師がいますから、一人一人に挨拶するのはまず無理です。なので、こういう場合は医局会に参加させてもらって、挨拶の時間をいただいてください。
「医局会」というのは、事務屋にとっては極めて不思議な世界です。
大学の教室に所属する医師の集まりも「医局会」と言いますが、病院のものは、病院の組織図に乗っていないインフォーマルな医師の話合いの場で、ある意味では医師の自治組織といっても良いかもしれません。
リーダーは医局長と呼ばれますけど、選挙で選ばれるのではなくて(ある意味選挙になる状況の方が怖い)、なんとなくみんなの話合いで決まるみたいです。まあ、基本的には専門家の集団ですし、一家言持っている人もいらっしゃいますから、まとめていくのは役所の答弁担当を決めるくらい面倒なので、なりたい人がなるというよりも引き受けさせられたという場合も多いんじゃないでしょうか。
医局会でご挨拶となると、もしかしたら中にはちょっとだけ意地悪な先生がいて、たぶん事務部長は知らないだろうなということとか、前任の事務部長にお願いしたけど片づけられていないことをわざわざ質問してくることもあるかもしれません。まあ、そこは通過儀礼だと思って「すいません、まだよくわかりませんから、後で個別に教えてください」と答えておけばよいと思います。
本当に何とかしてもらいたい内容だったら、「では後で部長室にお伺いします」とくるでしょうし、単に試したいだけだったら「いや、前の部長さんにしっかり確認しておいてください」で済んでしまうと思います。
ついでに「事務部長室のドアはできるだけ開けておくようにしますので、なにかあったらいらっしゃってください。コーヒーのお時間でも良いですが、お菓子を持ってきていただけるともっと歓迎です」くらいの受け狙いは言っておいても良いかもしれません。
この医局会ですけど、だいたい月に1回決まった日に開催されますので、時間帯が合うようでしたら、ぜひ医局長にお願いしてオブザーバーで参加することをお勧めします。
医局会では、救急受入の考え方やどの先生が専門医資格を取得しました、などいう診療についての話題、どの先生が学会で発表します(しました)とか医療講演会が開催されますという研究や医学についての話題から、医局会での歓送迎会や忘・新年会、医師の結婚や子供が生まれましたなどの楽しい話題も出てきますから、医師全体の動向を知る良い機会になります。
時には、大学の教授選の動向、医師の派遣について大学の医局はどう言っているみたいな生臭い話も聞けることもありますので、翌年度の医師の動きを早めに知ることもできるかもしれません。
何よりも、事務部長は医師の意見を聞こうとしている、というアピールの場にすれば、改善の提案もトラブルになりそうなことも、早くしかも直接入ってくるようになります。事務部長にとっては、病院で起きていることやこれから起こりそうなことをしっかりと捕まえておくことがとても重要ですから、こういうチャンネルづくりは大事です。
「事務部長がいらっしゃるので、ぜひ知っておいてもらいたい」という発言があるかもしれませんが、そういう時は前に書いたように対応してください。
そうは言っても全く意味が分からなかったりできそうもないことを持ち込まれたらどうするんだ!とおっしゃるでしょうね。
でもそういうことは、役所の中でもしょっちゅうあるじゃないですか。一度答弁したらその関連の質問が出たらずっと答弁が回ってくるので、必死で爆弾の投げ合いをやったじゃないですか。首長の思いつきとしか思えない施策を、とりあえず議会と住民に説明できるように仕上げてきたじゃないですか。
そういうことに比べると、相手は少なくとも理屈が通ればたいがいのことは理解してもらえる人たちです。そして、ほとんどの質問や要望がそうですけど、そういうものを持ってくる時点で、大体の場合相手はその人なりの回答や解決案を持っていますから、それを引き出すようにすればよいと思います。
医「診察室のことで困っているから何とかしてください!」
〇「どういう風に困っているんですか?」
医「こんな状況で診察に手間がかかって仕方がないんです。」
〇「なぜその状況だと手間がかかるんでしょう?」
医「だって患者の動きがこんな風になって無駄が多いんですよ。」
〇「そうですか。そういう風になる原因は何なんでしょうか?」
医「検査や放射線の結果に時間がかかって、それを待っている間に患者が動いちゃうんです」
〇「なるほど。先生は検査や放射線の対応がボトルネックになっているから、診察に手間がかかる、その結果時間外も増えるとお考えなんですね?」
医「そうです。」
〇「ありがとうございます。医師の働き方改革はとても大事ですから、しっかり考えないといけないと思います。で、先生はどうしたら良いとお考えですか?あるいは先生がこれまで勤務された病院で合理的だったと思われるところはありますか?」
医「以前勤めていたあの病院では、・・・・・・・・・」
どうです、役所で習得した必殺技の質問返しです。必ずしもうまくいくとは限りませんが、相手は医学の研究者という立場もあるということを思い出してください。研究とは、事象に向かって内容を検討して、因果関係や相関関係を検証して結論を導き出す作業です。医師は病院内で困っていることについても、そういう思考の手順を踏んで考えていますから、それを教えてもらうんです。
〇「先生、おかげで困っている内容と対応策の考えがわかりました。内容を検討して、看護部にも確認してから、事務部としての考えをまとめて院長先生と相談してみます。」
答えはこれで十分です。
この答えで、①内容を検討する、②看護部に相談する、③事務部としての考えをまとめる、④院長と相談する、という説明ができて、すぐには解決できないことを相手に伝えることができましたし、時間も稼げました。
役所で使う「前向きの姿勢で善処できるよう検討します」よりはずっと誠実な対応ですから、そういうお役所文学を学んできた〇〇さんにはきっと大丈夫です。
あ、でも最終的にはできるかできないか、なぜそうか、できるならどういう風にやるか、などをその医師に回答するのは忘れないでくださいね。借金と一緒で、言われた方は忘れても言った方はちゃんと覚えているものですから。
他にも、お医者さんと付き合ううえで注意した方が良いことはたくさんありますけど、おいおいお伝えしますね。