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元アイドル、水産の荒波に飛び込む〜小島沙綾佳さんの場合〜
ジェンダーレスの時代、男性が多い職場に女性の姿を見ることも多くなってきました。高知県では、女性漁業就業者の確保及び定着に向けた効果的な支援策や現場改革への取組に繋げ、本県水産業への女性就業者の増加に繋げることを目的に、今年度新しい取り組みとして<高知の水産女子会>(企画:高知県水産業振興課、コーディネーター:フィッシャーマン・ジャパン)を発足。経歴や環境も異なる女性たちが、誰もが働きやすい水産業へと動き始めました。
母にも止められた実家の仕事
他業種と同様に高齢化が進む水産業界でも、若者や女性など多様な人材が働きやすい環境づくりを考え、受け入れ体制を整えることは重要です。とは言っても、なかなか現実は思うようにいかないもの。昭和、平成の古い考え方が根強く残っていたり、理想と現実のギャップが程遠かったり、出る杭は叩かれたりすることは往々にしてあるものです。
「高知の水産女子会」のメンバーである小島沙綾佳さんもその一人。
今のご時世、ステレオタイプの考えは避けるべきだけど、その地方独特の人柄や性格を表す昔ながらの表現があります。鹿児島の「薩摩おごじょ」、福岡の「ごりょうさん」、そして土佐・高知の「はちきん」。土佐弁で、「男勝りの女性」。気が強く、気のいい性格、おだてに弱い女性のことだそう。まさに、沙綾佳さんはそのタイプ。有り余るパワー、戦闘力は計り知れず。しかし、水産業に飛び込む前は何をされていたんでしょうか?
「高知で生まれ育って、16歳の時から19歳まで4年間は東京でアイドルしていました!東京から高知に戻ったのは寂しかったから」
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年齢を考えると、他にもたくさん職業の選択肢はあったはず。飲食店で働いたけれど、昼の仕事に就こうと考えていたけれど……。「私は中卒なので、あんまり面接も自信がなくて……。で、もう実家で働こうと思って。でも、お母さんにすんごい止められました。しんどい思いをするから、絶対やめなさい!って。まぁ、嫌だったら辞めればいいかと思って(笑)。けど、本当にしんどかった! やめたいと思ったこともいっぱいありました。なんとかかんとか、今まで続いてるって感じですね」
仕事が終わらない……<下積み>時代
沙綾佳さんが働く小島水産は、高知県須崎市浦ノ内にあります。太平洋の波を遮るように東西に伸びるリアス海岸を形成する横浪半島。その半島に守られているように穏やかな浦ノ内湾。小島水産は、水産加工と活魚の他に、養殖ブリや鯛の餌を養殖漁師さんに販売し育ててもらった魚を買い戻し販売し、調達安定をしています。
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その穏やかな環境に反して、沙綾佳さんが飛び込んだ水産の世界は、一言で言うと「ヤバい」場所でした。
「人が全然いなくて、加工部門に入ったんですけど、結構みんなしんどくて。入っても辞める、入っても辞めるって感じで、人の出入りが本当に激しくて。居酒屋さんで働いてた方とか来ていただいたんですけど、居酒屋さんは1日でさばく魚は多くても5尾、10尾。でもうちは1日に300〜 500尾。単位が違うので、スピードも歩留まりも求められてってなると、皆さん嫌になったり腱鞘炎になったりして。結構辞められた方もいたし、地獄でした。本当にしんどかったですマジで」
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しかもブリは5キロ、鯛も2キロと扱う魚も大きい。当然、力もいる。特に年末は忙しさに拍車がかかります。
「年末は、1日に2000〜3000尾さばくので、初年度は本当に時間がなくて。仕事が終わったら、もう1分でも長く寝たくて車で寝て、また7時から魚をさばく、みたいな。みんなバタバタ脱落していく感じ。けど、やらないと終わらないしみたいな。本当にやばかったです」
工場のスピードアップに孤軍奮闘
それでも頑張ることができたのは、なぜでしょう?
「21歳ぐらいの時に、加工場の責任者をやりなさいって言われた時から頑張ろうと思いました。この状態をあなたが変えてみなさいみたいな。でも、私はまだ若いから嫌われるんですよね。上が女だと嫌みたい。女の人にも嫉妬されるんですよ。若い私が仕切ってるから。しかも良くしようと思って頑張れば頑張るほど、嫌われたりして。最後は、みんなもう『さやかちゃんなんて嫌い』みたいな。多分10人ぐらい辞めました。でも、私が嫌われた方が、一番丸く収まるというか……」
しんどい時期を乗り越え、現在はその時期に沙綾佳さんについてきてくれた人たちが会社に残っているそうです。沙綾佳さんも出産を経て、現場から一歩退き、繁忙期には現場に入り、監督として現場を見ていますが、まだまだ課題は残っているそう。
「私が現場にいた時には仕事が早く終わるように指示をしていたんです。普段から『早くさばこう』と心がけたほうがスピードアップにもつながるし、仕事が忙しくなる年末にかけて、準備ができる。「みんなどんどんスピードアップして頑張らないかんよ」って言ってるんですけど、なかなか…。その日のノルマが早く終わっても社員さんにもパートさんにも給料を保証しているのに、定時まで時間いっぱいかけて仕事をするんです。不思議でたまらない。早く終わったら、めっちゃ嬉しいのに」
ベトナムからの新しい風に期待
人は増えたけれど課題は残る中で、さらに10月からはベトナム人実習生を雇う予定だそう。沙綾佳さんは、今の課題を彼らが変えてくれるのではないかと、その働きに期待しています。
「ベトナムからの実習生の子たちは、9月に入国して1ヶ月間は日本語の勉強や権利などを学ぶんですけど、その間に捌くことを教えたりするのはいいよってコーディネーターさんに言われて。2回教えたんですけど、動画を見て覚えてきてくれて。何もしたことないのに、1回目から魚をさばけるんですよ。もう全然やる気が違いすぎてびっくりしました。2回目には、めっちゃ綺麗に捌けて。手先が器用なんですねベトナム人の人って。その子たちに現場のスピードアップしてもらおうと思ってるんです。だってその子たちは仕事が早く終わったら日本語の勉強したいんですよ。だからめちゃ期待してます!そして、指示したり注文まとめたりっていうのは日本人の子にやってもらって形になったら、もっと仕事は早く進むはず。ベトナムの子たちが活躍するのが楽しみです!」
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沙綾佳さんがベトナムからの実習生たちに期待を寄せるように、違う視点、違う考え方が、現場を変えていくことは往々にしてあります。そういえば、高知・土佐の坂本龍馬といえばまさにそんな人物。親しまれていた反面、他藩はもちろん、同志からも疎まれていました。
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小島水産の人気商品の『乙女鯛』と『乙女鰤』は、坂本龍馬のお姉さんで『坂本のお仁王様』とも言われた乙女姉やんからいただいたそう。てっきり元アイドルの沙綾佳さんが名付け親かと思いきや、「坂本龍馬はお姉ちゃんの乙女姉やんが育て上げて全国に広まったように、自社の鯛やブリを全国に広げていきたいっていうので、おじいちゃんが、そこから乙女を取ったそうです」。
おじいちゃん、その乙女姉やんの『はちきん』の気質は、沙綾佳さんがしっかり受け継いでいます。
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