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土佐清水の100年企業をブラッシュアップ 〜新谷瞳さんの場合〜
時代は変わっても、女性にとって結婚は生活に大きな変化が男性よりもグンと生じます。退職、移住、出産、子育て……。特に少子高齢化が顕著に進む地方都市では、そんな女性が暮らしやすく働きやすい環境づくりを目指し、さまざまな施策を講じています。
高知県でも水産業への女性就業者の増加に繋げることを目的に、<高知の水産女子会>(企画:高知県水産業振興課、コーディネーター:フィッシャーマン・ジャパン)を発足。経歴や環境も異なる女性たちが、誰もが働きやすい水産業へと動き始めました。
ファッション業界から水産業へ、華麗な転身?!
遠距離恋愛の末、結婚を機に夫の暮らす土地に住むことはよく耳にします。夫以外に知人のいない暮らし。夫の仕事も都会に暮らす人には未知のことならなおのこと、愛があれば、というにはあまりにも大きな環境の変化です。
「高知の水産女子会」のメンバーである新谷瞳(にいやひとみ)さんも、そんな一人。北九州出身で、大阪の大学を卒業後は、アパレル系の会社で大阪、東京、福岡勤務を経験。高知県土佐清水市には、大阪時代の友人の結婚式に招待され、初めて訪れました。
「結婚式のときに初めて土佐清水に行って、なにもない場所だなって思いました。高速に乗っても地名が土佐○○ばっか笑。で、その子は大阪の子だから、『旦那しか知り合いがいないのによう行くな』って、笑って結婚式から帰りました。実はその後、友人に新郎の幼馴染を紹介されて……、それが今の旦那です」。
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ご主人の家業は、1921年(大正10年)創業の100年企業、宗田節(そうだぶし)の『新谷商店』(土佐清水市中浜)。ご主人の重人さんは、4代目。
「最初は私、将来社長夫人になるんやと思ったから、単純に 笑。結婚したら旦那は仕事して、私は専業主婦になって……。まぁ、興味あることやったりとか、それでいいかなって思ってた。でも、実際は恥ずかしい話、社長夫人というには程遠い会社で 笑。家業だから自分が働かないと売り上げも上がらないし、自分達も食べれない。ホント、食うために働かな!って感じでした」。
宗田節って、ところで何?
かつお節でお馴染みの節とは、カツオなどの身を茹で、焙って乾かし、徴付(カビつけ)を施して日光で乾かしたもの。削って出汁に用いたり、料理にかけたりする、と某辞書には書かれています。宗田節は、そばやうどんの出汁、煮物などに使われるので、市販の麺つゆにもよく見ると宗田節の記載があるものもあります。でも、宗田節とカツオ節、何が違うのでしょうか?
「大きさが、全然違うんです。カツオはキロ単位だけど、宗田節の原料のメヂカは大きくても700gぐらい。新子だったら手のひらサイズで作り方も違います。メヂカは小さいので丸ごと煮て、柔らかくなったところを手で頭・内蔵・中骨の順に取って並べて燻す感じ。見た目は似てるんですけど、鰹節はひと節で、宗田節は半身。家のカツオの削り器では小さくて削れないですね」。
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宗田節の原料になるメヂカは1年を通して獲れますが、8-9月の笹メヂカは子どもなので脂が少なくコクのある宗田節、10−12月の秋メヂカはだんだん大きくなって脂がでてきます。1-3月の寒メヂカは、型は大きいけど脂は少なく、風味のある最高級の宗田節に。他に、春先の春メヂカ、梅雨時期の梅雨メヂカなど、季節ごとに味わいも変わります。
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「宗田節は血合が多いので、旨みもコクも香りも強い。苦手な人は苦手かもしれないけど、魚って感じの力強い出汁が取れるのが特徴です。そばとかには宗田節が合いますね。上品な感じにしたかったらカツオ節。うま味が強いのが好きな方は宗田節が好きかも。お料理に合わせて変えて楽しんでほしいです」。
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宗田節をブラッシュアップ。さらに営業も、発信も
会社は100年以上の歴史があります。最初はカツオを扱っていました。足摺岬沖にカツオのいい漁場がありましたが、次第に獲れなくなってなっていきました。はっきりとはわかっていませんが、宗田節に転換したのは戦後と言われているので、宗田節自体の歴史はそんなに古くはありません。
瞳さんが結婚したのは11年前。
「昔はメヂカもすごく釣れていたから、どんどん仕入れて作って、問屋に売っての繰り返しで、ものすごく活気がありました。本当にもう朝から晩まで焚納屋(たきなや:燻製するところ)からずっと煙が上がっていたそうです」。
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宗田節造りを生業としている会社は、土佐清水に多い時で40軒以上ありましたが、現在は、15軒ほどに減りました。他の魚種と同様に、メヂカの漁獲量自体も減少。それまで卸していた蕎麦屋さんの需要も、製造量自体も減っていったのです。宗田節の削り節は地元の人もあまり食べたことがなく、普通に鰹節をスーパーで買っていたといいます。
「宗田節自体が薄利多売の商売。たくさん売れば利益が出る商売の仕方だったけど、うちは人数が少ないから薄利多売するのが難しい。作って問屋に売るのが仕事だから、宗田節からさらに加工する人がいなかったんです。宗田節の味を知ってもらおうと義両親が20年ほど前からちょっとずつ削り節の加工販売をやり始めていました。でも、田舎の人って商売が下手で、お金儲けしたら悪いみたいな感じの考え方があったり……。今まで問屋への卸販売をしていたので自社での小売販売自体が初めてでした。
不漁も続き、業績が厳しくなった10年ほど前からこれまでの宗田節の卸主体から自社加工した商品主体の業態に変えようと取り組み始めました。最初は原価計算から。利益が上がる価格設定を考え直しました。私は手が空いた時に配達へ行く、という形で家業を手伝っていました。価格設定に見合うように商品パッケージのデザインを変えて、高級感あるものにしようって、家族みんなや地元のデザイナーさんと相談して、商品の品質も上げようとみんなで取り組みました。」
そしてさまざまな試行錯誤の末に誕生したのが、削った宗田節が見える縦長のパッケージに、黄色い帯がはえる『卵かけご飯専用宗田節』。
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「そこから、私が飛び込み営業をして、いろんなところにうちの商品を置いてもらって、ちょっとずつ広がっていったんです」。
アパレル系の職場で、大阪、福岡、東京と、店舗ができるたびに飛び回っていた瞳さんの血が騒ぎます。
ご主人も負けていません。独学で、ホームページやECサイトを制作。さらに宗田節ブログには、「鰹節の歴史」から「宗田節と鰹節の違い」「メヂカ曳縄漁の道具」「黒潮の話」まで宗田節に関する情報が溢れています。最近では、「ChatGPTに宗田節を問う」まで、変化に富んでいてとてもユニーク。瞳さんも営業に出ていると、色々と質問されるのでは?
「旦那が説明してるのを横で聞いて、なるほどな〜みたいな感じで、私も少しずつ覚えていきました。旦那は聞かれたら語るんですけど、商品を売り込むみたいなことは苦手なので、商談会には2人セットで行って、宗田節製造やこだわりについては旦那が、売り込みになったら私がしゃべるみたいな感じで。私とタイプが全然違っているので、いい感じのバランスでやっています」
上手な仕事のたたみ方 独り歩きする商品を見送り、会社の閉め方を考える
新谷商店1番人気の『卵かけご飯専用宗田節』を筆頭に、削り方を変えた『うす削り』『厚削り』『粉末だし』、おつまみ感覚の『宗田節燻製クリスプ【ゆず塩味】【生姜醤油味】』と、商品はどんどん増え、どれも高評価!
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「商品開発会議は家族会議みたいなもんだから、お昼食べながら、どうする?って話しています。うちの商品って、宗田節の品質はもちろん添加物など余計なものを使わないことにこだわっていて宗田節と昆布、みりん、酒、醤油だけって全部原材料がめっちゃ分かりやすくて、シンプルで、成分表示を書いた時に短いんですよね。卵かけご飯専用宗田節は、ありがたいことにたくさんのお客様に認知され、私たちの手を離れてもう独り歩きしてる商品です。今年も新商品『宗田節だしつゆ』を開発しました。工場の規模や製造能力的にこれが本当に最後の商品だと思いながら昨年出したんです」。
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友人の結婚式で初めて土佐清水を訪れ、その田舎感に「ヤバイね」と笑っていた土地で11年。社長夫人でのんびりするはずだったのに、営業や商品開発に従事し、宗田節の可能性を新商品で見出した瞳さん。
以前販売した『宗田節うどん』についていなかっただしつゆを、やり残していた宿題を提出するように、7年越しに新商品として出しました。
漁師さんが少なくなり、漁獲量も減っていく中で、
「残る宗田節製造業者はもちろんあると思うんですけど、いつまでも長く続けられる仕事では多分もうない」
と、瞳さんは現状と未来を冷静に考えています。
「後継者がいないので誰かに継がせたいとかもない。やっぱ火を扱う仕事なので知らない人に任せられない。旦那は良いものを作りたいという思いは強いみたいですけど、後世に残すとか頓着をしてなさそうな気がします。70歳をたぶん一つの区切りとして見つつ、動けるなら多分やると思うんですけどね。あとは上手に会社を畳むつもりです」。
100年続く新谷商店のこの先を見据え、肩の力を抜いて……。
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有限会社 新谷商店
https://soudabushi.com/