
誰もが輝ける水産業を目指して―高知県水産振興部・濱田美和子部長の挑戦―
水産業における女性活躍を推進すべく、全国的にも先進的な取り組みを進めている高知県。その旗振り役を担っているのが、水産振興部 部長の濱田美和子さんです。女性としては全国的にも珍しい水産振興部の部長という立ち位置で女性活躍推進事業に取り組む濱田さんが、プロジェクトにかける思いとは――。県庁職員としてのこれまでのキャリアから現在の取り組み、目指す未来像まで、お話をうかがいました。
福祉の仕事で得た学びが、人生観を変えた
高知県で生まれ育ち、大学卒業後すぐに高知県庁に入庁したという濱田さん。現在は水産の領域で活躍している濱田さんのルーツは、実は“福祉”にあるといいます。

「私は入庁後、障害児教育に携わった後、視覚障害者のリハビリテーションに関わるようになりました。この時の経験は、『人生観が変わった』と言っても過言ではないほど、大きなものでしたね。例えば点字ブロック一つとっても、色や敷き方には重要な意味がある。それらを一つずつ学んでいく中で、『私は今までなんて世界が見えていなかったんだろう』と痛感しました。
特に印象深かったのは、最先端のバリアフリーを学ぶためのアメリカ研修でのエピソードです。大変残念なことですが、当時の日本では、病院で医師から視覚が戻らないことを告げられると、ショックで長期間引きこもってしまう方が少なくありませんでした。ところが、研修で訪れたアメリカのある施設の方のお話では、現地の病院で視覚障害者と診断された場合、すぐに行政の担当者がその方のもとに赴き、『視覚に障害があっても、このような手立てで暮らしていけますよ』と声掛けし、支援するというんです。日本では、守秘義務等への配慮から医師と行政の連携がとられていない状況がありましたが、現地ではこのような連携を行い、障害者の力になることを医療者の“責務”と捉えていたのが衝撃的でした。

このような経験から、『障害を受けようとも、人生は終わらないことを皆に伝えたい』と強く思うようになったんです。そして、『障害を受けようが、年をとろうが、男性だろうが女性だろうが、夢や希望をもって生きていける社会をつくる』ことを自分のテーマにして、特に医療と福祉の連携に注力してきました」
このような福祉の仕事に大きなやりがいと情熱を感じていた濱田さんに大きな転機が訪れたのは、平成27年のこと。県庁における女性登用推進の動きの中で、それまで男性しかいなかった水産振興部に女性を加えるべく、濱田さんに白羽の矢が立ったのです。
突然の人事異動に当初は「ちょっとショックだった」と明かしながらも、この転機を前向きに受け止めた濱田さん。その心には、同じく県庁職員だったお父様の言葉があったといいます。
「私が入庁する時に父から言われたのが、『仕事の選り好みだけは絶対にするな』ということ。『やらせてもらえる仕事は、何でもありがたくやらせてもらいなさい。そうすることで、自分のやりたいことが必ず見えてくるから。上の人はきちんと見てくれているから、しっかり目の前の仕事に向き合うことが一番大事だよ』と、普段はあまり多くを語らない父が、それだけは一生懸命伝えてくれたんです。だから、未経験だった水産業にも頑張って飛び込んだんですが、その結果、今は楽しいことがいっぱい(笑)。いろいろな素晴らしい経験をさせていただいています」
国内市場が縮小する中、高知県の水産業をどう発展させるか
福祉の仕事から一転、水産振興部に異動した濱田さんは、「高知県の魚をいかに流通させ、販売していくか」に挑戦することになりました。
「高知県では、当時から魚の養殖は行われていたものの、養殖した魚を愛媛県や九州に送って加工したり、あるいは加工せずにそのまま市場に送ったりしていて、県内でしっかりと加工・輸出できる施設がありませんでした。特に、国際的に認められている衛生管理の基準であるHACCP認証を取得している施設は一つもなかったんです。せっかく魚をつくっているのに、県内で付加価値を付けられないのは悔しいでしょう。だから、異動後にまず取り組んだのは、加工施設の誘致や整備。それと、高知県の魚を都市圏の飲食店で取り扱っていただくことを目指した「高知家の魚応援店制度」というものがあって、このプロジェクトを通じた販促にも注力しました」

それまでのキャリアでは“モノを売る”経験はなかったにもかかわらず、水を得た魚のように“営業マン”としての才能を発揮していった濱田さん。
「日本の人口が減少する中、世界の市場に目を向けていかないと、5年、10年、20年後には立ち行かなくなってしまう。そして、輸出するためには、世界が認める衛生基準を満たすことが必要です。輸出促進協議会をつくるなどして、このようなことを繰り返しご説明してきた結果、現在では米国向けのHACCP認証を取得した加工施設が4つまで増えました」

水産振興部への異動から10年、着実に成果を上げている濱田さんは、商談のために自らインドに赴くなど、さらなる販路拡大に向けて積極的に取り組んでいるといいます。
その一方、水産業には、自然を相手にする一次産業ならではの課題もあります。
「水産業は、どうしても好漁・不漁があります。その中で、いかにお客様に喜んでいただけるものを安定的に提供していくか。県としては、販売という『出口』だけでなく、つくるところ、育てるところにも目を向けて、漁業者が安定して生活できるような仕組みをつくることが必要だと考えています」
水産業にも女性の力を! 女性活躍推進事業がスタート
さまざまな課題を抱える水産業において大きなテーマの一つとなっているのが、女性の活躍推進です。水産業はもともと女性の参入が極めて少ない領域ですが、水産業を含め、社会全体で女性が生き生きと働ける場をつくることは喫緊の課題だと濱田さんはいいます。
「女性活躍推進の前提として、著しい人口減少の問題があります。高知県の人口は2024年時点で約65万人、2024年に生まれた子どもの数は3200人を下回り、過去最少を更新しました。なぜ子どもが減っているのかというと、若い人、特に女性が、働き先を求めて県外に出ていってしまうからです。
女性に対して『高知県に残って子どもを産んでほしい』などと言うと、まるで道具扱いしているようで反感を覚えられるかもしれません。しかしながら、県全体として『この地で結婚して子どもを産みたい』と望む女性の希望を実現できるようにすることは、必要な施策だと思っています」
そして、水産業における女性活躍推進事業の手始めとして、濱田さんは調査や勉強会、意見交換会を通じた現状の把握に乗り出しました。具体的には、県が選んだ6種類の事業者のもとに調査員を派遣して実態調査を行ったほか、水産業に従事する女性による<高知の水産女子会>(企画:高知県水産業振興課、コーディネーター:フィッシャーマン・ジャパン)を計3回実施しています。

「まずは、『今、水産業界で働いている女性たちが何を考えているのか』を聞く必要があると考えました。実際に現場で働く女性でないと分からないことがたくさんあります。例えば、ある学生さんがアンケートに書いてくれたのですが、『男性が重いものを代わりに持ってくれるのはありがたいが、仕事を覚える機会を奪われてしまう』というんです。男性は善意のつもりであっても、女性にとっては『自分だけやらせてもらえないのは悲しい』ということもあります。このような視点は現場の女性ならではのものであり、施策を考える上でとても重要です。引き続き、どんな小さなことでもいいので、忌憚のない意見を聞かせていただきたいと思っています」
濱田さんの言葉からは、女性活躍推進を上辺だけの施策で終わらせないよう、リアルな声を受け止めようとする情熱が伝わります。
「女性」である強みを生かして、誰もが働きやすい社会をつくる
今後について質問すると、「『女性で漁師をやりたいなら、まずは高知に行ってみなよ』と言われるようにしたいんです」と目を輝かせる濱田さん。そして、自身が女性であることは、水産業における女性活躍を推進する上で大きな強みであるといいます。
「例えば、私自身が女性なので、『女性にとってはその言い方は嫌だ』というような指摘ができます。仮に男性も同じことを思ったとしても、この事業に関しては女性である私が言ったほうが説得力があるわけです(笑)。現在、水産関係の部署で部長を務めている女性は、47都道府県であまりいないんじゃないかな、と思います。私自身はいわゆる“客寄せパンダ”でかまわないので、女性であることを大いに生かして、役割を果たしたいと思っています」
まだ始動したばかりの女性活躍推進プロジェクト。今後のミッションは、女性が働きやすい職場とは何かを考え、そのような職場を意図的につくっていくことだと濱田さんはいいます。

「水産業において、やってみれば女性もできる、ということはたくさんあるんですよ。でも、多くの女性はわざわざ水産業を選ばないのが現状です。それに対して、『実は女性もできるんだよ』ということを発信して、働く女性の選択肢の一つにしてもらえたらと思います。
そして、この事業は『女性活躍推進事業』と銘打ってはいますが、『女性』だけを応援するというものではありません。『女性』の活躍に向けた取り組みは、最終的にはあらゆる人が働きやすい業界をつくることにつながると思っています」
高知県の水産業をさらに豊かで魅力的なものにするため、着実に歩みを進める濱田さん。「障害を受けようが、年をとろうが、男性だろうが女性だろうが、夢や希望をもって生きていける社会をつくる」ために――。濱田さんの挑戦は続きます。