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【愛着・AC 克服記録】Column 5-12 愛の証明 (急編 その10)
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【愛着・AC 克服記録】Column 5-11 愛の証明 (急編 その9)
5-12 急変 その10 「感謝は地球を救う」
ちょい前回のおさらい
前回は、自分以外の人とやり取りするためには、次のことが大事だ!ってな話をしました。
1. 糸を張って、その糸で波を伝える
2. 波を介した情報のやり取りはロスしやすい
3. 波には「断続性」と「連続性」がある
と、こんな話をしてきました。
ここまでは、発信する側の課題。
続きは、受ける側の問題です。
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3-11. ⑯ E. 受ける側の受信能力も重要
自分以外の存在とやり取りするには、波を使うしかないわけです。
なので、波に含まれている内容が100%伝達されているかどうかは、発信側の課題である以上に、受信する側の問題でもあるわけです。
例えば…
普段仕事の状況で、〇〇でいいですか?と上司に確認したときに、
「うん、お願い」
とリアクションされていたとします。
しかし、とある日に、△△でいいですか?とと上司に確認したときに、
「うん…お願い」
とリアクションされたらどうでしょう?
これって、物理的な情報としては、ほとんど差はないんですよ。
言葉としても、はっきり、明確な違いがあるわけではない。
しかし、ニュアンスは大きく異なる。
このニュアンスを受信できた人は、「あ、上司なんか怒ってるわ」と捉えることができる一方で、受信できない人は、そもそもいつもどおりで何も感じないわけです。
この情報を受信できるか否かは、その人が脳内にもつ「受信機能」、というか「何をどう判断するか、という脳内の回路」によるものだと思われます。
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3-11. ⑯ 愛情と感謝の反対は?ー憎悪と消滅
ここに続く、「当然」と「寛容」の概念を理解する上では、「愛情と感謝」のサイクルの逆を考える必要があります。
なぜなら、「愛情と感謝」の世界観には、「負の価値」が存在しないから。
答えを行ってしまうと、「愛情」の反対は「憎悪」です。
僕は、「愛情」の定義を「相手をポジティブにする力」としています。
つまり、「憎悪」は「相手をネガティブにする力」なわけです。
と考えると、「感謝」の反対もわかりやすい。
感謝とは、相手に存在を与える、つまり無→有の作用です。
その逆の消滅は、相手から存在を奪う、つまり有→無の作用です。
有→無ってのは、どうゆうことか?
これって…「おまえなんか、消えてしまえ」というかなり積極的な攻撃です。
考えてみれば、すごくわかりやすいですよね。
自分をネガティブにする何か、期末試験とか、納期とか、姑の存在とか。
そうゆうものに対しては、「目の前から消えてほしい」と思いません?
これが、自分に憎悪を向ける=ネガティブな働きをするものに対する、正常な応答です。
このコラムの世界観としては、憎悪というのはそれなりに重要なんです。
「嫌なものは嫌!どっか消えてほしい!」というのは健全な精神状態ですから。
ここからは、それよりもっと悪性腫瘍的な、「当然」にメスを入れます。
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3-11. ⑲ 当然という名のブラックホール ー愛情が無に帰するー
先程、「情報を受信できるか否かは、受信する側の問題」ということをいいました。
ここから、「当然」・「当たり前」という概念の毒性・致死性を考えます。
例えば…
毎週、ある決まった曜日に燃えるゴミを回収してくれる。
これは、当然なんでしょうか?
当然、と思っている人にとっては、「自分の部屋からゴミ捨て場に持っていけば、毎週燃えるゴミが無くなるのは『当然』なわけです。」
しかし、よーく考えてみると…自分が出したゴミは自分で燃やして自然に返すほうが『生き物として当然』じゃないですか?
つまり、ゴミの回収を『当然』と思ってしまっている人は、「清掃員の方がゴミを回収してくれている」という愛情=ポジティブにする力を「虚無のゴミ箱に放り投げてしまっている」わけです…
これは、さっきの「憎悪と消滅のサイクル」よりも悪質です。
「憎悪と悪質のサイクル」には、自覚があるし、能動的です。
(A) Bが嫌い→ (B) Aなんか消えてしまえ…
でも、「当然」の概念は、かなり無自覚だし、受動的なんです。
(A) Bのゴミを捨てる→(B) 自覚なし [ゴミは捨てられて当然]
これは…何が起きているかというと、受信する側に形成された、
「虚無のブラックホール」
に愛情が吸い込まれてしまい、感謝が出てこれなくなっているんです。
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3-11. ⑲ 当然が蔓延すると… ー全てが無に帰していくー
はて、「当然」が作り出したブラックホールですが、ここを、もう少し視覚的に表現してみたいと思います。
僕は、とある山間の地方出身で、標高400メートルくらいが「当然」だったんです。
でも、関東は海抜数十メートルでも「高い」わけです。
この感覚が、「当然」の概念にとても近いです。
当然とは、いわば「ある価値軸の基準線=地面」なんです。
当然と思っている物事が「地面」
だから、その地面よりも下の物事は「認識すらできない」
これが、「当然」が作り出したブラックホールに愛情が吸い込まれて、無に帰していく仕組みです。
そして、当然は何をもたらしているかというと…
無
です。
(正確は、何ももたらさないから「無」なんです)
例えば、先程の標高400メートルの件だと、毎日毎日標高を確認して、「あぁ、自分は標高400メートルの環境で暮らしているんだ!」と思い返さない限りは意識し続けるのは難しいでしょう。
そして、その意識を忘れた時、標高400メートルという事実は無に帰して、日常的な地面を基準 = 0メートルとして物事を考え始めます。
これは、前に出した「価値軸の中の無価値ゾーン」と対をなしています。
価値軸のゼロ地点 = 当然のラインを引き上げるほどに、それを下回る物事の価値は無に帰していく。
これが世界に蔓延していくと…
小さな愛情、他愛もないこと(まさに字面のごとし)は、与えてもなにも返ってこなくなっていく…
何が返ってこないのか?
それは「感謝=存在への喝采」です。
(よくできた話である)
・「当然」は相手に何も返さないから、自分以外の事物がどんどん無に帰していく。
・「感謝」をすることで自分以外の事物に存在そのものを返すことができる。
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3-11. ⑳ 感謝は地球を救う ー返ってくる「割合」と「確率」
某24時間テレビか、ってかんじですね(某になってない)
このコラムの最近の内容は、自分以外のあらゆるモノと関わっていく上で重要な「価値」の概念の話をしています。
自分軸形成の話の中では、愛情を与えれば自然と感謝が返ってくる、ということになっていまいしたが…
自分以外のモノに与えた愛情は、必ずしも感謝が返ってくるとは限らないですよね?
なぜかというと、「価値」を介してやり取りをするので、いろんな段階でロスが生まれやすいから。
つまり、1つ目のハードルとして、「愛情が伝わる割合」問題があるわけです。
ロスをすると何がまずいかというと…
・波が持つエネルギーが変質していくので、波の形が変わる。
= もともとは受信可能だったはずの波が、受信できない形に変わるリスク
・自分が設定した価値の高さよりも低い価値として相手に伝わる。
= 相手の「当然」ラインを下回って、無に帰していく。
前者は「質」の問題です。ここは解決が簡単ではない。
「そもそも認識できないもの」を認識できるようになろう!って話だから。
後者は「量」の問題です。ここは解決しやすい。
「自分が無視していた小さな物事に気づこう!」って話だから。
さて、このように、受信する側に「認識できない」や「当然」などの問題が生じると何が起きるか?
感謝が返ってこない、わけです。
一番最初の設定として、「愛情は感謝が返ってきて初めて成立する」
がありました。
つまり、2つ目のハードルとして「感謝が返ってくる確率」問題があるんです!
そうすると、
自分軸形成における「愛情と感謝」の関係と、
自分以外のモノとのやり取り=価値の世界における「愛情と感謝」の関係
を図示できます。
自分軸形成=縦糸の時間軸においては、愛情は100%の「割合」で伝わり、感謝は100%の「確率」で返ってくる。
これが、「無条件の愛情」ってこと。
条件が無い、とは「if = 〇〇かもしれない、という分岐点」が無いってこと
一方、価値の世界=横糸の価値軸においては、愛情のロス「割合」問題と感謝の「確率」問題がある。
これが、「条件付きの愛情」の本質。
「愛情が伝わらないかもしれない、感謝が返ってこないかもしれない」
という条件。
しかし、この条件付きの愛情には面白い特徴があって、
「割合のロスと感謝の確率は逆数の関係にある」わけです。
(なぜこうなるかは、僕もよくわからん笑)
感謝が返ってくる確率が低い愛情 = 難易度が高い愛情ほど、感謝が返ってきたときにもたらされるエネルギーは大きくなる。
難易度が高い愛情ってなんでしょう?
・例えば、競争(テスト合格、優勝、業績獲得…など)
・例えば、異文化コミュニケーション(言葉の壁、文化の壁)
・例えば、パートナーとのコミュニティーケーション
(自分をどこまでさらけ出せるか?)
(どこまで出したら惹かれるか?どこまで出したら引かれるか?)
最大のポイントは…与えた愛情よりも大きな感謝が返ってくる可能性があること、なんですがこの先は後ほどのコラムに譲ります。
(そこで、母性的愛情と父性的愛情のやばい話も書きます)
大事なことは、愛情と感謝の成立条件は「感謝を返すこと」ですから。
まずは「感謝を返せる人間」になって、いままで無に帰していた愛情に存在を与えることです。
感謝を返せる、ってことは、「愛情を受ける側 = 愛される人間」です。
それが身についてから、愛情を与える側の人間になりゃいいんです。
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Column 5【愛の証明】
5-X 急編 「人を愛し、人の世を生きるとは? 」
5-13 急編 その10 「当然と寛容。そして『ツミ』とは?」
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