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【ADHD 克服記録】Part 1 まずは検査だ!

小目次
1-1. GO! GO! お医者へ Let's GO!
1-2. お医者はよく選びましょう
1-3. 反省点と今後の方針 ―医者探し、だるし―
1-4. 今回の大きな収穫 ―まじおこですやん!―

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1-1. GO! GO! お医者へ Let's GO!

2018年12月13日。
僕は都内某所のメンタルクリニックにいた。
ADHD の検査をするためだ。

選んだ場所は、愛着障害克服のために来てたクリニック。
そのクリニックのサイトにも、「できること」の欄に発達障害と書かれていたので、ここでいいだろ、という感じで決めた。


1-2. お医者はよく選びましょう


ところが受付を済ましてぼーっと待っていると、スタッフの方から衝撃の言葉が。

「当院では発達障害の診断はできないんですぅ」


…はぇ?

サイトに書いてあるじゃんよ??
どうゆうこと????

話を聞いてみると、どうやら発達障害の "診断" ってのは精神科の医師といえど簡単にできるものではないとのこと。
ちゃんと、専門知識を持った人が時間をかけてやるものだそうだ。

そして、「傾向テストならできますが…2000円くらいかかりますけど」

とも言われた。

なんか納得はできなかったが、せっかく来たのでペーパーの傾向テストをやってみた。


↓これがその結果。

大まかに説明すると、2つのテストがある。
テスト1は、たしか、注意欠如 (AD) と多動 (H) でそれぞれ7つくらい項目があり、それぞれで5点以上取ると「傾向あり」となる。
もちろん、あくまで傾向のテストで、これで仮に7点を叩き出しても「大変ですね」で終わる。

僕は、どちらも4点だった。

テスト2はチェック項目の数は忘れたが、15~20個くらいだった気がする。
こちらは10点を "超えると" 傾向あり、となる。

僕は10点だった。

まさにボーダーライン笑

診察室で謎の空気が流れた。


医師「酵母マンさんは……まぁ特に問題はないでしょう」

僕「はぁ…そうですか (僕に ADHD 性があるかを知りたいんだけどなぁ)」

医師「何かお困りのことはありますか?」

僕「いえ!(きっぱり。だって、生き辛さは克服しちゃったもん♪)」

医師「はぁ…(こいつ何しに来たんだ?)。でしたら今日は以上になります」

僕「え……あ、ありがとうございました (俺、何しにきたんだ?)」


スタッフ「診察と傾向テスト合わせまして…お会計が3500円になりますぅ」

言われるがままにお金を支払い、僕はクリニックを出た。


意味、ない、じゃんんんんんんんん!!!!!!


傾向あるかは自分が一番わかるんだよ!

てか、その自覚があるからわざわざクリニック来てんのに、「問題ないですね」て!

"診断" できないなら、サイトの「できること」欄に、それっぽいこと書いとくなよ。


1-3. 反省点と今後の方針 ―医者探し、だるし―


ちなみにそのクリニックでは、ADHD の傾向テストを受けると無料で本がもらえる (どこのクリニックかわかっちゃうな…)

マンガでわかる心療内科 13巻 ーまるごと一冊 ADHD!!!!―
原作: ゆうきゆう, 作画: ソウ, 少年画報社
648円 + 税

この本自体は、さらっと読めて精神疾患のことをおおまかに理解できるので、一般向けな入門書として悪くない。


現状の今後の方針としては、

① 専門医師の診断は受けない予定

ネットで「発達障害」「診断」と調べると、いろんなクリニックやら病院やらがヒットする。
正直、どれが当たりなのかは全くわからない。

僕が行ったクリニックも複数箇所展開しているしっかりしたところ。
そこでも "診断" はできない、というのだからネットのよくわからんところは尚更当てにならない。
しかも、そうゆうところはめちゃめちゃ金がかかる。
(その金額も適正なのかがわからない)

そこで、公的機関の情報を頼ろうということで、「発達障害 東京都福祉保健局」で検索したところ、お医者とか支援機関がまとまったエクセルが見つかった。

こりゃいい!と思って医者一覧を眺めてみたが、そもそも成人の発達障害を扱っているところが半数くらい (多くは小児科。成人は精神科が受け持つようだ)
しかも、ほとんどの病院等は紹介状が必要と書いてある。

紹介状?
だれが書いてくれるんだよ笑

と、こんな具合で面倒くさいなっちゃたので、しばらくお医者探しはしません。


② 発達障害の自助会でも探してみようかなぁ…
③ あとは、自力しかないなー


1-4. 今回の大きな収穫 ―まじおこですやん!―


今回の「診断できないんですぅ」事件では、発達障害というものを考える上で大きなヒントを得ることができた。

 発達障害の必要条件は、「問題が生じていること」

これは、僕自身この記事を書きながら気づいたことなのだが、「発達障害」というものを考えると、誰しも「忘れやすい」「衝動が抑えられない」「空気が読めない」などの症状面に意識が向く。
あるいは、僕みたいな生物系の研究者だったら、「どうゆうメカニズムなのだろう?」という医学的・学術的な方向にも意識が向く。

だけど、本質的に、発達 "障害" というものは「社会的に何かしらの問題が生じている」ことが必要条件なのだ。

まず問題に直面して、困ってるんです、と医師を訪れることで、初めて「発達障害」という診断がくだされる。

逆に言うと、ADHD 性や ASD 性が軽度だったり、何らかの理由でうまく社会に適合して、問題が生じなかった場合は「発達障害」とはならない。


そうすると、どうなるか?


うつ病や双極性障害、統合失調症などの精神疾患の場合は、診断の基準が「どんな症状があるか」だけ。
これは納得できる。
現状の症状を医師が見るだけで、診断可能だ。

それに対して、発達障害の診断基準は「社会性の問題」になる。
なので、本人の身体とか脳の性質以前に、いままでのトラブルの方を調べて、「社会的に問題があれば」診断が下る。
結局、「あなたはそんなに困ってないでしょ?」となれば、それは「あなたの努力が足りないだけ」という結論になる。

発達障害は「生まれつきの脳の性質」などといいつつ、問題の大小で足切りをしてくる。


えーと…。まじむかつくんですが。


脳の問題といいつつ、その本質は「社会性」となるのです。
これは………医学なんでしょうか?


むかつくので、僕は自力で克服しまーす。

だって、お医者にも軽くあしらわれるし、社会からも「てめーでなんとかしろよ」って態度されるんだからしょうがないよねぇ?

おわり

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酵母マン-医学部編入生@AC・愛着障害 第3期「みんなで価値を創出しよう」
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