取締役でもなく父でもなく夫でもない自分に戻れる場所
「どうして私と会うのですか?」
彼にとって私はどういう存在なのだろう。ふと疑問に思い、聞いてみた。
+++++++++++++++
元上司。辞めた今でも年に数回会う。友達とも違う。知り合いと呼ぶほど遠い距離でもない。
仲のいい元上司。としか言いようがない関係。
けれど、2人で行く食事はまるでデートのようだ。素敵なお店を予約して連れて行ってくれる。心地良い時間を過ごすことができる。
「なんだかデートみたいですね」
私がそう言うと、たまにはそういうのも大事でしょ、と言う。
たしかに、デート気分を味わえるのはなんだか嬉しい。誰かから丁寧に扱われることは、心の栄養になるのだなと思った。
彼には家庭があるので、もちろん食事以上の関係はない。決して間違いが起きないように、私は彼の前でお酒は飲まない。彼もまた、飲みすぎることはない。
ただ2人でゆっくり食事に行き、仕事のことや、私の恋愛話を聞いてくれる。
以前、過去の不倫話を聞いたことがあった。
家庭を大事にするタイプの人なのに、どうして?と不思議に思い、あれこれ問うてみた。するとそこには、強そうに見える人の、意外な面があった。
仕事のときは仕事モードで頑張っていて気が抜けないし、家に帰れば良きパパ、良き夫の顔をしてしまう。するとたまに、何者でもない自分になりたくなるんだよね。
全て忘れて、その子と2人だけの世界に逃げたくなるっていうか。仮面を外したくなるっていうか。
う〜ん。(不倫はダメだよーってのはまぁ置いといて、)わかる。その気持ち、わかるよ。ダメだけど。
まるで小説のようだな、と思った。作り話と思って読んでいるものも、自分の知らないどこかで、あるいは、ごく身近で、実際に起こっているかもしれないんだよなぁなんて、グラスの水滴をなぞりながらぼんやりと思っていた。
「どうして私と会うのですか?」
不倫話ついでに、ふと聞いてみた。
すると彼は言った。
「さっき言ったのと同じかもね。職場のことをよく知っている上で話せるけど、今は同じ職場じゃないから上司の顔をしなくていい。好きな人がいるのも知っているから、お互いに執着することもない。ちょうどいい距離で、何者でもないただの男でいられる。それってけっこう癒しだよ。」
+++++++++++++++
「結婚した途端、恋愛の土俵から外されちゃうんだよね。」
ふと、そんな言葉を思い出した。さぞかしモテるだろうと思うあの人が、「結婚しても土俵には上がらせてよ」と言っていたなぁ。どうも、私の周りにはそんな人が多いのだな、と思うとなんだか物悲しくも笑えてきた。
+++++++++++++++
不倫を肯定する気はさらさらないが、気持ちはわからなくもない。ずいぶんと心が疲れているのだな、と思う。癒しを求める先が家族であればいいのに。そこでは埋められない心の穴を抱えながら生きるのは、どれほど辛いだろうか。
きっと、同じような疲れを抱えている人は、この世の中少なくもないのだろう。
そこで不倫に走っちゃうと問題しかないからどうしようもないのだけれど、たまに美味しいご飯を食べに行くくらいの癒しなら、それで救われるのも悪くないのかもしれない。
そうして私たちは、今日も美味しい食事と楽しい時間に癒され、それぞれの家路につく。
ただ、それだけ。
サポートとても嬉しいです。凹んだ時や、人の幸せを素直に喜べない”ひねくれ期”に、心を丸くしてくれるようなものにあてさせていただきます。先日、ティラミスと珈琲を頂きました。なんだか少し、心が優しくなれた気がします。