おめでとうで飲み干して。 #君のマフラーの隙間
柔らかそうな淡いブルーのマフラーを、彼女であろう女の子に巻いてあげる男の子。顔を赤らめ、白い息を吐きながら嬉しそうに笑う女の子。
いいねぇ可愛いねぇと、頬杖をつきながらカップ片手にガラス越しに見つめる僕。あんな頃もあったよなぁと懐かしんでもどうにもならないのは、大人だから知っている。もしもあの時…なんてたらればをぼんやりと思いながら、すっかり冷えたカフェラテをぐいっと飲み干し店を出た。
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「マフラー巻いた時のこの髪の隙間がなんか好きなんだよね。」
鎖骨より少し下ほどの長さの栗色の髪が、マフラーで押し上げられてもふっと弧を描いていて、その隙間を柔くつぶすようにポンポンと触りながら、しみじみと呟いた。続けて「いいよねマフラーの隙間、ロマンだよね。」と言うと、何言ってんの?と笑った君の顔を、冬になるとふと思い出す。
冬が好きだった。
冬が来るたびに、マフラーの隙間にはロマンが詰まっていると力説していたように思う。彼女がまだ仲のいい女友達のひとりだった頃から、幾度となく繰り返し力説していた。彼女が僕の"彼女"になる頃には彼女もまた「マフラーの隙間っていいよね。」なんて言い出していたくらいに。
「私、結婚するなら冬がいいな。」
「冬?寒いじゃん。なんで冬なの。」
「あなたの目に一番可愛く映れる季節でしょ?」
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僕たちはよく似ていた。見栄っ張りで強がりで、情に熱く涙もろい。面倒見が良くてお人好し。そして、どこか心に満たされない隙間があるところも。誰よりもわかりあえて、一番の親友であり、同士であり、最愛の恋人。
自慢の恋人であることに変わりはないのに、3年も恋人をやっていると小さな隙間が広がりだす。浮ついた心でとった行動が彼女を苦しめてしまった事を、こんな時になっても後悔しているんだから、男ってやつは。。
些細なこと、と僕が思っていた出来事をきっかけに、ある日彼女は僕の腕の中からいなくなった。目に涙をいっぱいためて、もう無理だと言った。「あなたの一番じゃなくて、たったひとりの大切な人でありたい」と。若かった僕は、将来のことなんて真剣に考えられていなくて、ただなんとなく、この先も一生一緒にいるんだと思ってた。別れ話の最中でさえも。
彼女とは共通の友達も多く、馴染みの店もだいたい一緒。別れてからは友達に戻ったみたいだった。時折店で出くわしては、何もなかったかのように笑い合う。ふと思い出しては連絡する。彼女からはこないと気づいたのはいつだったか。
「最近どうよ」
「 何急に(笑) 忙しいけど楽しいよ」
「いま幸せ?」
「とっても!好きなことで食べていけてるからね」
恋愛面は?と聞きたいのに聞き出せず、彼女も知ってか知らずかどうもはぐらかした様な答えしか返ってこなかった。幸せでいるならいいのだけれど、と思おうとするも、本当は内心モヤモヤしていたのをタバコの煙で見ないふりをしてやり過ごした。
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クリスマスの少し前、当時連絡を取っていた女の子とカフェでデートしていると、通りの向こうのショーウィンドウの前に彼女がいるのが見えた。マフラーの上に髪がもふっとなっていて、"マフラーの隙間"の中でもなんだか一番可愛く見えた。やっぱり可愛いなぁなんて思いながら、目の前の相手の話も話半分に彼女のことを考えている自分がいた。
楽しかった日々がよみがえり、彼女の声が聞こえてくるような気さえして、抱きしめたくて堪らなかった。触れたくて堪らなかった。
けれど、ガラスの向こうに見える彼女の元に、一人の男がやってきた。店の中から出てきたのだろう、見覚えのある美しいブルーの小さな紙袋を手に。
頬に触れ、頭を撫で、マフラーの隙間を柔くつぶすようにポンポンと触れる。今まさに彼女にしたいそれを、その男が代わりにやっていた。
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お互いなんだかんだあっても、最後はまた一緒にいるんだと思っていた。根拠も自信もなかったけれど、運命ってやつがあるのならば、彼女の運命の相手は僕なのだと。数年後には彼女と家庭を築いているのだとすら思っていた。
今日、目の前でヴェールを纏い白いドレスで歩く幸せそうな彼女を見るまでは。
どうして彼女が望む幸せを与えてあげられなかったのか。幾つもの後悔とたらればをシャンパンと共に飲み干し、友人のひとりとして彼女の幸せを祝うしかなかった。
彼女は見る目がある。彼女と微笑み合う彼は、フラフラしている僕なんかよりよっぽど素敵な人だ。あの頃の後悔と懺悔が押し寄せてくるけれど、ごめんねは言わないでおくよ。君の隙間を満たしてくれる彼と、どうか、どうか幸せに。。
+++Special Thanks+++
サトウ カエデさん
ひらやm...HRYMさん