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父の転院

10月上旬に脳梗塞で入院した父が、いわゆる植物状態に近いと言われました。点滴などが必要なため、自宅や施設での生活はもう無理で、長期入院させてくれる病院に転院することになりました。

やはり反応がないという

転院にあたって、次の病院を紹介してくれるということで、ソーシャルワーカーさんとの面談がありました。

ワーカーさんからも父の病状を聞きました。リハビリの先生がいろいろ試したのですが、すべて反応なしという結果でした。

もしわたしや母が声をかけたら違うのではないかと思うのですが、今は面会が出来なくなっています。

転院先も少なくて

受け入れてくれる病院のリストをソーシャルワーカーさんが作ってくれていました。たくさん病院の名前があるのですが、三ヵ月経ったら転院しなくてはいけないところがほとんどです。

でも父の場合、転院させること自体が父やわたしにとってもたいへんだし、経済的にもたいへんです。

ワーカーさんも同じ考えで、長期で看てもらえる病院を二つ示してくれました。

片方を第一希望にして、どちらもダメだった時には一番自宅から近い病院に、ということでお願いしました。

個室ならどうぞ

第一希望にしたところは個室なら空いているということでした。計算してもらったら一ヵ月あたり12万円はかかるとのこと。

ちょっと厳しいぞ。

二日考えて、第二希望の病院に聞いてほしいと頼みました。

すると、とりあえずご家族と面談したいという返事が来たので行っていただけますか、と丁寧に言われました。

言われた通りに連絡をして、面談の日程を決めた上で出かけました。

昔、住んでいたオンボロ長屋があった場所から駅二つという近さで、土地勘もあります。駅前の商店街では買い物をしたこともあります。

地図で見た通り、信号を左に曲がるとゆるい傾斜になっていて、ゆっくり登ると仏花が並んだお店があり、通り過ぎると病院が見えてきました。

ちょっと複雑な心境だぞ。

勘違いして恥ずかしい

受付で名前を言うと、ロビーで待ってくれと言われてずいぶん待ちました。

すると受付の人が来て、院長と看護師長がお話しますので、と相談室に通されました。

会社の面接のような雰囲気です。

院長に、お父さんの状態についてはどう聞いてはりますかと言われました。

答えると、紹介状に書いてあることと大きな違いはなかったようです。

言いにくいことですが、と前置きをして院長が話し始めました。

父の状態は悪く、快方に向かう可能性はゼロであること、高齢での入院、しかも寝たきりであることで、合併症の危険が大きいこと。唾液で誤嚥性肺炎を起こして死ぬことや床ずれが原因の感染症で死ぬこともあるということ。

淡々と話す言葉にうなづきながら、納得できる内容だったので話は終わるかと思った時に、あとひとつ、と言われました。

えっと、お子さんはいらっしゃるんですかね。

とっさに、いえ、わたしは独身なので子どもはいませんと答えました。

すると、お子さんはあなたひとりですか、と聞かれました。

恥ずかしー。そういう意味だったのか。焦った。

慌てて、わたしひとりですと答えました。

家族の総意

すると院長の話がまた始まります。

心臓が止まりました、心肺蘇生をします、さて、人工呼吸器はどうしようかということになるのですが、これは一度つけると外せません。外すとわたしたちが罪に問われます。

やっぱりドラマを見ているようでした。

なので、ドラマを思い出しながら答えました。

母とも話したのですが、自然なままでお願いします。

わかりました。でしたらお話はここまでです。どうぞ入院してください。

決まった。

父の命の時間をわたしが決めることになるとは想定外でしたが、とりあえず転院出来ることになり、よかったです。

母と相談したというのは半分嘘なのですが、無理することないと、植物状態になったと聞いた時に母が言ったのを覚えていました。

土曜日のお昼過ぎ

病院を出てすぐに、ソーシャルワーカーさんに電話をしました。不在だったけれど、情報共有されているようで、他のワーカーさんに話をしました。

自宅に電話して転院が決まったと言うとよかったと喜びました。面会も出来るらしいよと話して、帰宅しました。

これからの人生の中で、大切な人を見送るのは二度の予定で、今が一度目です。次に備えて勉強にもなり、ありがたいことだと思います。

善は急げ、転院も急げ

日曜・祝日と続いた連休明けに、電話はかかってきました。

慌てて出るとソーシャルワーカーさんからでした。土曜日は連絡をありがとうございました、いつもの丁寧な話し方です。転院先から連絡があり、急なのですが、よかったら明日にでも転院をということです、と。

およ。

今の病院が早く父を手放したいのだろう。根拠はないのですが、次の病院が早く入院を、と言うことはないと想像しました。

バタバタと準備して

家に電話して転院が決まったことと、持ってきてくれと言われているものがあることを伝えました。

帰宅すると母が、ないねんけど、と困っていました。

転院の時に着る洋服を持ってきてくれ、出来たら前開きのものがいいという注文でした。だから着物を持っていこうと電話で話したのですが、見つからないと。

そういえば捨てたような気もするなぁと言っていたら、母の浴衣が出てきたので、これでいいんちゃう、というやや投げやりな回答をして、昼食に取りかかりました。

明日の朝は早いので、やるべきことは早め早めで。

再会の朝

朝一番で着替えを持って病棟へ。事務手続きに必要な書類を受け取って、会計に。大きな総合病院なのですが、もう自分の庭のように歩けます。

病棟に戻ると、移動のための介護タクシーの人が来ていました。父の荷物の説明を看護師さんから受けました。なぜか来た時より荷物が増えています。

しばらく待つとリクライニングの車イスに乗った父が現れました。近くに行くと、がぁがぁと叫んでいます。

いつもこんな風ですか?と看護師さんに聞くと、いや、移動させたりしたから怖かったんちゃうかな、見えるところに行ってあげて、と言われて、顔が見える位置に移動しました。するとわたしを見て父は驚きました。

久しぶりー、と手を振ると、かすかですが、笑顔になりました。

やっぱり安心したんやねぇ、いつもと全然違うわ。看護師さんが言ってくれたので嬉しかったです。面会出来なかったので、この時初めて状態の悪い父に会ったのです。

がぁがぁ言わなくなり、わたしの顔をずっと見ています。見えているし聞えているしわかっている。

なんだか泣きそうになりました。

ドライブに

車を待っていると、ソーシャルワーカーさんが見送りに来てくれました。電話ばかりで直接お話があまり出来なくてすみませんでした、と言われました。

本当に丁寧なワーカーさんです。

介護タクシーに車イスを固定するのですが、仕組みがうまく出来ていて面白かったです。時間はかかりましたが、しっかり固定されました。

看護師長さんとワーカーさんに見送られて、介護タクシーで病院を後にしました。

不思議なことに父は、なんだか嬉しそうでした。でも車が止まるとがぁがぁ言って、動くとおとなしくなります。子どもか。

母を探しているので、今日はわたしだけやど、二人で面会に行くからな、というとわかったようです。

気づくと父の目から涙が流れています。手で拭ったのですが、まるで再放送のドラマを見ているようでした。

後で気づいたのですが、この時父は、自宅に帰ることが出来ると勘違いしていたようです。帰ることが出来ないとわかったのでしょう。

転院先に到着して

父をストレッチャーに移してもらって、介護タクシーの精算をしました。

ロビーで待っている間に、テレビで「ひるおび」をやっていて、自宅にいる時はNHKを見る時間帯なので、違和感がありました。ここは家じゃない。父の居場所は本当はここじゃない。

でもここは父の終の住処になってしまうのです。

しばらくしたら呼ばれて、診察室に入りました。

いつ死んでもいいです

院長が父のレントゲンを見せてくれて、片方の肺は全く機能していないと説明しました。

よくこれで生きてはるなと思うほどですと院長は言いました。ですから厳しいです。悲しい顔をして、もう一度、厳しいです、と言ってくれます。

わかりましたと言うと、人工呼吸器をつけないということをはっきりさせた書類に名前を書きました。

いつでも殺してくれって頼んだみたいですね、とわたしが院長に言うと、そんなことありませんありません、と慌てて言われました。

実はこの病院の悪い噂を前日に聞いたのです。たまたま母の友達が来て、知り合いが入院していたけれど治るはずが死んでしまったというのです。

だから転院をやめようという気持ちには全くなりませんでした。

積極的に生きさせようとはしない。

いいんじゃないかな。

大切な約束

顔を見て帰ってくださいね、と言われたので父に近づくと、朝より状態が悪くなっていました。

看護士さんに尋ねたら、移動で疲れたからだろうとのことでした。

また二人で面会に来るから、と耳のそばで大きな声で言ったら、少し目を開けました。

聞えてはいるらしいです。

一日も早く会わせておかないと、と思い、最短の面会日時で予約して帰りました。

家出のように

手続きを終えて、病院を出ました。

リュックサックに大きなトートバッグを三つも持って、家出するみたいなわたしです。

荷物が多すぎるので、ガラガラの電車の中で立っていました。

田舎だから人も少ないのです。いいなぁ。

やっと、長い長い午前中が終わりました。





写真は「みんなのフォトギャラリー」からお借りしました。

優しい気持ちになれる画像です。

ありがとうございます。




地味に生きておりますが、たまには電車に乗って出かけたいと思います。でもヘルパーさんの電車賃がかかるので、よかったらサポートお願いします。(とか書いておりますが気にしないで下さい。何か書いた方がいいと聞いたので)