おぼろげな光
確固として好きなものが自分の中にあるだろうかと考えてみたとき、たしかにそこにあるのはおぼろげな光で、私はそれが好きで写真を撮るようになった。
例えば、夜の交差点。
視力の悪い、近視のままの目で眺めてみるとすべてがぼやける。
ただ夜の交差点には光で溢れていて、該当のオレンジ色の光も、行き交う光の白いビームライト、信号の赤、青、黄色。看板を照らす光。すべての光ははっきりしているのだけれど、それをはっきり受け取る能力が私の目にはなく、でもその、輪郭がにじんだような光はいつまでも見ていたいと思えるほどはっきりした光とは異なる魅力を持っていた。
夜の光はそうやって肉眼で見える。
けれど、昼の光はそうはならない。
写真に撮らないとにじまない。ぼやけない。
現像してみないとわからない光の加減、瞬間的にフィルムの上にこぼれる光輪というのが正しいのかわからないけれど、光の反射が、うまく写真に写っていたときの幸福感。ぼやた、にじんだ、白い光に満たされた写真の中にくっきりとうつる光の残像。
それは自分の目では見えないもう一つの世界を切り取る作業。
ファインダーを覗いて、シャッターを押す瞬間にも見えていない世界。
きっとこう写るかもしれない、そう思いながら、もう一つの世界を想像しながら、設定を調節して切り取る世界に私は住みたい。