収益認識会計基準の「法的所有権」に噛みつくだけの記事

「法的所有権」という語

収益認識会計基準で、筆者が最も嫌いなフレーズの1つがある。

40. 資産に対する支配を顧客に移転した時点を決定するにあたっては、第 37 項の定めを考 慮する。また、支配の移転を検討する際には、例えば、次の(1)から(5)の指標を考慮する。

(2) 顧客が資産に対する法的所有権を有していること

収益認識に関する会計基準

44. 顧客への財又はサービスの提供に他の当事者が関与している場合、次の(1)から(3)のいずれかを企業が支配しているときには、企業は本人に該当する。
(1) 企業が他の当事者から受領し、その後に顧客に移転する財又は他の資産([設例 19])
(2) 他の当事者が履行するサービスに対する権利 他の当事者が履行するサービスに対する権利を企業が獲得することにより、企業が 当該他の当事者に顧客にサービスを提供するよう指図する能力を有する場合には、企 業は当該権利を支配している([設例 18]及び[設例 20])。
(3) 他の当事者から受領した財又はサービスで、企業が顧客に財又はサービスを提供する際に、他の財又はサービスと統合させるもの
例えば、他の当事者から受領した財又はサービスを、顧客に提供する財又はサービ スに統合する重要なサービス(第 6 項(1)参照)を企業が提供する場合には、企業は、 他の当事者から受領した財又はサービスを顧客に提供する前に支配している。
45. 企業が財に対する法的所有権を顧客に移転する前に獲得したとしても、当該法的所有権が瞬時に顧客に移転される場合には、企業は必ずしも当該財を支配していることにはなら ない([設例 28])。

収益認識に関する会計基準の適用指針

この「所有権」という言葉であるが、明らかに民法的な意味での所有権ではない。
また「法的」とつけているが、「法的でない所有権」というのも存在しない。
つまり、この語は、契約(≠契約書)を基礎とする収益認識において、正確でない法律用語を用いてしまっている。

この原因はIFRSをそのまま和訳したことにある。
IFRSと米国会計基準であるtopicを確認すると、対応する部分は以下のようにlegal titleという語を用いている。

titleは英文契約では「肩書」や「表題」の意味で用いられることが多いが、権利の文脈では「権原」や「所有権(risk:危険の移転とセットで用いられることが多いように思われる)」を意味する。
「権原」とは「ある法律行為または事実行為をすることを正当とする法律上の原因」をいう(法律学小時点第5版)。

つまり、先の「法的所有権」は「法的権原」を用いればよかったのである。

※この記事の結論は以上で終わりで、以下は蛇足であるので、興味がある人だけが流し見ていただきたい。

606-10-55-37
An entity is a principal if it controls the specified good or service before that good or service is transferred to a customer. However, an entity does not necessarily control a specified good if the entity obtains legal title to that good only momentarily before legal title is transferred to a customer. An entity that is a principal may satisfy its performance obligation to provide the specified good or service itself or it may engage another party (for example, a subcontractor) to satisfy some or all of the performance obligation on its behalf.

606-10-55-37A
When another party is involved in providing goods or services to a customer, an entity that is a principal obtains control of any one of the following:
a. A good or another asset from the other party that it then transfers to the customer.
b. A right to a service to be performed by the other party, which gives the entity the ability to direct that party to provide the service to the customer on the entity's behalf.
c. A good or service from the other party that it then combines with other goods or services in providing the specified good or service to the customer. For example, if an entity provides a significant service of integrating goods or services (see paragraph 606-10-25-21(a)) provided by another party into the specified good or service for which the customer has contracted, the entity controls the specified good or service before that good or service is transferred to the customer. This is because the entity first obtains control of the inputs to the specified good or service (which include goods or services from other parties) and directs their use to create the combined output that is the specified good or service.


606 Revenue from Contracts with Customers Implementation Guidance and Illustrations
https://asc.fasb.org/1943274/2147479777

B35
An entity is a principal if it controls the specified good or service before that good or service is transferred to a customer. However, an entity does not necessarily control a specified good if the entity obtains legal title to that good only momentarily before legal title is transferred to a customer. An entity that is a principal may satisfy its performance obligation to provide the specified good or service itself or it may engage another party (for example, a subcontractor) to satisfy some or all of the performance obligation on its behalf.

B35A
When another party is involved in providing goods or services to a customer, an entity that is a principal obtains control of any one of the following:
(a) a good or another asset from the other party that it then transfers to the customer.
(b) a right to a service to be performed by the other party, which gives the entity the ability to direct that party to provide the service to the customer on the entity’s behalf.
(c) a good or service from the other party that it then combines with other goods or services in providing the specified good or service to the customer. For example, if an entity provides a significant service of integrating goods or services (see paragraph 29(a)) provided by another party into the specified good or service for which the customer has contracted, the entity controls the specified good or service before that good or service is transferred to the customer. This is because the entity first obtains control of the inputs to the specified good or service (which includes goods or services from other parties) and directs their use to create the combined output that is the specified good or service.

IFRS15
https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/publications/pdf-standards/english/2021/issued/part-a/ifrs-15-revenue-from-contracts-with-customers.pdf

厳密な意味での「所有権」概念

少なくとも法律における「所有権」とは「有体物に対する排他的支配権」である。

第一編 総則
 第四章 物
(定義)
第八十五条 この法律において「物」とは、有体物をいう。

第二編 物権
 第三章 所有権
  第一節 所有権の限界
   第一款 所有権の内容及び範囲
(所有権の内容)
第二百六条 所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。

民法

「財産権」概念

所有権より広い概念の中で最も広範な権利を包含しているものとして、「財産権」がある。

第二編 債権
 第二章 契約
  第三節 売買
   第一款 総則(売買)第五百五十五条 売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

民法

「財産権」とは、財産的価値のある権利であって、物権・債権・無体財産権などが主要なものである。

我妻榮 有泉亨 清水誠 田山輝明 著『我妻・有泉コンメンタール民法[第8版] 総則・物権・債権』(日本評論社、2022年)1205頁

(取得時効に関する163条についての言及の中での傍論として)
ちなみに,梅『民法要義』によれば,本条にいう財産権とは「処分スルコトヲ得ベキ利益ヲ目的トスル権利」であり,物権,債権,著作権,特許権,意匠権,商標権などがこれに含まれる。そして,扶養を受ける権利のように一定の身分に付属する権利は例外的に除外されるけれども,「然レドモ他ノ財産権ハ法令ニ別段ノ定ナキ以上ハ皆本条ニ依リテ之ヲ取得スルコトヲ得ル」とされている。

川島武宜/編集『注釈民法 第5巻 総則(5) 期間・時効 -- 138条~174条の2 【復刊版】』(有斐閣、2013年)242頁

このように「財産権」には民法で定められる物権、債権以外にも多様な権利が含まれる。
代表的なものである「知的財産権」については、以下のように定義がある。

(定義)
第二条 この法律で「知的財産」とは、発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発見又は解明がされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む。)、商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報をいう。
2 この法律で「知的財産権」とは、特許権、実用新案権、育成者権、意匠権、著作権、商標権その他の知的財産に関して法令により定められた権利又は法律上保護される利益に係る権利をいう。

知的財産基本法

なお所有権と知的財産権(特に著作権)の併存には注意が必要であろう。

美術の著作物の原作品は、それ自体有体物であるが、同時に無体物である美術の著作物を体現しているものというべきところ、所有権は有体物をその客体とする権利であるから、美術の著作物の原作品に対する所有権は、その有体物の面に対する排他的支配権能であるにとどまり、無体物である美術の著作物自体を直接排他的に 支配する権能ではないと解するのが相当である。

著作権の消滅後に第三者が有体物としての美術の著作物の原作品に対する排他的支配権能をおかすことなく原作品 の著作物の面を利用したとしても、右行為は、原作品の所有権を侵害するものではないというべきである。

博物館や美術館において、著作権が現存しない著作物の原作品の観覧 や写真撮影について料金を徴収し、あるいは写真撮影をするのに許可を要するとし ているのは、原作品の有体物の面に対する所有権に縁由するものと解すべきである から、右の料金の徴収等の事実は、所有権が無体物の面を支配する権能までも含む ものとする根拠とはなりえない。料金の徴収等の事実は、一見所有権者が無体物で ある著作物の複製等を許諾する権利を専有することを示しているかのようにみえる としても、それは、所有権者が無体物である著作物を体現している有体物としての 原作品を所有していることから生じる反射的効果にすぎないのである。

最判昭和59年1月20日

では「情報」や「データ」の扱いはどうであろうか。

「情報」と「データ」の違いについては様々な捉え方があり、確立した捉え方はない。
多くの法律では、「データ」はいわゆるデジタルデータのことであり、「電磁的/電子的記録に記録された情報」といわれる。

※なお情報処理の促進に関する法律においては「この法律において「情報処理」とは、電子計算機(計数型のものに限る。以下同じ。)を使用して、情報につき計算、検索その他これらに類する処理を行うことをいう。」と、コンピューター処理の対象を「データ」ではなく「情報」であるとしている。
同法の1条が「この法律は、電子計算機の高度利用及びプログラムの開発を促進し、プログラムの流通を円滑にし、情報処理システムの良好な状態を維持することでその高度利用を促進し、並びに情報処理サービス業等の育成のための措置を講ずること等によつて、情報処理システムが戦略的に利用され、及び多様なデータが活用される高度な情報化社会の実現を図り、もつて国民生活の向上及び国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。」と、ここだけ「データ」を用いていることを考えると、残念な気持ちになるのは私だけであろうか。

日本法における一般的な理解として、無体物は所有権の対象にならず、対象の性質により知的財産権や営業秘密など個別法の保護対象になり得ても、一般的な権利についての定めはない。
これについて、経産省のガイドラインではオーナーシップ論を紹介している。(これが確立しているわけでもない)

データが知的財産権等により直接保護され るような場合は別として、一般には、データに適法にアクセスし、その 利用をコントロールできる事実上の地位、または契約によってデータの利用権限を取り決めた場合にはそのような債権的な地位を指して、「デ ータ・オーナーシップ」と呼称することが多いものと考えられる。

「AI・データの利用に関する契約ガイドライン(データ編)」14頁

「情報」であることが文言上でにも現れている(「技術上の秘密(営業秘密のうち、技術上の情報であるものをいう。以下同じ。)」という定めなど)営業秘密や「データ」を用いている不正競争防止法では以下のような定めがある。

この法律において「限定提供データ」とは、業として特定の者に提供する情として電磁的方法(電子的方法、磁気的方法その他人の知覚によっては認識することができない方法をいう。次項において同じ。)により相当量蓄積され、及び管理されている技術上又は営業上の情報(営業秘密を除く。)をいう。

不正競争防止法(令和5年改正後)

「個人情報」は情報に関する定義はなく、「生存する個人に関する情報」としている。

アメリカでの「財産権」概念

アメリカ法ではpropertyが日本で言う物権的な所有権を意味するとされるが、日本法の所有権が有体物に限るのに対し、propertyは無体物に対する権利も含む。
土地に対するreal property、interest in landとそれ以外の財産に対するpersonal propertyに分類される。
personal propertyには知的財産や契約上の権利、証券化された権利などが含まれる。
(岩田太 著『基礎から学べるアメリカ法』(弘文堂、2020年)81頁、E. Allan Farnsworth. AN INTRODUCTION to the Legal System of the United States, edited by Steve Sheppard ,2010, pp.143)

知的財産権に関してはintellectual propertyが基本的に使われる。

ownershipは「議決権/『会社の支配』的な意味での所有」の意味で用いられることもあるが、「物に対する所有権」として用いられる場合もある。
なお日本でいう占有に関しては、所持していることはpossess、空間的な意味での占有はoccupyが用いられる。




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