「物」と「役務」の区別

しばしば性質の違いや適用条文が区別される「物」と「役務」の違いについての覚え。後半脱線。

「物」の民法上の定義

(定義)
第八十五条 この法律において「物」とは、有体物をいう。
「有体物」とは、字義通りには空間の一部を占めるもの、すなわち液体・気体・固体のいずれかに属するものを意味する。しかし、この字義通りに本状を解釈する理論に対しては、学説も判例も立法も、しだいにこれを拡張しようとする傾向を示している。(刑法245条での電気を財物とのみなす規定)…民法に関しては、刑法におけるよりも、学説ははるかに寛容である。すなわち…五感に触れることができるもので法律上の排他的支配が可能なものは、ことごとく「有体物」であると解する学者が少なくない。(我妻・有泉コンメンタール民法 総則・物権・債権第7版171頁-171頁)

役務提供契約

物の給付を目的とするのではなく、役務(サービス)の提供を目的とする契約。民法上の「雇用」「請負」「委任」はその一種とされる。物の売買などと比較した場合、役務の提供は、イ 履行後の「原状回復」が不可能であることや、ロ 履行の質についての客観的評価が困難であることなどの特徴がある。(法律学小辞典第5版)※「役務」という項目なし

特定商取引法(「商品の販売」と並ぶ「役務の提供」)

訪問販売、通信販売、電話勧誘販売などの7つの類型がありますが、例えば訪問販売について以下のように定義されています。

第二条 この章及び第五十八条の十八第一項において「訪問販売」とは、次に掲げるものをいう。
一 販売業者又は役務の提供の事業を営む者(以下「役務提供事業者」という。)が営業所、代理店その他の主務省令で定める場所(以下「営業所等」という。)以外の場所において、売買契約の申込みを受け、若しくは売買契約を締結して行う商品若しくは特定権利の販売又は役務を有償で提供する契約(以下「役務提供契約」という。)の申込みを受け、若しくは役務提供契約を締結して行う役務の提供
消費者被害の未然防止をより一層図るため、全ての商品・役務について、
原則として規制対象とした上で、必要に応じて適用除外を設ける方式を採る必要があり、上述の方針を転換することが必要との判断の下、平成 20 年の改正において、指定商品制及び指定役務制を廃止することとなった。同年の改正以前は、「指定商品」について「国民の日常生活に係る取引において販売される物品」のうち政令で定めるものと定義しており、その対象が「物品」に限られていたのに対し、改正後は特に定義をせず単に「商品」としていることから、「物品」には該当しない不動産も本法の対象に含まれることととなった。なお、「役務」の定義範囲は変わっておらず、労務や便益としての「役務」が規制の対象となる
消費者庁「特定商取引に関する法律・解説(平成28年版)11頁」
※「便益」については17頁などの記述から「収益の分配」と捉えているようである。

商標法(役務の概念あり)

8〈商品とサービスの相違について〉商品の要件としての有体物性を放棄して商品の範囲が無秩序に拡大することは適当ではなく、商品のもう一つの要件である流通性を厳格に解釈する必要がある。電子情報財が流通するのは、ダウンロード等により顧客に電子情報財そのものが送信され、顧客がハードディスクに記録し、継続して管理・支配できる場合である。一方、電子情報財の提供形式はダウンロードに限られず、ASP(Application Service Provider)型で電子情報財の機能を提供する場合や、一般的なストリーミングのような場合もあるが、これらは電子情報財の機能の提供であり、電子情報財自体が流通しているとはいえない。ニース協定で定める商品・サービスの国際分類においても、電子情報財に関して商品とサービスの区別はダウンロード可能か否かであるとの基準が用いられている。電子出版物を例にすると、ダウンロード可能な電子出版物(Electronic publications, downloadable)は商品だが、ダウンロードできないオンラインでの電子出版物の提供(Providing online electronic publications, not downloadable)はサービスとして扱われている(国際分類第十一版参照)。以上の理由から、電子情報財についての商品とサービスの区別は、ダウンロード可能であれば商品とし、保存できないような形で電子情報財を提供する場合はサービスと捉えることが適当である。(工業所有権法逐条解説〔第21版〕1492頁)

電気通信役務

第二条 
三 電気通信役務 電気通信設備を用いて他人の通信を媒介し、その他電気通信設備を他人の通信の用に供することをいう。

※手元の文献では調査できず。

ソフトウェアのオンライン提供(登録・届出の要否のみの観点)

労務管理や販売管理等を⾏うアプリケーションソフトウェアをインストー
ルしたサーバ等を設置して、インターネット等を経由して当該ソフトを企
業等に利⽤させるものをいう(狭義のASPサービス)。
⾃⼰と他⼈(利⽤者)との間の通信であり、他⼈の通信を媒介していないことから、電気通信回線設備を設置していない場合には、登録及び届出が不要な電気通信事業と判断される。(総務省「電気通信事業参入マニュアル[追補版](令和元年10月1日 最終改定)18頁」)

特許法(役務の概念なし)

(定義)
第二条 
3 この法律で発明について「実施」とは、次に掲げる行為をいう。
一 物(プログラム等を含む。以下同じ。)の発明にあつては、その物の生産、使用、譲渡等(譲渡及び貸渡しをいい、その物がプログラム等である場合には、電気通信回線を通じた提供を含む。以下同じ。)、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む。以下同じ。)をする行為
二 方法の発明にあつては、その方法の使用をする行為
6〈プログラム等〉プログラムの定義は、情報処理の促進に関する法律(昭和四五年法律第九〇号)におけるものと同じであり、プログラムの定義としては法律上最も一般的なものである。(工業所有権法逐条解説〔第21版〕17頁)
(3項の生産する方法お発明とあわせ)このカテゴリーは科学的見地から分類されたものではなく、発明のカテゴリーによって効果が異なり、その異なった効力をもたせるために、特許法はこのようなカテゴリーを設けたともいえよう。つまり発明のカテゴリーとは、特許権の効力の及ぶ範囲を示すための概念であるといえる。
(中略)
物の発明とは技術的思想が物の形として具現化されたもので、基本的には経時的要素のない発明である。方法の発明とは経時的要素のある発明であり、「一定の目的に向けられた系列的に関連のある数個の行為または現象によって成立するもの」である。しかしながら、…プログラムが物の発明とされてからは、必ずしも経時的要素だけで、物の発明と方法の発明を明確に説明することができないような状況が生じている。…使用以外に、生産・流通が観念できるものが「物の発明」で、それ以外は「方法の発明」であるということもできよう。(中山信弘「特許法 第四版」118-119頁)

意匠法(役務の概念なし)

(定義等)
第二条 この法律で「意匠」とは、物品(…)の形状、模様若しくは色彩若しくはこれらの結合(…)、…又は画像(機器の操作の用に供されるもの又は機器がその機能を発揮した結果として表示されるものに限り、画像の部分を含む。…)であつて、視覚を通じて美感を起こさせるものをいう。
1〈物品〉有体物である動産を指す。(工業所有権法逐条解説〔第21版〕1220頁)

まとめ

各法においてその定義も一様ではないものの、「『物』とは『役務』とは」から考えることにあまり意義がなく、各法の効果(権利や義務)が対象になる範囲として逆算的に捉えるのが実体を掴めるのではないかと思います。


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