スカイダイビングの話
事の発端は姉からの誘いだった。
「今度ちょっと空飛びに行かない?」
私の頭の中を大量の疑問符が踊ったのは言うまでもない。
あまりにも突然過ぎるし、それだけ言われても意味不明である。
という訳で詳しく事情を聞いてみたところ、姉が言わんとしていたのは一緒にスカイダイビングをしてみないか、ということだった。
【私がスカイダイビングに行くことになるまで】
なるほど、まあ内容は分かった。
でもなぜスカイダイビング?しかも何で急に??
まだまだ謎だらけである。
ひとまず理由を尋ねる私に、姉は「飛んで人生観が変わったっていう人が居るから、私も何か変わるかなと思って」と話す。
でも一人で飛びに行く勇気がなく、友達も誘いにくくて私に白羽の矢が立ったそうだった。うーんなるほどよく分からん。
当時はふーん……?くらいで深くは尋ねなかったが、結論だけ言うと姉は姉でいろいろな壁にぶつかり、相当人生に悩んでいたらしかった。でもそんな突飛な考えに至った経緯や思考回路は、正直今でもちょっと分からない。
本当になぜそこでスカイダイビングになったのか……!
とは言え、まあ私も興味がなかった訳ではない。
この機会でもないと確かに飛ばないかもと思った私が費用を尋ねると、結構なお値段(約6万近く、写真等のオプション込)を伝えられた。当時バイトをしていたとは言え奨学金を借りて大学に通っていた私は、それを聞いて及び腰になり流石にちょっとと同行を渋った(姉は社会人だった)。
しかし「お金なら貸すから!」「人生一度はやってみたいと思わない?今を逃すともうないと思うよ!」という連日に渡る熱心且つ根気強い誘いに負け、最終的には私も空を飛ぶことになったのだった。
(冷静に考えると飛ぶ飛ばないの話を日常的にしているのは異常だった)
前置きが長くなってしまったが、ここからは実際にスカイダイビングをしてみての感想をつらつらと書いてみる。
【いざ現地へ〜姉のスカイダイビングの話】
その時申し込みをしたコースの詳細は覚えていないが、内容としては現地に用意されたヘリで上空まで上がり、インストラクターさんと一緒に飛び降りるというものだった(所謂タンデム飛行である)。
駅で待ち合わせをして体験ができる場所まで車で送迎をして貰い、何から何まで準備して貰ってヘリに乗り飛び降りるだけ。その間写真を沢山撮って貰うこともでき、最終的にはデータを貰えるというコースだった。
思いきり平日だったからか、その日は私と姉以外には体験者は居なかったと記憶している。物凄く乱暴な運転の車に運ばれること一時間弱、私と姉は広々とした土地に辿り着いた。
正直乗り物酔いでそれどころではなかったが、のんびりしている場合ではない。これから空を飛ぶという興奮で割とすぐに復活した私達は、説明を受けながらいそいそと準備を開始する。
まずは姉から飛ぶことになり、ヘリに乗せられて上空に行く姉を見送る。この日は晴れ空であったがそれなりに雲もあったため、どうなることかと思っていたら雲を突っ切って姉が降りてきた。
一瞬大丈夫かと冷や冷やするが、問題なくパラシュートが開いてそれなりの長さの滞空時間を経て地上に降り立つ。その間、私は私でケータイを構えて一生懸命姉の勇姿?を撮影していた。すぐさま姉の元に駆け寄った私に姉は笑顔を見せたが、どこか何とも言えない表情が見て取れた。
疑問に思う私に、姉は多くは語らなかった。
ただあまり元気がない様子で、「パラシュートが開いてからは覚悟した方がいい」とだけ教えてくれた。どういうことか気になって仕方なかったが、そのタイミングで詳しく語らなかったのはある意味優しさだったのだろう。
【いざスカイダイビングへ】
姉が降りて少しして、いよいよ私も空を飛ぶことになる。
私はその当時飛行機にすら乗ったことがなかった(長距離移動は新幹線や高速バスのみだった)ため、それが初めての飛行体験だった。まさか初回がヘリなんてと思いながら、側面の扉が全開のヘリに乗り込んで空高くまで上がっていく。雲よりも高い場所に到達したのも当然初めてのことだった。
私が飛ぶ頃には雲も少し減っていたが、夕方に差し掛かっていたのもあって視界に入る雲はすべて金色に輝いていた。地上からだと暗く見える雲が、雲を見下ろす高さだとこんなに幻想的に見えるなんて知らなかった(もっと上手く表現したいが、語彙力が足りないのが悔やまれる)。
その景色は今も脳裏に焼き付いていて、それを見られただけでスカイダイビングをやった価値があったかも、なんて悠長なことを私は考えていた。
まあその数分後には後悔することになるのだが……。
充分な高度に到達した時、私は勝手に飛び降りるタイミングは自分で選べるものだとばかり思っていた。しかし現実はそんなことはなく、インストラクターさんの合図と同時に空中に投げ出されることとなった。
こうして振り返っても、心の準備をさせて頂きたかったと切実に思う。
「ああ、これでパラシュートが開かなかったら終わるんだな……」
風を切って文字通り落下する最中、確かに私はそう思った。
これまで自らの意思で万が一があれば命を落としかねない状況に足を踏み入れたこともなかったし、ある意味一番身近に死を感じたかもしれない。
だが勿論そんな恐ろしいそんな事故が発生することもなく、私の場合も予定の高度で問題なくパラシュートが開いた。
ちなみに。当時調べた限りでは特に見付けられなかったので、これは私達にとって完全に盲点だったことではあるのだが。
スカイダイビングは三半規管が弱い方は控えておいた方が無難である。
いや、本当に切実に心の底からそう思う。
もっと具体的に言うのなら、回転する系の遊具が苦手な方や乗り物酔いが酷い方にはとても厳しい現実が待ち受けている。送迎の時の激しい運転は、この現実を知らせるための試練だったのかもしれない……。
それはパラシュートが開いた直後のこと。
落下する速度が急激に落ち、トランポリンで高くジャンプした時のようなふわりとした浮遊感に包まれた私は……時を同じくして今までにない程の強烈な吐き気に見舞われた。
胃がひっくり返る感覚とでも言えば良いのか、とにかく胃酸がせり上がってくるくらいの吐き気が止まらない。乗り物酔いの一番辛い時の感覚が永遠と続く感じだった。パラシュートが開いてから着地まで感覚的には数分間は滞空し、その間のんびりと眼下に広がる絶景を楽しめるのだが、私にはそんな余裕は欠片もなかった。
正直もう降ろしてくれ!!と泣き叫びたかったが、まだまだ地上が遠いこの段階で途中下車すれば私の命がない。そんなことができるはずも許されるはずもなく、私はただ耐えるコマンドを選択し続けるしかなかった。
その吐き気はどうも浮遊感と連動していたようで、結果的には地上に降り立つまで絶え間なく続くこととなった……。
【その後】
ようやくの思いで地上に降り立った私の元に、姉が駆け寄ってくる。
吐き気で青い顔をしてそれどころではない私を見ながら、もう回復したらしい姉はさも愉快そうに笑っていた。つまり姉は、こんな地獄のような展開を知りながら私にその事実を敢えて伏せていたということである。
この鬼!!!……と思わなくもなかったが、事前に知っていたら著しくやる気を削がれ、戦々恐々として飛び立つしかなかったことは明白だったので、最終的にはその優しさ?に感謝するしかなかった。
(酔い止めの薬でもあれば別だったかもしれないが、まさかこうなるとは思わず何の準備もなかったのが凶と出た結果である)
それから送迎の車で帰路に就き(二人とも乗り物酔いでぐったりしたのは言うまでもない)、後日その時の写真のデータを大量に頂いた。
結局その体験で世界が変わったか?と言えば、そこまで大きく変わったという感じはしていない。姉もそんなことを言っていた。
しかしある意味では度胸が付いたとは思うし、それをきっかけにいろいろ挑戦することに躊躇いはなくなったように思う。周りにあまり体験している人が居ないので、話すと大体驚かれるし割と話のネタにもなる。
もしこれを読んだあなたが高所恐怖症ではなく、三半規管が強いという自負があるのであれば記念に一度チャレンジするのも良いと私は思う。
興味があるが三半規管が弱いというあなたは……吐き気を我慢する覚悟をするか、せめて酔い止めの薬を服用することを勧める(薬がスカイダイビングにも効くのかは未知数のため自己責任でぜひ)。
スカイダイビングの時の写真を載せられたらと思ったが、見付けられなかったためもしあった時は更新するかもしれない。
以上、スカイダイビング体験記でした!
□関連note(登場する姉の話)