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【短編小説】No.11 ウサギもカメも

「亀はずるいわ」

-もしもし亀よ亀さんよ-

と、急に歌い出した彼女は、思い出したかのように怒り出した。

「きっと自分の寿命が長いことを知ってるのよ。だからあんなにのんびりしてられるんだわ」 
 いつものように、尖らせた口を慌ただしく動かしている。

「ウサギと亀の競争だってね、いつも亀が称賛されてるけど納得いかないわよね。もし、亀がウサギみたいに寿命が短ければあんな悠長に構えていられないわよ」
 地道さは、先が長いと知ってるものの特権だとも言った。そうかもしれない、と、僕は思う。明日死ぬとわかっているときに地道になんて生きていられない。

「でもそもそも亀には時間の概念がないよ。動物全般に当てはまるんだろうけど、時を刻むことこそ人間の特権だ。だからきっとそういう性質なんだよ」
 僕が言うと、彼女は不満そうだった。

「時間の概念がないなんてそれこそずるいわ。終わりを数えずにいられるなんて幸せすぎる」
「動物にはゼロの概念がないらしいね。無くなることも、失うことも知らないんだ」
「そんなのずるいよ」

 そう言って彼女は泣いた。別れの日に、こんこんと亀に対する恨み節を語っているのはそれこそ悠長な話だと、僕は思う。とは言え僕も、振り返るべき思い出を口に出せるほどの余裕はない。

「じゃあ動物はどうするの?失った後、どう生きるの?子供が死んだり、住み家が無くなったりしたあと、どうやって生きるの?」
 自分自身に問いかけているようだった。僕自身もその答えをずっと探している。

「里におりたり、他の住み家を探したりするのかな」
「安全な場所が見つかる保証なんてないのに?傷だらけじゃない。これから私は傷だらけにならなきゃいけないの?」
 彼女は僕の手をギュッと掴んだ。共に過ごしたたくさんの季節が、頭の中を駆け出しそうになる衝動をグッと堪える。僕にだって彼女のいない人生なんて考えられない。

「でも、ゼロの概念がないなら、つまり『無い』ことを知らないなら、そもそも『在る』ことも知らないのかもしれないね」
「在ることも知らない?」
「そう。関係ないんだよ。在っても無くても関係ないんだ」
「そんなの寂しすぎる」
「寂しい気持ちが在っても無くても続くんだ。続く毎日を生きるんだ」
「そんなの難しすぎるよ」
 彼女は僕の手を握ったまま、俯いた。どちらともなく抱きしめ合う。これまで無意識に行われていた動作が、やけに特別に感じられた。

「これから私はあなたのことをどう考えたらいいの」
 少し考えてから僕は言った。
「親友だよ。これからは親友だ」
 僕自身も無理矢理にそう言い聞かせて、彼女の体を強引に離した。なんだか肌寒い。人生の大半を明るく彩ってくれていた彼女が、僕の人生から消えた夜のことだった。

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