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“良い人“選手権『五十円玉』
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作 :骨髄
ジャンル:エッセイ的フィクション
名目 :脚本・台本(一人劇)、エッセイ
恐らく、良い人になりたいと思って日々頑張っておられる方って多いと思うのです。私もそのうちの一人です。しかし、本当に良い人ってどんな人なんでしょう。“良い人“の裏って本当に“良い人“なのかしら。もし、“良い人“本人の良い行動の原動力がエゴだったとしたら。まあ、根っからの“良い人“も稀にいるかも知れないけどね。私はもう、根っからの“良い人“になれないと思います。自分の汚さに打ちひしがれるか、純粋にその清さに憧れることができるか。でも、前向きになんてなりきれない。
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ステージの中央には大きな垂れ幕、『良い人選手権』と書かれている。陽気なBGMと観客のざわめき、遠くからは屋台で食べ物を売る商人たちの気持ちの良い掛け声が聞こえる。
ステージ下手側の階段を一人の参加者が登り、中央のマイクスタンドの後ろに立って丁寧にお辞儀をした。
:エントリーナンバー六番、サキです。よろしくお願いします。ーーはい、私は自分は優しい、良い人だと思っています。だから、今日このイベントに来て、友人からこのイベントに推薦された時も、自分なりに頑張ろうと……少し気は引けましたけど、出場を決意しました。ーーええ、友人からの紹介なんです。ちょっと照れくさいですね。ーー最近の良い人エピソード……ええ、どうでしょう。すぐには思いつかないな。あ、そういえば、朝の通勤ラッシュの時に改札で前の人が五十円玉を落としたのを見かけて拾った話なら。ーーああ、いえ。私、拾ったは良いものの、落とした人を見失ってしまって。ほら、朝の通勤時間帯ですから。それで私パニクっちゃって。私はその時高校生で、かなり遅刻ギリギリを攻めていたんですよ。だから殊更に慌てました。ーーまず、担任の先生に遅刻の連絡を入れました。乗り換え駅での出来事で、走っても間に合わなそうな時間帯だったので。その後もしばらく迷いました。この五十円玉は駅員さんに届けるべきか、コンビニの募金箱を探して募金すべきか、交番に届けるべきか。いっそ自分の百円玉を足して飲み物でも買った方が良いのかとも考えました。ーーそれは、使って経済の流れに返したほうが多くの人のためになると思ったので。ーーへへ、社会科のお勉強が好きだったんです。あ、でも、この考えに至った時、同時に思い出したんです。どうやら警察に届けられてそのまま一定期間持ち主が現れなかった現金は国のお金として使われるらしいと、どこかで聞いたことを。どんなに些細な金額でも、警察に届けたほうが世のため人のためになるならそうしますよ。ほら、ちり積もっていうでしょ。それに、もしかしたら、落とした人は現金派で、しかもこの日に限って所持金が五百円程度しかなかったとしたら、たった五十円でも重みが変わるでしょう。その五十円で食事の質がどれだけ変わるか。ーーまあ、お察しの通り、私は駅前の交番へ行き、五十円玉を届けました。お巡りさんも目を丸くしてましたよ。そりゃね、五十円玉だもの。しかしこれで一件落着だろう、と、そう思っていたから私は交番に届けたのですがね……ーー盲点でした。未成年、十八歳未満の子供が現金を届けた場合、保護者に連絡をしないといけない決まりがあるんですって。私はその時、十七歳でした。ーーもちろんしました。決まりですから。守らないとこのお巡りさんも大変でしょう。年齢を聞かれた時、察して、ああしまったと思いました。一瞬誤魔化そうとも思いましたが、まあ、無理な話です。できませんでした。ーーああ、親には、たった五十円ごときでと叱られました。どうせ、遅刻しそうだからちょうど良い言い訳を見つけたんだろうと。こうなるだろうとは思ってました。でも、心のどこかでは、あなたは生真面目だから仕方ないわね、と受け入れてもらえると思っていたのでショックでした。喉元が引き攣っていくのを感じました。お巡りさんも空気感を察してくれて、電話越しフォローを入れてくださりましたが、朝の忙しい時間にこんな小さなことに時間を使わせてしまって申し訳なかった。……すみません、暗い話になってしまいましたね。ーーそうですか。そう言っていただけると嬉しいです。報われた気がします。ーーうーん、全く後悔しなかったといえば嘘になります。でも、また同じ状況になったら多分私は同じ選択をします。だって、最後に後ろめたさが残らないですもん。私は自分の正義を貫き通してちょっと理不尽なことも言われたりしましたが、今になって振り返るととても清々しい気持ちになります。私は良い人、まあ、どちらかというと、お人好しですかね。でも、別に人のために良い人なわけではないのですよ。ーーはい。確かに先ほどは「世のため人のため」と言いました。しかし、それって結局自分のためなんです。私は、誰から見ても“良い人“な自分が好きです。馬鹿正直に生きて、他の人に煙たがられるようなことでも、面倒な道を進んでも、正義を曲げない自分ってかっこいいでしょう。なんか、特別感というか、物語の主人公みたいな気分で気持ちいいんですよね。ーーははは、ええ。だから私は自分が理想的なかっこいい自分であり続けるために、超“良い人“であり続けようと思います。ーーありがとうございました。
参加者がお辞儀をして下手の階段を降りる。垂れ幕は風に吹かれて小さく揺れた。会場は尚も賑わいを見せていたが、参加者に対する拍手はそこまで大きくなかった。参加者を推薦した友人はどこだろうか。楽しくもどこか寂しい会場を、参加者は堂々と、胸を張って歩き、自分の席に座った。
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後味悪っ!?え、うわ、こんなつもりじゃなかったんだけどな。なんかごめん、サキさん(フィクションです)。私、多分良い人じゃないわね。でも、かっこいいわ。サキさんはきっと、自分を持ってる人なんだろうなと。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!