羽裏の招き猫
着物の上に着る羽織の裏側に羽裏と呼ばれる生地がある。
普段は見えないが羽織を脱ぐときにちらっと見える。
ただ普段は見えないので金持ちが好んで羽裏に美しい布や絵を描かせることになる。それが脱ぐ時にちらりと見えるとかっこいい。
のぞみと呼ばれる女はそんな羽裏の絵を描く仕事をしていた。
嘘か本当か蘆屋道満という陰陽師の家系という。
嘘か本当か何百年も生きているという。
嘘か本当か狸が親だという。
女の得意な絵は人魚。美しい人魚は男にも女にも人気だ。人魚の絵は健康に良いと言う者もいた。
羽裏だけ描くという変わった仕事から変な噂が多かった。
一人の女が来た。「いいことがないんです」女はからからと笑いながらと言う。
「楽しそうね」とのぞみが言うと。
「良いことがないと、楽しいことがないと笑えないなんて不公平でしょ、良いことが楽しいことがあったのに笑って気分が良くて、悪いことがあったら泣いて気分が悪くなきゃいけないなんて不公平でしょ。私は良いこと楽しいことがないからずっと下向いてべそかかないといけない。そう考えるとなんか笑えてきてずっと笑ってるんですよ」女はからから笑いながら言う。
「それはご立派だ」のぞみは女に茶を出した。
女は自分に似合った絵が欲しいというと父の形見だという大きな羽織をおいて帰って行った。
のぞみは一緒に暮らしている狸をなでながら何を贈るか考えた。変な噂を信じて絵を好きに描いてくれと言ってくる客がたまにいる。
そんな時は狸をなでながら何を贈るか考えるのだ。
のぞみは招き猫を描いた。口を大きく開けてにやりと笑う招き猫を贈ることにした。
女は招き猫を大変喜んだ。
しばらくして女は死んだ。川に飛び込んだ。
女は大きな羽織を着て死んだ。
それからしばらくして、大きな羽織を着た女の幽霊が出るという噂が広がった。
からから笑いながら歩いているらしい。
のぞみが夜歩いているとからからと笑い声が聞こえた。
あの女が大きな羽織を着てからから笑いながら歩いていた。
女と目があった。
女は口を大きく開けてにやりと笑い、そしてからから笑いながら何処かへ行ってしまった。
きっと今でも女は招き猫を背負いながらからからと笑いながら歩いている。
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