三十路の上海留学9日目

9月17日(火)留学9日目

 今日は、singing club(せっかく上海留学中なので中国語で書くか。唱歌社团)のメンバーでランチを摂ることになっていた。
 創設者にあたるインドネシア人(先日インド人と書いたが、よくよく聞いたらインドネシア人であった。)と、ドイツ人の女性。
 前回表記したときの名前を失念したので、インドネシア人の男性を金、ドイツ人の女性を沈とする。

 彼らは同じ寮に住んでいて、私の住まう寮とは校内の端と端にあたる。その距離おおよそ徒歩で10分~15分程度。
 私の寮の目の前にある河西食堂は美味しいことで有名だが、彼らの住まう寮からもっとも近い丽哇食堂はぶっちゃけ美味しくない。
 残念ながら集合は丽哇食堂になった。

 私がとっくに寮を出て暑い道のりを半分以上歩いたところで、インドネシア人の金が「いま寮出たよ~」と連絡をくれる。
 その後「食堂って学生カードしか使えないの?」とドイツ人の沈がメッセージをくれる。
 私が到着した頃には二人はとっくに注文を終えていた。
 まあ近いからな、君たちの寮は。

 本日は中秋節なので、食堂の人が月餅をくれる。無料である。
 先日外滩に出掛けたときに食べた红烧肉が絶品だったのでここでも頼んでみたが、味はなんとも微妙であった。
 丽哇食堂に味を期待してはならない。

 食事が始まるが、二人とも私の存在がいるばかりに英語で話すのを躊躇っているようでなかなか会話が弾まない。
 致し方なし、集まれ私のコミュニケーション能力…!
 「这个菜是什么(この料理なに?)」「这个菜很好吃(この料理美味しいね)」、簡単な言葉でとにかく話しかけた。
 ちなみに全員自分が何を食べているかは分からなかったので「这个菜是什么」は早々に封印した。

 一頻り食事を終えて、金がノートに活動内容を記載し始める。
 なんとか金は中国語での説明を試みたが、彼は素直な良い男なので、言葉に詰まると比喩抜きで頭を抱えるのである。
 「OK、OK、我有翻译软件。用英语聊天儿吧!(翻訳アプリあるから英語で話そうぜ!)」と言うと、彼は「ルアンジエン(软件)…?」と頭を抱え出した。
 もういい、気にすんな、金。

 私は彼らが英語で話し出すたびにdeepLの音声入力を起動して中国語で答える。
 細かいところはさっぱり分からなかったが、おおむねコミュニケーションは良好と思われた。

 沈に関してはめちゃくちゃお話好きで、かつポンポン話題が飛ぶ(これって✕✕でー、あ、✕✕って言うのは○○なんだけど、○○といえばこの前ね、みたいな)。
 deepLさんも疲弊していた。

 おおむね聞き取れなかった私だが、突然始まった年齢当てゲームに三人めちゃくちゃもりあがる。
 きっかけは、私が29歳と言ったあと、「金は?」と聞いたらお茶目なこのインドネシア人が「何歳に見える~?」と言い出したのがきっかけである。
 金、それ絶対に日本でやるなよ!笑
 「30歳?」というと「哎呀(アイヤ)~!」と金がいう。あーこういうとき使うのね、哎呀!笑
 沈は「24歳?」と言う。そんな若くないやろ~と思っていたら金は25歳だった。哎呀~!ごめんね、童顔の日本人に囲まれながら生きてきた人生だったから…。笑

 さて本題に戻って、金がサークル長、沈がミュージックディレクターとなり、私はサークル長から直々に副サークル長に命名された。
 金は「このサークルを50人規模に仕上げるのが目標だ…!」と熱く語っていたが、すまない、君たちの留学は長期だが、副サークル長は4ヶ月で帰国だ…!という言葉は飲み込んだ。
 志なんて高ければ高いほどええですからね。

 火曜日と金曜日に活動することが決まって、我々は食堂に追い出されるようにして解散した。
 私は洗濯をしなければならなかった。

 寮に戻り、予定どおり洗濯と、部屋の掃除をする。
 洗濯はこれまで柔軟剤をいれるタイミングが分からなかったのだが、ようやく洗濯機の使い方も熟知してきたので、はじめて柔軟剤を入れたのもこの日である。忘れたくないので記録しておく。

 掃除も終え、乾燥が終わるのを待つ間、私はある生徒から連絡をもらった。
 彼女は国籍は日本人だが、3歳からずっと中国に住んでいる学生である。私は唱歌社团以外に多语言社团(多言語交流クラブ)に入ったのだが、そこで「母語は中国語、日本語を勉強しています」と言っていた本科生であった。
 
 彼女の紹介文を見て、私はすぐさま彼女に「語学勉強しよう!」と連絡を取っていて、先日会う約束をした日がリスケになってしまったため、彼女とはまだ会えていなかったのである。

 彼女のメッセージは、「私たちの言語学習はいつ始まる?」という内容だった。
 現在の時刻は15時。今日は16時45分正門集合でタイ人とベトナム人と日本人×3と一緒にご飯に行く予定である。
 しかし明日からは授業が始まってしまうし、宿題も多いと聞いたので自由に会えないかも…。

 「良ければこれから会えませんか?直接話したいです。ちなみに、昨日寮のチャットに見かけたんですが、ひょっとして留学生2号楼に住んでます?」
 と返事をした。突然すぎて怒られるかな…と少し心配もしていた。
 ただ、昨日、台風で寮のチャットが補修依頼に溢れているなか、「✕✕(彼女の名前)、受付にパスポートが置きっぱなしだよ」と連絡を受けていたうっかりさんが彼女であることに気付いていたので、このうっかりさんなら許してくれるのでは?という甘えもあった。

 彼女からは、「これから会えます!そう、2号楼に住んでるよ!」と返ってきた。
 「じゃあ15時半に寮の一階の学習スペースで!」と伝えて、私は外出の荷物を整えた。

 15時半。彼女は図書館にいたのに寮へ戻ってきてくれたようで、5分遅れでやってきた。
 聞けば、父親が日本人、母親が中国人で、3歳まで日本にいてその後上海にうつり、高校でまた日本に戻って中国の大学に進学したらしく、国籍が日本人なので留学生寮に住んでいる、とのことだった。
 
 彼女は微信の名前をハングル表記にしていたので、韓国人かと思っていた(後日それを伝えたら爆笑していた)。

 そんなわけで、彼女はめちゃくちゃ日本語がペラペラである(教える余地なんて無さそうなくらい上手いし、そんなレベルの彼女からの質問は日本人の私にすらまあまあ難しい)。
 ほぼ彼女におんぶに抱っこな互相学习が始まった。

 16時20分、会話練習を切り上げ、次回の約束をする。
 明日は午後空いてるよ、というので、お互いに午前の授業が終わったら、12時に河东食堂集合で昼食を摂ってから勉強することにした。

 彼女に見送られながら私は正門に向かう。
 相変わらず早く行くクセが抜けないので、16時半過ぎには正門についてしまった。
 定刻、「バス停にいるよ」と言われるものの、バス停がどこにいるか分からない。
 友達に迎えに来てもらって、なんとかバス停に到着した。

 今回この食事に誘ってくれたのは、外滩にも連れていってくれた、半年先輩にあたる大学生の女の子である。彼女と前期でクラスメイトだったタイ人の男性と、今期その子とクラスメイトであるベトナム人の女性との食事会だった。

 バスに乗り、タイ人に「3駅乗るよ」と言われる。タイ訛りの発音なので、それだけをギリギリ聞き取れた。
 バスに乗り、私はベトナム人の隣に座る。
 聞き取りが出来ないので、ほぼ一方的にこちらが話すような会話の仕方ではあったが(私の発音が悪すぎて、伝わらないことが多々あった)、まあ気まずくはない程度に盛り上がったと思う。

 バスは乗車時にQRコードを読み込ませると、下車時にはなにもしなくて良い仕様だった。
 3駅乗って2元(50円くらい)である。馬鹿安い。降りるときはQRコードを読ませなかったので、もしかしたらどこまで乗っても2元やもしれぬ。

 我々が行ったのは长宁区にある日本居酒屋「つけ麺家康」というお店で、店内はSMAPをはじめJPOPが流れており、店員も「こちらお下げしますねー」と日本語で皿を下げていった。
 さすが长宁区、日本人の多い街。
 なんならそのビルの他の店も全て日本語表記でメニューや看板が書かれていた。

 食事ははっきり言ってそこまで盛り上がったわけではなかった。
 なにしろ私含めた日本人のうち三人は、まだ上海に来たばかりのヒヨコである。
 質問をしても回答を聞き取れないので、おおよそ、コミュニケーションは破綻していた。

 しかしタイ人はめちゃめちゃ陽キャで優しくて、積極的に話しかけてくれる。
 着席後開口一番が「インスタ教えて!」だったくらいである。
 あれ、そういや友達申請送ったあと承認されてねえな?まあいいか。

 エイヒレやねぎま、セセリ、鉄板焼などの居酒屋定番メニューをカルピスソーダをお供に食べ(上海ではまだお酒を飲まないようにしている)、いまいちよくわからない空気のままお開きとなった。
 これまでがまるきり鎖国人生だったので、この会も私個人としては楽しかった。他の人は知らん。

 違うバス停から乗車して帰るようで、少し长宁区の町中を歩いた。
 上海はやはり電飾がキラキラしていて綺麗。

 寮に戻り、明日から8時半に授業が始まる生活を送ることになるので早めに就寝した。

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