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【MKニュース11月号】コーチングを受けることにした


【MKニュース11月号より抜粋】


これから半年間、毎月のセッションとその間の宿題や習慣づけで、僕自身をイノベート。

ありたい姿はお坊さん。泰然自若。分け隔てない笑顔。
そうなりたいものだ。

今回を機に、ひとつ己に課したことがある。

ジャーナリングといって、寝る前に、頭に浮かんだことをありのままにノートに書き出す。

日記とは違う。僕は4年前から日記をつけている。
毎朝、昨日のことを日記に残している。このことで自分の行動や心の動きが整理でき、次の行動へと思考がツナガルようになった。

一方、ジャーナリングは頭の中でぐるぐると想い浮かぶ妄想、想像、空想など、多様な感情を文字や絵などで表現していくもの。
決まりがない。浮かんだことをありのまま…

やってみるとコレが簡単じゃない。今日で5日目だけど、文字にしにくいことは無理に言語化しないで、図や絵で心象をカタチにしてみる。

まあ、まだよくわからないけど、続けるには、自分が楽しくなきゃダメなんで、気持ちを楽にチャレンジしようと思う。

これまで3回、約2時間づつのやり取りをコーチとしていく中で、ひとつ気づいたことがある。

これは僕の場合だけど、幼少期から小学校3年生までの体験が、僕の今現在の思考や言動に多大な影響を与えているということ。

普段は絶対にやらない人生の振り返り、あまり思い出したくない当時の体験や意識が記憶の中から引き出されていくのは、気持ちの良いものではない。

でも、それが今の自分のポジティブさネガティブさ両面に出ているのであれば、しっかりと捉えなければならない。

さらに、中学、高校の陸上部の経験とか、大学時代のサークル活動や東京での起業、節目、節目での体験や意識をあらためて自覚することで、「ありたい姿」への自分変革の旅はスタートする。

ほんの1~2回コーチと話しただけですが、グサッと来た一言は、

『愛はあるのにその表現方法が良くなくて、相手にその想いが伝わっていない』

伝えているけど伝わらない最大の理由は、表情や態度や言い方。
これまで、特に仲の良い友人や尊敬する先輩から注意されてきたことを、いきなり指摘された。

なぜ改めない?僕自身の偏った言い訳としては、
『誰かが本当のことを言わなきゃダメ、人は気づいてはくれない。少々の摩擦も、相手との距離を近づけるためなら大いに結構。感情的になって怒鳴るのは良くないが、叱ることはしないと…』

そのこと自体は決して間違ってはいないと思うけど、表情や態度や言い方で相手の受け止め方は変わる。それなら変えなきゃならない。

頭でわかっていても、これまでもできなかった、やろうとしなかった…

ここが僕の最大の欠点であり、コーチングにより自身がイノベートしていく重点課題。

コーチが僕を変えてくれるのではなく、僕自身が僕という魔物を相手に闘い、僕の深層心理に巣喰う過去の体験や意識を開放するしかない。

僕はこの半年を真剣にコーチングに向き合い、残りの人生をウェルビーイングに近づけられるよう努めていく。

が、道のりはたやすくはない。自分と向き合うことから逃げ出せば、結局は何も変わらないだろう。この寄稿は、覚悟を示す背水の陣だ。


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