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ブルノ滞在記19 元ルームメイトに会いにオストラヴァへ2

昨日は9時過ぎの列車で元ルームメイトのペーチャに会いにオストラヴァへ向かった。オストラヴァといっても、降りた駅はオストラヴァ中央駅の1駅前にあるオストラヴァ・スヴィノフ Ostrava-Svinov 。オストラヴァの郊外だ。列車を降りて駅を出てみると、丁度ペーチャが、怪我をした右腕を首から吊ったまま大きな赤い乳母車を押してバスから降りてくるのが見えた。思わず両手で大きく手を振って彼女の名前を呼ぶ。最後に会ったのは4-5年前だ。ハグをする。

彼女が連れている赤ちゃんのトンダ Tonda (アントニーン Antonín) は1歳過ぎ。乳母車の中でよく寝ている。ペーチャ曰く、夫のフィリプ Filip は街で音楽のワークショップに参加しているらしい。一体どんな人と結婚したのだろうと思いながら、彼女が住んでいる団地に向かうバスに乗り込む。

オストラヴァは元々工業都市だ。特に冷戦期には巨大な団地郡をあちこちに建設して多くの労働者を招き入れた。おそらくその頃に建てられたと思われる団地の一角に、ペーチャたち一家は住んでいる。団地といっても、芝生の広がる気持ちの良い広場があちこちにあり、住民たちはそこに洗濯紐を張って洗濯物を干したり、犬を散歩させたり、子どもを遊ばせたりしている。

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到着して早速ペーチャ一家の洗濯物の取り入れを手伝ってから、彼女が一時的に両親から預かっている犬チャーリー(上の写真に写っている犬)を連れて、小さな野外劇場とギャラリーのあるお城まで散歩に行く。途中で目を覚ましたトンダに改めて挨拶をして(トンダはまだ喋らないけれど)、一緒に近くの池を泳いでいる鴨に餌をやった。コートを着て歩いていると汗ばむくらい良い天気だ。

散歩を終えて彼女の家にお邪魔する。1LDK。多分ヨーロッパのアパートにしてはかなり小さい方だろうが、広さ的には我が家と同じくらいだ。
「ごめんね! 散らかってるけど、あなたなら大丈夫だと思って」
と、ペーチャは笑う。勿論だ、やっぱり彼女はわたしのことをよく分かっている。

つかまり歩きで家中を歩き回るトンダの世話をしながら、お互いの話をする。彼女の夫は元々家具職人だったらしいが、今は木材で様々な楽器を作っているという。以前は確実な収入を得るために賃金労働をしていたらしいが、彼がその仕事にストレスを感じていることを知ったペーチャは、彼に言ったそうだ。
「フィリプ、わたしは自分が望むことだけやって生活してる。あなただってそうしたらいいわ。そうするべきよ」
以来彼女たちは、様々なフェスティバルやマーケットで自分の作品を売りに行ったり、ワークショップをしたりして生活している。チェコでは、日本と違って、子育て世代への支援が充実しているのも、彼らの生活の大きな支えとなっているように思う。ペーチャによると、チェコでは子どもが生まれてから十分な育休が取れるよう、なんと2年間は、両親のそれまでの収入に応じて毎月国から一定の補助金が支給されるのだそうだ。しかも、チェコではコロナ禍で新生児が増えたという。ペーチャの周りにも、7年不妊治療に通いつづけていた女友達が、コロナ禍で仕事に余裕ができたおかげで子どもを授かることができたらしい。日本では長らく出生率は減少傾向にあるし、コロナ禍はそれをさらに加速させたのではないかと思う。チェコとは状況が全く逆だ。かく言うわたしも、今まさに出版や翻訳の仕事に手を出し始めたところで、経済的にも精神的にもとても子どもを迎えられる状況ではない。我が家では、子どもを産み育てる代わりに、自分たちの生み出す作品を子どもとして大切にすることに決めている。

昼食を食べ、トンダを再び乳母車に乗せて、今度は街の方へ散歩に出る。オストラヴァは労働者の街だったが、近年は文化センターを建て替えたり、様々な文化イベントを開催したりと、文化面に力を注いでいるそうだ。郊外だからということもあるだろうが、「灰色の街」とは思えないほど自然が多く心地よいところだった。

帰宅後は、来客に大興奮しているトンダになんとか食事を取らせ、寝巻きに着替えさせた。トンダのマイブームは、手にしたあらゆるものを地面に投げ捨てること。食事を与えるのも一苦労だ。ペーチャは「以前は食べ物を投げ捨てるだけじゃなくて、口に入れたものをわたしに向かって吹き出したりもしたもんだから、もう裸でご飯をあげようかと思ったくらいよ」と言っていた。

ようやくトンダが眠った頃に、フィリプが、自分の楽器を詰めたリュックを背負ってワークショップから帰ってきた。彼が作った子供用の可愛らしい木琴や、レインスティック、カスタネットを見せてもらう。音が素晴らしいのはもちろん、触り心地も良いし、自然素材なので子どもが口に入れても安全だ。とても才能がある。優しくて落ち着いていて、家事やトンダの世話も進んで引き受ける、まさにペーチャにぴったりの理想的なパートナーだと思った。

その日はトンダが寝ている間に、大人たちで軽い夕食をとって10時頃に就寝した。

朝は7時前に起床。みんなでトンダの世話をしながら朝食をとる。フィリプは10時前に、昨日に引き続きワークショップに出かけた。わたしたちはフィリップを見送った後にトンダを着替えさせて(こんなに何度もおむつ替えを手伝ったのは初めてだ)、団地から歩いて30分ほどのところにある森へ散歩に向かった。木にはまだ緑は見えないが、あちこちでクロッカスやスノードロップが咲き始めている。森を一通り歩いた後に、森のそばにあるレストランで休憩をした。レストランには広い庭があって、様々な種類の遊具が備えられている。わたしはコーヒーを、ペーチャはアイスクリームを頼んで庭のベンチに腰を下ろした。

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暖かくなってきたからか、子ども連れのお客さんも多い。トンダは周りの子どもに興味津々だ。乳母車から降りて芝生の上をハイハイしながら年長の子どもたちの遊びに混じりに行く。特に、バーベキュー用の焚き火に興味を示して、遠くから火が燃えるのを見つめては、何語でもない言葉でわたしたちにあれこれ話しかけていた。

ブルノへ向かう列車の時間が迫ってきた。トンダを再び乳母車に乗せて、家に戻る。ちょうどフィリップがワークショップを終えて、わたしたちより少し遅れて家に到着した。ペーチャとわたしとトンダで記念写真を取る。フィリップにはトンダと一緒に家に残ってもらうことにして、ペーチャとわたしは鉄道の駅に向けて出発する。

駅で列車を待ちながら、ペーチャといろんな話をした。彼女はわたしがしようとしている翻訳や出版の事業を心から応援してくれた。「あなたには才能があるし、今回みたいに自らチャンスを掴みに行ける人だから、絶対にうまく行く」と彼女は言う。力強い言葉だ。彼女は言う。
「わたしは金銭的に豊かではないかもしれないけれど、あちこちに友達がいて助けてくれるし、自分の気持ちや日々の生活を大事に生きることができていて、本当に満足している」
こうした彼女のひととなりは、まさに彼女の作品にも現れていると思う。柔らかなラインと、ぬくもりのある色合い、生き生きとした動物の描写。彼女の絵は、見る者の心を優しく溶かしてくれるような独特の魅力がある。

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ブルノ行きの列車がやって来た。わたしたちはもう一度ハグをする。
「またそう遠くない将来に会おうね! チェコか…...それとも日本でね!」

日本から遠く離れたところにこれほど心が通じる友達がいるわたしは、本当に恵まれた幸せ者だ。いつか彼女と一緒に仕事がしたい。日本とチェコを股にかけて、インディペンデントかつオリジナルな仕事を。

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