第9話_能登半島恋路海岸m

小説『すずシネマパラダイス』第九話

【はじめに】

能登半島の先っぽの町「珠洲(すず)」を舞台にした町おこしコメディー小説『すずシネマパラダイス』第一話~八話を読んでくださった皆さま、ありがとうございます。
引き続き、Twitterの方でも嬉しい感想をいただいています!

『すずパラ』は「火曜、金曜の週二回更新」とさせていただいており、本日は、第九話を投稿します。

☆第一話~八話をお読みになる方はこちら

☆前話までのあらすじだけをお知りになりたい方はこちらをどうぞ。
第八話までのあらすじ:

映画監督を目指して上京するも、挫折して故郷の珠洲(すず)に帰ってきた浜野一雄に、珠洲に暮らす老人・藪下栄一から「町おこしのためのご当地映画の監督を務めてくれ」と依頼が舞い込む。
一雄は、栄一が病気で余命いくばくもないらしいと知り、かつて珠洲の映画館『モナミ館』で映写技師として働いていた栄一の青春時代をモデルにした脚本を書いて、珠洲の人々と撮影準備を始めた。
栄一はその映画に大スター「吉原小織」に出演してもらいたいと願っており、一雄は卒業した専門学校の講師・香川に「自分の脚本と出演依頼の手紙を吉原小織に渡してほしい」と頼み込む。
香川は一雄との約束を守らず、脚本と手紙を捨て、「その後どうなったか?」と電話で尋ねてきた一雄に、「小織さんは脚本を読み、話にならないと思って返事もしてこないのだろう」と言い放った。

☆以下、第九話です。

【第九話】

 翌日の晩、久しぶりに珠洲(すず)パラ制作チームのミーティングが開かれた。場所はいつも通り民宿やぶしたの食堂だ。一雄は、撮りためた祭りの映像を見せると約束していた。
 食堂のテレビで映像を流すと、みんなは持ち寄った酒や料理を楽しみながら見て、盛り上がっていた。

 以前の一雄は、こういう場にいることは苦痛でしかなかった。町の大人たちとなんて話が合うはずがないと思っていたし、映画監督になるという夢の入り口にも立てずに帰ってきた自分を、誰もが見下すだろうと決めつけていた。
 だが今では、珠洲パラ制作チームと過ごす時間を心から楽しんでいる。映画のこととなると、誰も一雄を若造あつかいしたりしない。何の実績もない一雄をみんなが「監督」と呼び、一雄が頼むことを一生懸命こなそうとしてくれる。
 「珠洲の映画をつくる」という目標に一緒に向かっていると、どんなに年が離れていても仲間だと思えた。こんな関係は、専門学校の同級生たちとも作ることができなかった。

 それなのに……いや、だからこそ一雄は、香川から言われたことをみんなに話せずにいた。
 じいちゃんにだけ、相談しようかな……。
 そう思って視線を向けると、栄一は祭りの映像を見つつ、郵便物の整理をしていた。
「うん? なんや、こりゃ」
 栄一はいぶかしそうに灰色の封筒を開け、中の手紙に目を通すと、一雄に手渡してきた。
「わしら宛てに。市役所からや」
「えっ?」
 受け取ると、まず『通達書』という文字が目に飛び込んできた。宛て名は『珠洲シネマパラダイス制作チーム御中』。読み進めるうちに、一雄は血の気が引いていくのを感じた。

 一雄の異変に気づいてみんなが騒ぎ出した。
「監督、どうしたがや?」
 遠藤に言われて、一雄は文書を読み上げた。
「……過去、数か月に渡り、珠洲シネマパラダイス制作チームの皆様が、市内各地で撮影をされているとの報告を受けております。ですが、市に対する公道での撮影許可申請は一切行われておりません。皆様の撮影が、市民生活の妨げとなることが予想されるため……今後の撮影は、中止するよう通達致します」
 一斉に、驚きと怒りの声が上がった。
「何を訳のわからんこと言うとるがや!」
「わしらは、珠洲のためを思うてやっとるっちゅうがに!」
 大騒ぎの中、一雄は文書の最後にある署名を見て息を呑んだ。
 そこには「珠洲市役所総務課長 浜野耕平」と記されていた。

 その後はみんなで対策を話し合い、明日にでも一雄が市役所に行って撮影許可の申請をし、通達書に対して抗議をしようということに決まった。
 珠洲パラの撮影は、一雄たちが勝手に始めたことではない。栄一が商工会から依頼を受けたのが話の発端だ。それを考えると、市役所への抗議は、商工会を通しておこなった方がいいだろうということで、話がまとまった。

 今日はひとまず解散ということになり、一雄は帰宅した。
 すると、父が母の給仕で夕食を取っていた。その平然とした態度を見て、一雄は一気に頭に血がのぼった。
「なんねんて、あの嫌がらせ! ふざけんなや!」
 いきり立つ一雄を見ても、父は顔色一つ変えなかった。
「なにが嫌がらせや。市民の迷惑になること止めさせるがは、役所として当然の仕事やろ」
 一雄は父に詰め寄り、テーブルを叩いて怒鳴った。
「誰にも迷惑なんかかけんわいや! 何も知らんくせに、勝手に決めつけんなま!」
 晴香はなぜ二人が揉めているのかがわからず、オロオロしている。
「えっ、なに? カズちゃん、どうしたん?」
 一雄は、母を無視して父に掴みかかった。
「俺のこと気に入らんからって、みんなまで巻き込むなや!」
 襟首を掴んで無理やり立ち上がらせると、一雄は長身の父から見おろされる格好になった。
 鬼の形相で、父は一雄をにらみつけている。
「勘違いもいい加減にせえ! なんもできんガキがいい気んなって、立派なことしとるような顔すんな!」
 父は一雄の肩の辺りを突き飛ばした。よろけた一雄は、体勢を立て直すと、怒りに任せて父の顔を拳で殴りつけた。すぐに殴り返そうとする父を、母が必死で止めた。
「もう止めて!」
 父の唇の端からは血が流れていた。母が慌ててティッシュで拭こうとしたが、父は拒んで自分の拳で拭き取った。
「カズちゃん! お父さんに謝りなさい!」
 興奮が収まらない一雄は、壁を一発殴ると、自室に駆け上がった。

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 一雄が去った後、耕平は晴香に通達書の件を話した。聞いているうちに晴香の大きな目には、見る見る涙が溜まっていった。
「なんで……なんで応援してあげんの? あの子、あんなにがんばっとるがに……」
 息子が必死でやっていることぐらい、耕平にもよくわかっている。だが……。
「もし……あいつが失敗したら、どうなると思う?」
「えっ?」
「もし、吉原小織が来てくれなんだら? 途中で金が足らんようになって、最後まで撮り切れんかったら? そうなったときに、あいつがどうなるか、考えてみたことあるがか?」
「どうなるって……」
「あんだけ盛り上がっとる分だけ、失敗したときは批判の的や。東京で挫折して帰ってきたモンが珠洲にもおれんようになったら、一体どうするがや?」
「お父さん……それが心配で?」
 耕平は、自分は親として当然すべきことをしたと思っていた。
「でも……まだ失敗するって決まったわけじゃないし」
「そやからお前は甘いんや!」
 思わず大声が出たため、晴香がビクリとした。耕平は大きく息をつき、気持ちを落ち着けた。
「……そういう能天気な考えが、結局あいつを傷つけることになるんやぞ」
 晴香はそれ以上、言い返しては来なかった。ただ黙って泣き続けていた。
 いつもは明る過ぎるほど明るい妻が、ハラハラと涙を流している。見ているだけで耕平の胸の奥が痛んだ。
「……風呂、入ってくる」
 そう言って、耕平は妻の前から逃げ出した。

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 その頃、一雄は抑えようのない怒りを抱えてベッドに寝転んでいた。
 スマホの着信音が鳴ったので見てみると、助監督の清美からメールが来ていた。
『監督、明日私も一緒に役所行くわ。商工会から抗議してもらうにしても、私からも一言いってやらんと気が済まん!』
 待ち合わせして一緒に行こう、とメールは続いているが、化粧品店の店番はどうするのだろう?

 清美に返信しようとしていると、今度は電話の着信音が鳴った。発信者は、照明係の三橋だ。
「おう、監督。明日やけど、俺も一緒に役所行くさけな。商工会に頼むがもいいけど、やっぱり俺らからもガツンと言うてやった方がいいと思うがや」
「三橋さんもか……」
「”も”って、他にも誰か行くて言うとるがか?」
「うん。清美さん」
「おお、そりゃいいな! ああいう押し出しの強い人がおってくれたら、心強いわい」
 三橋は一雄と待ち合わせの約束をし、他のスタッフにも声をかけてみると電話を切った。
 その後、一雄のスマホは夜遅くまで鳴り止まなかった。珠洲パラ制作チームの面々から「明日、私も行く」「わしも行くぞ」という連絡が相次いだのだ。

 そんなわけで、翌日、市役所が開く朝八時半に入口前に着いたときには、三十人を超える大所帯になっていた。
 その中には栄一もいた。監督とプロデューサーが先頭に立ち、いざ乗りこもうとすると、役所の中から市長が出てきた。市長は秘書を連れ、黒塗りの専用車に乗ろうとしている。
「市長さん!」
 清美が呼びかけると市長は足を止め、こちらに向かってにこやかに会釈をした。
「監督、チャンスやよ!」
「えっ?」
「映画のこと認めてくださいって、直接お願いして!」
「ええっ!?」
 思いがけない展開に一雄が慌てているうちに、市長の方からこちらに近づいてきた。
「これはみなさんおそろいで。どうされたがです?」

 市長の沢山博は六十五歳。珠洲市出身で、父の代から続く土産物製造の会社を経営していたが、五十五歳で市長に就任し、現在三期目だ。温かい人柄で市民たちに親しみを持たれているが、面と向かって話すとなると、一雄は緊張した。
「あっ、あの、僕ら、珠洲シネマパラダイスの制作チームです!」
「ああ、あの映画の……」
「はいっ。あの、僕ら、通達書の件でお話がしたくて……」
 すると、傍らにいた秘書が市長にささやいた。
「市長、お時間が……」
「少しぐらい大丈夫やろ」
 市長がそう答えたので、一雄は一気にまくしたてた。
「市の許可も取らんと撮影したこと、すみませんでした! でも僕ら、人の迷惑になるようなことなんて絶対しません! 約束します!」

 市長の顔からは笑みが消えている。これはどういう意味なのだろう? 怒っているのか、それとも真剣に聞いてくれているということか?
「応援してくれて、カンパしてくれた人もいっぱいおって……とにかくみんな、僕らの映画楽しみにしてくれとるんです。だから、このまま映画づくり、続けさせてください! お願いします!」
 一雄は深く頭を下げたが、市長は黙ったままだった。

「……市長さん」
 沈黙を破ったのは、栄一だった。
「この子のおかげで、わしは今、本当に毎日が楽しいがです。この年んなって、こんな楽しい思いさせてもらえるとは、夢にも思わなんだ……。全部、この子ががんばってくれとるおかげです」
 そんな風に思ってくれていたのかと、一雄は胸が熱くなった。
「なんとか、このまま映画撮らせてもらえんでしょうか?」
 栄一が頭を下げると、制作チームの全員が後に続いた。
「……みなさん、顔を上げてください。お話はよくわかりました」
 一同は顔を上げ、市長の言葉をひと言も聞き漏らすまいと話に聞き入った。
「そういうことでしたら、私からみなさんに二つ、お願いがあります。まずは、道路の使用許可をきちんと取ってください」
「はいっ、すぐやります!」
 勢い込んで答える一雄に向かって、市長はこくりとうなずいた。
「それからもう一つ……。吉原小織さんの出演承諾を正式に取ってもらえますか?」
「えっ」
 意外な提案に、思わず声が漏れた。一雄だけでなく栄一も、制作チームの面々も驚いた顔をしている。
 それを見て、市長が戸惑い気味に尋ねてきた。
「あの……みなさんが吉原さんに出演交渉中やと聞いたんですが、違いましたか?」
「あっ、いえ、その通りです」
「ではぜひ、その交渉をまとめていただきたい。吉原さんが出演するとなったら、全国的にも話題になること間違いなしです。そうなれば、みなさんの映画が、珠洲の立派なPRになる。そういう作品なら、市としても喜んでご協力しますよ」
「……わかりました。何とかします」
 一雄の返事に、市長の顔がほころんだ。
「ああ、よかった。実は、私もサオリストなもんでねぇ。ぜひとも、よろしくお願いしますよ」

 市長の軽口にどっと笑いが起きたところで、一雄のスマホが鳴り出した。発信者名は『エミババ』と表示されている。
 専門学校時代、一雄は教務課の電話番号をこの名前で登録していた。教務からかかって来るのは、エミババこと白鳥からのお説教の電話に決まっていたからだ。
 一雄は「エミババを無視すると、後で恐ろしい目に合う」という教訓が体に染みついているため、大事な話の最中だというのに、思わず電話に出てしまった。
「はい、もしもし」
 制作チームの面々は「切れ」とジェスチャーで伝えてきている。だが、すぐに白鳥の声が聞こえてきた。
「浜野君? 東西学園の白鳥です」
「あっ、どうも……」
「吉原小織さんの件でお電話しました」
「えっ……ええっ!?」
 なぜエミババからなのだと一雄は混乱したが、白鳥の声はあくまで冷静だ。
「浜野君、落ち着いてよく聞いてください。詳しい経緯は省きますけど、あなたから小織さんへの出演依頼の件は、私が引き継ぎました」
「引き継いだ……香川先生からってことですか?」
「まあ……そういうことになりますね」
 なにか言いたげな口調だったが、一雄に質問をする隙は与えず、白鳥は話を続ける。
「実は私、若い頃に映画のヘアメイクの仕事をしていたんです。小織さんとはその頃に親しくなって、以来ずっとお付き合いが続いています」
「ええ~っ!?」
 驚いてばかりの一雄を、栄一たちが不思議そうに見ている。
「そういうわけで、あなたの脚本と手紙は、私から小織さんにお渡ししました」
「えっ、本当ですか!? ありがとうございます! で、あの、小織ちゃんはなんて? ……はい……ああ、はい……」
 待ちかねていた返事が来たらしいとわかり、珠洲パラ制作チームは、電話を続ける一雄を、固唾を呑んで見つめている。
「……そ、そうですか。……はい、わかりました。それじゃ、失礼します」
 一雄は電話を切った。そしてみんなに、小織ちゃんからの返事を伝えようと口を開いた。
「あ、あの、小織ちゃんが……」
 震える声で、一雄は続けた。
「小織ちゃん……珠洲パラに、出てくれるって!」
「ええぇ~~~っ!?」
 歓声とどよめきの中、栄一が必死の形相で念を押してきた。
「おい、そりゃ本当か? 間違いないがか?」
「うん! 小織ちゃん、じいちゃんのことちゃんと覚えとったって! ロケ中にサイン頼まれたの初めてやったからって!」
 とたんに、また歓声がわき起こった。だが栄一だけは、驚きのあまり言葉も出ないようで、口をパクパクとさせている。
「また珠洲に行くっていうじいちゃんとの約束、ちゃんと果たしますって! ギャラなんて要りませんって!」
 栄一は男泣きし、目頭を押さえながら一雄と握手を交わした。みんなが手を取り合い、抱き合って喜びを分かち合っている。市長と秘書まで、一緒になってはしゃいでいた。
 騒ぎは、役所の中にまで聞こえたようで、あちこちの窓が開き、職員たちが不思議そうにこちらを見ていた。

第十話に続く>

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※今回のトップ画像は、「能登半島恋路海岸」の景色です。

※この物語はフィクションです。「珠洲市」は実在する市ですが、作品内に登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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中川千英子(脚本家)
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