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ブックレビュー ロバート・マッキー著『ストーリー』(1)第1部 脚本家とストーリーの技術 ストーリーの問題

『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』という本を読んでいます。

著者のロバート・マッキーは三十年に渡って脚本家、小説家、劇作家、詩人、ドキュメンタリー作家、プロデューサー、演出家を育成してきた人物。
セミナー受講者数は10万人を超え、その中にはアカデミー賞受賞者が60人 (ノミネート200人)、エミー賞受賞者が 200人 (ノミネート1,000人)もいるそうです。

彼の伝説的なセミナーの内容を一冊に凝縮したのが、この『ストーリー』。
500ページを超えるボリュームで、非常に内容が濃いです。
帯には「物語創作のバイブル誕生」とあり、さまざまなジャンルのクリエイターにとって役立つ一冊だと思います。

19章に分かれているので、週一回ぐらいのペースで、1章ごとにレビューを投稿していきます。
今回はその第一回です。
(各回をまとめたマガジンはこちらです。)

第1部 脚本家とストーリーの技術
1 ストーリーの問題

【ストーリーに不可欠なもの】

まず著者は読者に、
「人はなぜこれほどまでにストーリを求めるのだろうか?」という問いを投げかけ、次のように述べています。

批評家のケネス・バーグは、ストーリーとは生きるための素養であると説明する。(P9より引用)

我々がストーリーを求めるのは、単に知的充足を欲しているからではなく、さまざまな生き方のパターンをきわめて個人的、感情的な体験として習得したいと強く感じているからだ。(P22より引用)

ストーリーは現実逃避ではなく、人が現実を探し求め、無秩序な人生に意味を見出すための手段である。(P23より引用)

ストーリーは人々にとって「さまざまな人生の疑似体験」であり、それを通して「人生の意味」「いかに生きるべきか」を探ろうとしている、というわけです。

そして著者は、メディアの発達によって、何億もの人々にストーリーを届けることが可能になったけれど、全体としてストーリーテリングの質は落ちてきていると嘆いています。
それは、書き手の「技巧」が欠如しているからだというのです。

未熟な脚本家が技巧だと思いこんでいるものは、それまでに出会った小説や映画や演劇から知らず知らず吸収したストーリーの諸要素にすぎない。
(中略)
訓練を受けていない書き手はそれを「直感」と呼ぶが、実は単なる癖でしかなく、むしろ大きな妨げになっている。(P26~27より引用)

ストーリー設計において、脚本家は成熟度、洞察力、さらには社会や自然や人間心理についての知識を試される。
ストーリーを作るには、生き生きとした想像力と力強い分析的思考が必要だ。
自己表現は重要ではない。というのも、意図していようといまいと、あらゆるストーリーには、誠実であれ、不誠実であれ、賢明であれ愚かであれ、書き手のありのままの姿が反映され、その人間性――あるいはその欠如――が露見するからだ。(P31より引用)

最後の「自己表現は重要ではない」という箇所に抵抗を覚える人もいると思うのですが、
「自己表現をしようという意識などなくても、作品内には、知らぬうちに書き手の人間性が露見する」
という著者の意見には、非常に説得力があると私は感じます。

さて、脚本家が習得すべき「技巧」とは具体的には何なのかといえば、まず「普遍的な型」だと著者は言います。

すべての芸術は、それぞれの基本的な型によって定義される。
交響曲からヒップホップに至るまで、騒音ではなく楽曲となるのは、その根底に音楽の型があるからだ。
具象画であれ抽象画であれ、キャンバスに描かれたものがいたずら書きではなく絵画となるのは、その根底に視覚芸術の基本原理があるからだ。
同じように、ホメロスからイングマール・ベイルマンに至るまで、作品がただの素描や断片の寄せ集めではなくストーリーとなるのは、根底にストーリーの普遍的な型があるからだ。(P32より引用)

とはいえ、型は「公式」ではない。ケーキとちがって、脚本にはかならずおいしく仕上がるレシピなどない。
ストーリーは謎と複雑さと柔軟性に満ちているから、単純化して公式になどできない。そんなことをするのは愚か者だけだ。
それより、脚本を書きたければ、ストーリーの型を体得しなくてはならない。これは避けて通れない道だ。(P32より引用)

「型を学ぶことが重要」と言われることにも、抵抗を覚える人がいるかもしれません。
例えば自分の作品を「型にはまっている」と言われたら、「面白くないということだ」と傷つくでしょうし、「型にはまる=独創性、個性が封じ込められる」というイメージがあり、「型」という言葉からは、クリエイティブとは対極の印象を受ける人も多いと思います。

この点に関して著者は、このように述べています。

技巧の実践という客観的な作業へ意識を向けておけば、自発性がおのずと浮かびあがる。
技巧を習得することで、潜在意識が解き放たれるわけだ。(P34から引用)

型を学ぶことで、かえってクリエイティビティは解放される、というわけです。


【上質のストーリーとは】

さらに著者は、脚本の失敗作の典型例として、「自分語り」型と、「売れ筋狙い型」の二種類があると述べています。

「自分語り」型のストーリーは構成が甘く、本当らしさと真実をはきちがえて、ただ人生の断片を切り取っただけになっている。
この書き手は、日々の出来事を細かく観察しさえすれば、世界の現状を正確に伝えられ、より多くの真実を語れると信じている。
(中略)
この書き手は目に見える事実にしか目を向けていないので、人生の心理には近づけない。(P36より引用)

一方「売れ筋狙い」型は大仰かつ複雑で登場人物がやたらと多く、視覚や聴覚に訴えるばかりで、人生とはまったくかかわりがない。
この書き手は身体的刺激とエンターテイメントを混同している。どんなストーリーでも、高速アクションと目のくらむような視覚表現をたっぷり盛り込めば、観客は夢中になると思いこんでいる。(P36より引用)

なかなか辛口ですが、真をついていると思います。

では、書き手が目指すべき「ストーリー」とはどのようなものなのか?

すべての脚本家は、ストーリーと人生の関係を理解しなくてはならない。
ストーリーは人生の隠喩である。(P38 より引用)

ストーリーは人生を凝縮して、その本質を示す必要があるが、生活感をまったく失った抽象芸術となってもいけない。
ストーリーは人生に似たものであるべきだが、人生をそのままなぞるだけでは、なんの深みも意味もなく、だれにとってもありきたりのことでしかない。(P38 より引用)

上述の通り、人々がストーリーに対して「いろんな生き方を疑似体験したい」と期待している以上、「ストーリーは人生を凝縮し、その本質を示すもの」でなくてはならないというわけですね。

そして、そのようなストーリーを生み出すために、書き手はふたつの能力に秀でている必要があると著者は言います。

ひとつは文才――日常のことばをより高度で豊かな表現へと変え、世界を色鮮やかに描き出し、人間の声をとらえる才能だ。(P40より引用)

もうひとつはストーリーの才能――人生そのものをより強く、より明確で、より意味深い経験へと作り変える才能だ。(P40より引用)

「才能」という言葉を用いてはいますが、著者は、直感のみを頼りに難なくストーリーを作り出し続けることはできない、とも述べています。

直感型の天才なら、一度くらいは良質な作品を書けるかもしれない。
だが、訓練を受けていない直感だけの書き手は、完成された作品を次々と生み出すことはできない。(P40より引用)

技巧を身につけることで、才能が最大限に高められるというわけです。

平凡な題材がみごとに語られるのと、深遠な題材が稚拙に語られるのと、どちらを選ぶかと問われれば、聞き手は常に前者を選ぶだろう。
ストーリーテリングの達人は些細な題材から人生をすくいとるが、下手な語り手は深遠な題材を陳腐なものにする。
仏陀のような洞察力があっても、ストーリーを語れなければ、その考えは干からびる。(P41から引用)

ストーリーを語る技術はこれほど重要であり、その技は訓練によって磨かれる。
そして、ストーリーテリングの才能はあなたにもあるはずだ、と著者は言い、この章の以下のように締めくくっています。

ストーリーの才能は稀有のものだが、あなたにもその片鱗はあるはずだ。
そうでなければ、書きたいなどと思うはずがない。
ならば、そこからありったけの創造力を絞り出して書くことだ。
ストーリーテリングの技巧につていの知識を総動員しなければ、ストーリーを作ることはできない。技巧をともなわない才能は、エンジンのない燃料と同じだからだ。
いくら激しく燃えても、そこからは何も生まれない。(P42から引用)

「ストーリー」とひとことで言っても、構造、舞台設定、登場人物等、さまざまな要素が含まれます。
これらを具体的にどう学ぶかは、次の章以降に続く……ということになります。


さて、ここまでだけでも辛口の表現が多く、「これさえ読めば、誰でもできる!」系のマニュアル本ではないことがお分かりいただけたかと思います。
ですが同時に、「この厳しさについていけば、きっと大きな学びが得られる!」ということも強く感じています。

「第2部ストーリーの諸要素 2 構成の概略」に続く

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※このブックレビュー全体の目次は以下の通りです。
第1部 脚本家とストーリーの技術
(1)ストーリーの問題

第2部 ストーリーの諸要素
(2)構成の概略
(3)構成と設定
(4)構成とジャンル
(5)構成と登場人物
(6)構成と意味

第3部 ストーリー設計の原則
(7)前半 ストーリーの本質
(7)後半 ストーリーの本質
(8)契機事件
(9)幕の設計
(10)シーンの設計
(11)シーンの分析
(12)編成
(13)重大局面、クライマックス、解決

第4部 脚本の執筆
(14)敵対する力の原則
(15)明瞭化
(16)前半 問題と解決策
(16)後半 問題と解決策
(17)登場人物
(18)ことばの選択
(19)脚本家の創作術

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中川千英子(脚本家)
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