プロローグ|あつかんオン・ザ・ロード |DJ Yudetaro
日本酒にハマって約10年、そして日本酒を温めることにハマってから約3年の月日が経った。いまやすっかり燗酒派となっている。今年の3月には熱燗DJであるつけたろう氏が主催した熱燗のフェスで、「あつかんファン(※1)」という熱燗専門のZINEを発行するまでになった。
この3年の間は、ご存知新種のウイルスの流行により、行動制限があったり移動の自粛が要請される時期と重なってしまっていた。そのため私ももっぱら家で燗をつけており、ときどき飲みに行くといっても自宅がある神奈川、せいぜい東京都内を中心にした範囲に限られていたのである。
だから、今年の春すぎからようやく心置きなく外出を楽しめるようになったとき、まず真っ先に思ったのは「全国に日本酒を、熱燗を飲みにいきたい」ということだった。そしてその体験を文章に残したいと思った。
新進気鋭の若手燗酒師が営む店で、無国籍料理と希少な地酒の燗の組み合わせによる、斬新なペアリングがもたらす奇跡の瞬間が味わえるかもしれない。
一方で、昭和から変わらない古びた居酒屋で、年配の女将から差し出される熱くて持てないほどの徳利に入った安い普通酒の燗が、それを上回る感動を呼び覚ます可能性もあるだろう。
私はこの連載を単なるグルメレポートにはしたくない。日本酒の銘柄やその味わい、何℃で温めるか、つまみとの相性といった情報も大事かもしれないが、それよりも、熱燗が供され飲まれる「場」の方に興味がある。
熱燗には、ただ日本酒を加温するという行為にとどまらない何かがあると思っており、私はそれをあつかんファンの巻末文において「心理的コラージュ」と書いた。熱燗はつけ手の心理的コラージュを経て提供され、飲み手は徳利と盃のリレーを通して、心理的コラージュを受け取って口に含んでいるのだ(※2)。盃が酌み交わされることにより、店と客が何かを共有し、場がつくりだされていくと思っている。そして場は絶えず建築中で、永遠に未完成のままであり続ける。
私はこの連載で、コラージュによって場がつくられていく時間、その空気感を切り取って、できる限り言葉にしてみたい。それは果たして言葉になるのだろうか? 人に伝わるのだろうか? なんでもない記録的な文章の行間から、多少は読者が補完してくれることを願っている。しかし、面白い取り組みに胸が高鳴っているのは確かだ。
そしてもう一つ、大都市はなるべく避けて、小さな街を廻ること。熱燗を供する店は東京に集中しているが、あえて外す。私は音楽でも小説でも辺境に興味がある。街も、若者が多く賑わっている都市より、お年寄りや古い住民が多い寂れたところが好きである。過疎化が進んでいる程度が心地よい。できるだけ、中心から離れた周縁を辿っていきたいと思っている。
それぞれの土地、それぞれの季節ごと、それぞれの店の中で、どんな熱燗の場が生まれるのだろう。
あつかんオンザロード2023、幕開けは、静岡から。
愉しい酒の旅が始まる。
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