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5月10日

今日は一年に一度、母の日。

母の日にはいつも大仰なプレゼントを用意するよりもお手紙のほうが喜ばれた。親心ってそういうものなのですね。

今年は電話するつもりだったけど、LINEをしただけだった。またの機会に別のプレゼントをおくるつもりだけれど。親不孝だなあ。

私は母の愛にとても恵まれて育った。子供として、自分がこんなに親に愛されたことを実感できるということは、私が思っている以上に相当愛されたのだと思う。

母は私が小学校3年生になるまでは、家にずっといてくれた。それから、新しく仕事を始めて今も元気で働いている。

遅くに生まれた子供で、一人っ子な私は、抱きしめられないでさみしい思いはしたことがない。

そこそこ賢くて学校には馴染めたけれど、とても変な子供だったろうし、反抗期にはすごい言葉遣いだったし、物をふすまに投げて穴をあけた。大きな病気をしてお金もたくさん使わせてしまった。

母は、仕事をしながら、家族の食事をつくり、家の掃除をし、私のお弁当をつくり、学校まで送り迎えをしてくれた。朝ご飯を食べない私に毎朝おにぎりを握ってくれ、車のなかで食べさせてくれた。

裕福な家庭ではなかったけれど、自分が子供のころにおもちゃを買ってもらえず悲しかったからと言って、私が欲しいおもちゃは、たくさん買ってもらった。

今になって考えると、すごく甘えた環境にいた自分がとても恥ずかしい。

それに気が付くことができたのは、自分で部屋を借りて、お金に困る経験をして、くたびれ果てて食事が作れない経験をしたからだ。それまでひどい子だったと思う。母のことをたくさん傷つけたと思う。

そんな私は、遠く離れた場所にいることを言い訳に、いまだに素直に親孝行することができずにいる。

甘えていた過去に戻るはずがないけれど、親に甘えていたころの自分が好きではないので、しっかりしたい…と変に気を張っているのかもしれない。

こんなことをしている間にも、親が死を迎えるときというのは刻一刻と近づいているのだろう。


私が甘えさせてもらったように、母が私に甘える日が来るだろうか。私が目をそらしているだけで、もう来ているのかもしれない。

実家から遠く離れて、夢を追いかけて上京してきてしまった。

夢をかなえた。母は喜んでいてくれているみたい。

私が元気で楽しくすごしていることが、なによりも母さんにとっての幸せ、と言ってくれる母にできることは、私にはいつもあまりに少ない。

ちゃんとご飯を食べているよ、と写真つきでLINEをして。

少しでも安心してもらいたい。

わたしは、元気に、ほどよく、まじめに、がんばっています。愛されていた思い出が、自分の価値を認め、周りの人を愛する力に変わっています。

エチカ


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エチカ
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