【短編シナリオ】泥船
落ちこぼれの男の子が、ソーラーボート大会に出場し失敗しながらも成長していく工業系の青春物語です。
シナリオセンター本科課題「よろこび」
タイトル:泥船
【人物】
南 雷太(19)高専5年生
東条 麦太郎(19)高専5年生
武藤 豊(47)高専教員
学生たち
ソーラーボート大会の参加者
ソーラーボート大会の解説
〇S高専・教室
40人の学生がいてざわついている。
学生たちは黒板の前に集まり、黒板に
何か記入している。
学生たちの輪に入らず、机に突っ伏し
て寝ている南雷太(19)。
真剣な表情で黒板に記入している小太
りの東条麦太郎(19)。
× × ×
教室には誰もいない。
黒板に書かれている文字・指導教員 の希望。
教授の名前の下に学生の名前が書いてある。
武藤研究室、東条・南。
〇S高専・実験棟・実験室
武藤豊(47)が黒板に何かを書きながら話している。
座って話を聞いている雷太と麦太郎。
武藤「今年の武藤研究室の活動として、8月の柳川ソーラーボート大会に出場することを目標とする」
目をキラキラさせて聞いている麦太郎。
武藤「海洋開発機構の設計図をベースに、船体をFRPで新しく作る。」
口を開けて頬杖を突き、唖然としている雷太。
雷太「うそだろ…」
〇S高専・実験棟・外
晴れている。
木枠にFRPを貼り、ソーラーボート
の船体を作っている雷太と麦太郎。
雷太「…なあ、GWに出てきて卒研やってんたの俺らだけだぜ」
麦太郎「いまやんないと、8月に間に合わないよ」
雷太「ソーラーボートは楽だって聞いてたんだけどなあ…。去年の船体ちょこっと変えるだけだからって…」
麦太郎「でもこんなことできるのいまだけだよ。普通の人には一生経験できない。」
雷太「へんなやつ」
麦太郎「僕、南くんのことは苦手だけど、武藤研に来てくれて助かったよ」
雷太「なんだよ、気持ち悪いな」
麦太郎「ソーラーボートに乗る人は軽くないといけないからさ」
ぽっこりとした麦太郎のおなか。
雷太「…確かにな」
苦笑いする雷太。
楽しそうにFRPを貼る麦太郎。
〇T・8月 柳川ソーラーボート大会当日
〇柳川ソーラーボート大会会場
点検や打ち合わせで忙しそうな参加者たちとスタイリッシュなソーラーボート。
船の準備で忙しそうな麦太郎と武藤。
突っ立っている雷太。
麦太郎と雷太が作った不格好な船。
〇同・スタート地点
船に乗っている雷太。
他の参加者たちの船。
ピットで見守る麦太郎と武藤。
解説「さあ、まもなく始まります。学生の部、周回レース。S高専は船体も手作りしたそうです。ユニークな形ですね。」
雷太「(小声で)いじんなよ…」
麦太郎「南くん、頑張って!」
軽く手を上げる雷太。
スタートの合図が鳴る。
一斉に走り出す船。
× × ×
他の船に遅れてスタート地点に戻ってきた雷太の船。
バッテリーを交換する麦太郎。
麦太郎「いいよ」
動き出す雷太の船。
〇同・コースの水路
走っている雷太の船。
だんだんと遅くなり、ついには停まってしまう。
雷太「まじかよ…」
解説「S高専の船は…止まってしまった
ようですね」
雷太「…なんだよこのポンコツ。泥船じゃねえか」
水の上に取り残される雷太。
ぷかぷか浮いている動かない船。
〇団地・全景
〇団地・南家・リビング
だらしなく寝そべっている雷太。
時計は12時を指している。
雷太「ああ…ひまだ」
× × ×
時計は5時を指している。
だらしなく寝そべっている雷太。
むくりと起き上がり、考え込んでいる雷太。
〇S高専横道路
自転車に乗ってやってくる雷太。
校舎を見ると物理棟の明かりが灯っている。
〇S高専・物理棟・実験室
PCで作業をしている麦太郎。
やってくる雷太。
雷太「なにやってんの?」
驚いた表情で振り向く麦太郎。
麦太郎「南くん…どうして」
雷太「なんか、通りかかったら電気ついてた」
麦太郎「船体をさ、もう一回設計したくて、流体シミレーションしてたんだ…」
雷太「もう大会も終わったし、夏休みなんだからさ、もっとこう…」
麦太郎「悔しくないの?」
雷太「え?」
麦太郎「南くんは悔しくないの?先生に押し付けられた設計図で、言われるままに作って、船止まっちゃって、負けたままで、いいの?」
雷太「それは…」
麦太郎「なんで、夏休みに研究室に、来たの?」
見透かしたように笑う麦太郎。
× × ×
3D―CADで流体シミレーションをする雷太と麦太郎。
〇S高専・実験棟・外
飲み物が入ったコンビニの袋を持ってやってくる武藤。
船にFPRを貼っている雷太。
汗だくでTシャツの裾をまくっている。
雷太「あづい…」
雷太に近づく武藤。
武藤「進んでるか?」
雷太「見ての通りですよ」
武藤「しかしお前らも頑張るな。流体シミュレーションからやり直して、設計図作って、もう1回船体から作るんだからなあ」
武藤から飲み物をもらって飲む雷太。
雷太「あざます」
武藤「麦は?」
雷太「あいつは工作室で部品作ってますよ。それより先生、新しいモーター発注してくれました?」
武藤「おお、結構いい値段したよー」
雷太「あいつがいまのやつじゃトルクが足りないってうるさいんですよ…」
武藤「去年の卒業生より、いいタイム出さないとな。」
雷太「去年のタイムは、250Mを往復して500M28秒。絶対抜いてやりますよ」
いきいきとした表情の雷太。
〇T・2月
〇川
雪が降っている。
船を運搬している雷太と麦太郎と武藤。
雷太はライフジャケットを着ている。
雷太「さむう…」
武藤「お前らが卒研発表ギリギリまで作るからだろう」
雷太「だってまだ去年のタイム切れてないですもん」
武藤「もう来週発表会なんだから、タイムトライアルはこれが最後だからな」
× × ×
船に乗っている雷太。
真剣な雷太の表情。
ストップウォッチを持っている麦太郎。
麦太郎「準備はいい?」
雷太「うなずく麦太郎」
走り出す船。
船はブイをUターンし戻ってくる。
ストップウォッチのタイムは15秒。
タイムを見て落胆する麦太郎。
麦太郎「まただめかな…」
ブイを折り返した船は加速し近づいてくる。麦太郎の前を通り過ぎる船。
ストップウォッチを押す麦太郎。タイムは25秒。
船を止め、戻ってくる雷太。
麦太郎「25秒だよ!記録更新!」
はしゃぐ麦太郎。
雷太「25秒…」
驚きから安堵の表情に変わる雷太。
雷太「よかった…」
笑顔の麦太郎。
ほんの少し目に涙をうかべる雷太。
おしまい