いつでも、流れている「現実」の世界:12
(続き:手術入院体験から気がつけたこと12個の、2個目です。)
②「こだわり」は、快適な日々の環境づくりに
大切なエッセンスになるけど、
そのこだわりの、全く「反対側:これは嫌!」も
”まさかの出来事”を機に
体験してみれば、「人生の幅」が広がっていく。
「こだわり」とか
当たり前に感じている「常識」というものは、
ミドルエイジにもなると、
”ここまでの経験によって”
それなりに持っているんだろうと、思う。
もちろん、
これも「人により」内容は違う。
この度の
長期入院体験を経て、
「やっぱり、そうだよね。」と思えたので
ここにシェアしておきたい。
日々の生活が、
ガラッと変わってしまった
その「体験」があれば
(ミドルエイジに限らず)
『常識』が人それぞれで、
ただ自分が「正しいと信じているルール」に過ぎないと、わかる。
そして小さく不自由な
「枠」の中にしか生きていなかったんだと、
気がついていなかった
新鮮な、外の世界の広がりを知る。
常識やルールは
場所や相手が変われば、真逆にもなると
理解している人も
令和になって、増えただろうと思うけど。
「実家の家族」と
10年ぶりに
”日常として” 関わるようになって
固まりきっている考え方に、驚いた。
平穏な田舎という環境、だからなのか?
TVの報道を信じて
それを疑わないから、なのか?
もちろん選択は自由だと思うけど
同居しながらも
「距離を置く」をしないと、
実家の家族とはいえ、疲れてしまうし
無駄に批判思考も展開したくない。
「染まらないようにしたい」とも、日々思う。
良くも悪くも、
同居していれば、お互いに影響されていく。
こちらの振動数が
明らかに高ければ、気にしないけど
体調によりグラつく場合だってある。
療養期間を終えるまでは
用心しておきたいものだ。
なるべく日々を元気に過ごすこと。
ご機嫌な状態を、整える習慣を保つこと。
「相手」を変えようとはしない。
自分自身を整えることに徹する。
それが現在の対策だと、思っている。
さて、参考までに。
50代の私が持っていた「こだわり」たち。
1・一人暮らしで生きていく
(快適空間で”安心して”過ごしたい)
本能的に20代から
「母親」に対して不快感を持っている。
(いつもじゃない。
この波動の、この側面だなと
母を観察し続けて、だんだんわかってくる。)
50代になって
これを「どうにかしよう」とは、しない。
学ぶべきことがあってのこと、
なんだろうと思う。
実際に手術入院をして、療養生活。
自分ではどうにもできずに
実家へ戻った「現実」の日々。
入院中に「諦めた」けど
実際に、抵抗のあった実家へ戻ってみたら
同じ家屋に、
誰か人がいる安心感。
たとえ高齢の両親でも
彼らと生活感が、世代的に異なっていても。
衣食住、なんとかなっている
この安心感には、感謝しかない。
「この部屋やベランダが、
使われていなかったって、もったいないな〜。』
おひさまがしっかり当たる部屋と、
洗濯物を干す時間の至福感。
働かずに、のんびりできて
時間を有意義に使えている。
ずっと抱えてきた
「経済的な不安」も、今は感じていない。
アパート暮らしは気楽ではあったけど
「自分でなんとかしなきゃ」思考を基に
何かしらの考え事も多かった。
「完璧主義」の思考が外れたことで
実は「どっちでもよかったんだ」と、気がつけた。
安心感と、
不満の対象や内容が
それぞれに、少し変わっただけのこと。
もちろん「今だから」
このタイミングだったから、
私自身が
受け入れることもできた、とも思う。
2・薬や医者には頼らない
不調から手術入院になったことが、
日々の体調管理不足
(食生活や働き方なども含め)だということは、
左脳さん的には、納得できるけど。
↑
これって、半分は
自分責めになってるとも、感じる。
そもそも、自然治癒力を
体験的に知っている。
あらゆる健康情報に
影響されすぎている、こともあるけど
衣食住に「こだわり」を持ち続けるには
40代からの稼ぎが、
少なすぎた現状もあった。
同じお金を使うなら、
温泉旅行に使いたい。
美味しいものを楽しみたい。
このシンプルな感性は
案外、本質だったと思う。
年齢や職業や立場に関係なく、
元気な人たちは
人生を「楽しい」と感じて生きている。
日常的に『嬉しいという表現』をしている。
医者に行ってみても
痛いか、苦しい思いしかしたことがない。
薬を飲んで「美味しい」なんて
もちろん、感じることもない。
実は「生活習慣」だけのことでもなくて
実家へ戻って気がつくのは
物事の考え方、思考の習慣。
それらは言葉になって、表現されている。
家系的な遺伝で
この病気になったとか
日々の食生活で
こうなってしまった、とかではなく。
この ”思考”や発している”音” の方が、
日々の体調への影響はあって
積み重なってきたものとして
大きかったんじゃないかと、
現段階では、感じているところ。
発しているエネルギーが
内側にこもってしまうままなのか?
外側に、発散されて
流れていっているのか?
そのエネルギーの、周波数。
ちなみに、
苦痛の最中には
「なんで、こんな目に遭うんだろう?」
そういう思いもあったものだけど。
先日、とても参考になる
本田健さんの動画を拝見した。
2025年の
変化が訪れる前、予兆として。
『身近な人、家族が病気になって入院する。』
『それによって、大きな出費が伴う。』
これは「厄祓い」になっている、と。
ああ、確かに。
そうだよね、と思えた時に。
幼馴染みの結婚式で
友人代表の署名を依頼されたとき
「厄祓いをした?」と新婦に訊かれて
実家には、そんな習慣無いし、と答えたけど。
当時は一時期
営業の仕事を体験していて
「高額の契約をする」を
自分でもダイヤの指輪で、やってみていた。
『ああ、だったら
それが厄払いになってるね。大丈夫!』
そんなことを知っている彼女も
婚約するまでは、営業を仕事にしていた。
そんなものか、と思ったけど
今なら「確かにね。」と
エネルギーの観点からも、納得している。
『医者も、薬も絶対に嫌!』
このこだわりの、
薬に対しては、まだ持ち続けているけど。
おかげさまで
なんともできなかった「腸閉塞」を
1週間かけての検査で
原因特定し、開腹手術で対応。
長期入院になったけど
3ヶ月後の現在は
日々の食事を、美味しく味わっている。
お腹に今も
回復過程の患部はあるけど
何も体験しないままに
一方的に「病院は嫌」というよりは
さすが、
現代医療の技術だと納得したし
医療チームの日々の働きあってこそ
現場の皆さんにも、感謝している。
大変な思いがあったからこそ、
この先の医療の事例として
「回復しました!手術大成功です。」と
記録を残しておきたいものだと、思えた。
『私、一個人の災難』目線を、
『日本の医療の事例』まで広げられたのは
強制的にも、
こだわりを手放せたからだ。
失敗だろうが、成功だろうが
何もできないままにでも
この命は、記録に残ることで
小さく社会貢献できるんだろう。
3・敏感肌に使う日用品
30代前半から
街中へと働きに出るようになって
「流通されている商品の違い」を、知った。
今なら
ネットでお買い物、も可能だけど
「香り」「手触り」「使用感」については、
それなりに失敗を重ねることになる。
お高いものを買えば
きっと、間違い無いだろう。
そう思って、
あれこれを試しては
最終的に
「私の手の届く範囲」が、定まる。
落ち着いたのは
40代くらいだっただろうか?
その後は
定番化したものを使っていたけど
時代もその間に変化していて。
輸入されたものじゃなく
日本製で、納得できるものも増えた。
(増えたのではなく、見つかるようになった
とも、言えそう。)
衣食住の、
さまざまなアイテムを決める時に
金額だけじゃなくて
その創られた「背景」を、確かめる。
田舎の住環境で
ドラックストアで見かけるものは
ある程度妥協して、しか
買うことができない。
そんな「こだわり」を
手放せるようになったのは。
入院中に唯一
お買い物できる売店が
小さくて「選択肢がない」ものだった。
そこにあった乳液が
お手頃すぎて「大丈夫かな?」と思っていたけど。
後に店員さんに
背景を聞いてみたところ
無香料ではあったけど
「医療品を扱う会社の、売店」で
不必要なものを入れていない
(もちろん広告なんかも、しない)
普段使いの乳液に、500円で、
間に合うものが、実はあった。
田舎にも流通していて、
「低価格で安心なもの」だと
ちふれさんくらいしか、
私は、知らないけど。
ドラックストアで、乳液を見たら
お値段は、もう少しお高め設定だった。
どうやら商品の見直しがあるらしく、
先日の通院時、500円のものが
さらに、半額にもなっていた。
(もちろん、購入。パックも一緒に♫)
「背景を知る」って、大切。
こだわりを続けていたら、
出会えなかったし
入院体験がなければ、
病院の売店へ行かなければ
出会えなかった、日用品。
働けていない現在、
大助かりしているところだ。
さて、最後に。
4・小麦粉、甘いものは
なんだかんだ日常に必須だという「こだわり」
健康な暮らしの情報を基に
40代半ばから
「50代までにヴィーガンになろう」と
日々の食を見直してきた。
結果、ほぼヴィーガンにもなって
何も困ることはなかったけど。
「むくみや腹水の原因は
タンパク質が不足していますね。」
「貧血ですね。」
そんな医師の話を聞けば
実家の家族も含めて
肉食を進めてくる。
ヴィーガンじゃ、栄養不足になると。
アレルギーでは無いから
食べられないことはないし
実際には、
回復期に食べたくなることもある。
あと10キロは、太りたいから、だ。
そして「小麦粉」の存在。
長くパンとコーヒーを楽しんできたし
甘いお菓子も、大好きだ。
これは、どうする?
肉食も、小麦粉も、砂糖も
『体に良くない』ものと言われる。
健康的な食生活を
頭で考えたら、キリがないけど
入院中の術後食が
とても美味しかったことが幸いして
「ご飯とお味噌汁」の朝食は
この3ヶ月で定番になった。
空腹になった朝に、お味噌汁1杯で
『ああ、美味しい❤️』と体感できること。
この、感覚だよね、と腑に落ちた。
早朝勤務時のパンとコーヒーも
「美味しいもの」を選んでいたけど
身体に感じる至福感を
味わうような”時間的ゆとり”は、なかった。
何もしない、することがない入院期間中に
「身体が幸せを感じている」
その食事時に、気をつけていた。
筋肉がなくなって、
顔の表情も動かなくなっていたから
笑う、という筋肉も動かせなかったけど。
『美味しい❤️』の体感で、顔が緩んだ。
残るは、小麦粉と、甘いもの。
じりじり減らせば、いけそうだけど。
なんだかんだ、
食べ物のことを「考えて決める」よりは
『美味しい幸せ』を喜んで生きていれば
健康にもなるんじゃないかと、思えた。
肉食でも、ジャンクフードでも
小麦粉でも、お砂糖でも。
食べすぎるから、問題になるだけで
「悪者扱い」しているのは
『私』を悪者にしたくないから、だと思う。
選択の自由は、ある。
まずは小麦粉を
米粉に変換するところから、やってみる。
続くかどうかは、
どれだけ私が「美味しい❤️」と
身体で感じることができるか、どうか。
自己責任でしかなくて、
自分以外の
他者の食生活について
批判も、しなくていい。
「食べちゃいけないものを、食べた」罪悪感も
積み重なれば、
体調に影響すると思う。
これから食の環境は
日本でも整っていくだろうけど
その食のエネルギーを
感知できるだけの、体調は整えておきたい。
(続く)