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日本語を研究する (7): ハヒフヘホな音素講座 (2)
見出し画像はこの記事の分析対象に託けたものです。ピッタリなものが配布されていました。4yournote913さんに感謝。
前回記事
前回は、音色の異なる音声を、我々が頭の中で音素という範疇に選り分けていることを確認しました。今回は、音色の異なる音声同士をある音素の異音同士と考えることの妥当性を確認していきます[*]。
[*] 前回記事が長かったので、ふたつに割りました。その後半1/2がこの記事に当たります。
異音と見なす根拠
清音/濁音の別
前述のとおり、我々はハ行音を発する際、フ音の前半においてのみ唇をすぼめます。
調音運動に生じるこの違いは、日本語ローマ字表記法のひとつであるヘボン式に反映されています。ハ行音のうち、ハヒヘホはhを使って、ha, hi, he, hoと書きますが、フ音だけは特別にfuと書きますよね?この表記は、ヘボン式表記法を考案したJames Curtis Hepburn氏[*]が、氏の母語である米国英語の耳で聞き取った違いを反映させたものなのです。
[*] Hepburnという名字は一般的にはヘップバーンと転写されますが (e.g., キャサリン ヘップバーン、オードリー ヘップバーン)、原音 [ˈhɛpˌbɜrn] (≒ヘッバン) には (音調も含めて) ヘボンの方が近いですね。この類似性を根拠にして、J. C. Hepburn氏はヘボンと自称したようです。
フ音前半の調音運動がハヒヘホ前半のそれと異なることは分かりました。しかし、ハヒフヘホが仲間同士であることを示す証拠はまだ提示できていません。本節ではこのことを示すために、共通語における清音/濁音の別を見ていきます。
連濁
清音はカサタハ行音の前半に、濁音はガザダバ行音の前半に当たります[*]。いずれも、唇、舌、口蓋などで気流を大きく妨害する阻害音です。
[*] 後半の母音 /a, i, u, e, o/ は清音でも濁音でもないのですが、以下では便宜的に、カサタハ行音を清音、ガザダバ行音を濁音と呼びます。
清音と濁音とは互いに関係していて、次掲表1のように、清音であるハ行音 (表1α: 太橙字) は、単語を構成する後部要素の頭においてしばしば、濁音であるバ行音 (表1β: 太橙字) に変わります[*]。このような清濁交替を専門的には連濁と言います。表2のとおり、連濁は他の清音にも同様に起こります。
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[*] 「せとおーはし '瀬戸大橋'」「いりふね '入船'」のように、単語後部要素の頭にある清音が連濁しないこともあります。
(表1β) と (表2β) とは、単語後部要素を対照させた最小対 (minimal pair; 前回記事も参照) になるよう、単語前部要素を同じものに揃えています。これは、単語前部要素を固定した条件下で、ハ行音もカ行音も等しく連濁する (あるいは、(表1β, 表2β) における単語前部要素の違いが連濁の可否に影響しているわけではない) ということを示すための処置です。
ハ行、カ行などの「行」は五十音図における一群 (縦書きであれば、縦の並び) を指しています。この一群は、五十音を縦横に整列させるためだけのものではありません。同じ行に所属する音声同士は音声的特徴を共有しているのです。表1–2に関して言えば、清音には例外なく、単語後部要素の頭で連濁するという性質が認められます。
ハ行音は他の清音とは異なり、半濁音であるパ行音に交替することもあります。次掲表3のとおり、その条件は先ほどに同じく、単語後部要素の頭に立つ時です。
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ハ行音の前半に当たる音素
前述のとおり、我々はハ行音を発する際、フ音の前半においてのみ唇をすぼめます。このように、フ音の前半はハヒヘホの前半と調音運動を違えているのですが、前掲表1, 3のとおり、連濁(に似た交替)を起こすという性質は共有しています。このことを以って、ハ行音の前半は全て子音音素 /h/[*]と解釈します。
[*] 音素記号はなんでも (たとえば、数字や図形でも) 構いません。本連載の音素記号は日本語ローマ字表記法に準じるものとなっています。
ハ行音の後半は母音 /a, i, u, e, o/ のいずれかです。したがって、ハ行音を音素に分析すれば、/ha, hi, hu, he, ho/ となります。この書き方は、日本語ローマ字表記法のひとつである訓令式と一緒ですね。訓令式は音素表記に同じく、共通語が重視する音声の区別[*]を反映させた表記法なのです。
[*] 前述のとおり、唇のすぼめを伴うフ音の前半はハヒヘホの前半とは異なるのですが、共通語はこの違いに鈍感で、いずれも同一の子音音素と見なしています。
つゞく
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