『さんかく』ー三角関係未満ってああ、なるほど
今、物語が無性に読みたい。
多分、物語を読んで救われたいんだと思う。
どこかで「生きてていいよ」と言われたいんだと思う。
そんな心持ちで棚を眺めていたら、平積みにされたこの1冊と出会った。
『「おいしいね」を分け合える そんな人に出会ってしまった。』
帯の一言が心にすっと入ってきた。
モスグリーン地の表紙には優しい料理のイラスト。
一番上には苺パフェのイラスト。「あ、資生堂パーラー」と瞬間的に思った。
私の「おいしいねを分かち合える人」と一緒に食べた味が蘇る。
何か今の私に必要な気がする。そう感じて手に取った。
物語は18の料理の名を冠した章で構成されている。
それぞれの章を3人の男女が代わりがわりに綴っていき、一冊の中でゆっくりと1年に満たない時間が流れていくのが心地よい。
恋なんていらないというデザイナーの「私」ー高村
恋人との距離に疑問を感じているかつての高村の後輩の「ぼく」ー伊東
自分の研究に直向きな伊東の恋人の「あたし」ー華
高村と伊東は食の趣味が合う。
居心地の良い関係から同居生活を始めるも、伊東は華には言えなくてー
食べることの趣味が合う、というのは人付き合いにおいて重要な項目だと思う。
人間が生きていくには「食べる」という行為が必要不可欠だ。しかし、そのことに対する価値観は様々で、合うか合わないかで、大袈裟に言えば一緒に生きていけるかどうかが左右されると思う。
例えば、高村と伊東が「食べる」ことを「いつ・どこで・誰と・何を・どうやって」食べるかを大切にしているのに対し、華は「何を」食べるかが一番で、しかもその「何を」は大体一緒だ。
私は高村伊東派なので、目の前の一皿を同じテンションで共有できる人とはそれだけで距離感がぐっと近くなる。しかし、そんな人とはなかなか出会えない。
一緒に食べることを楽しめる、そんな恋人とか友達とかそういう言葉で定義されない関係性の居心地の良さというのがとても理解ができる。
物語のみそは、たまたま高村が独身女性で、伊東が彼女持ちの独身男性である、ということ。お互いにそう思っていなくても、世間の目ー彼女の目にはそう映らない。世間的に「普通じゃない」ことが疚しく感じる。だから伊東は言い出せない。じゃあ、同居なんてしなければ良いじゃないか、と思われるかもしれないが、同じ状況だったら私も多分一緒に過ごす空間を選んでしまう気がする。今の恋人ともっと同じ食感覚になれたら…と心のどこかで思っているからかもしれない。それと共に、この物語の魅力は、水彩画のように色が滲んで滲んで別の色に変わっていくような心情描写のグラデーションにあり、読み進めていくうちにしの少しずつの変化に飲み込まれていくのだ。
伊東の恋人、華の話をしたい。
恋人が以前より近くに越してきたのに、何も言われず、知らない女の「先輩」と暮らしていることを知り心がかき乱される。
彼女は大学院で動物の研究を続けている。教授が次から次へと受け入れる様々な生物の解剖に忙殺され、家にいるより研究室にいる時間の方が長い。食事は簡単に短時間でカロリーが取れるものが良い。珍しい生き物が研究室に運ばれれば、伊東との旅行中でも、クリスマスディナーでも踵を返して研究室へ行く。
私生活では作業着にすっぴん、彼氏よりも自分の研究を優先させる彼女。
他の読者が彼女をどう捉えたのかが聞きたい。
何故なら、私はかなり自分に重ねてしまったからだ。
自分の好きな研究と、自分の好きな恋人。どうしたって研究に傾いてしまう。だからと言って、伊東への愛情がないわけでは無い。それが上手く表現できず、もどかしく悩むのだ。
恋したからってそれまで大事にしてきたものを捨てられるわけがない。
あたしにはできない。
そう、そうなんだよ。無理しなくちゃいけないならいらないと思うのに上手くいかず、研究も伊東も手放せない自分の我儘を、きっと彼女は心の底で分かっている。それでも、今の自分を変えることができないことを認めて選び、伝える姿に心惹かれた。
恋愛のカタチに絶対の解答は無くて、どんなカタチであれ、二人の納得する形に収まることがこたえでいいんだって、言ってもらってる気がした。
3人はみんなそれぞれにズルイ。そして、誰かに必要とされたいという我儘を胸の底で抱えている。だから私はすごく好きなんだと思う。
それぞれのズルさが重なって、でも最後は解けて新しい一歩を感じる。
この先の物語を考える余白があって、読後感が良い。
最後に。この本はお腹が空く。料理や食材の一つ一つがイメージできて、それがこれまた美味しそうなのだ。過度な描写はない。淡々と書かれた中に想像で私が勝手に作り上げていく一品一品。どんな器だろうか、どんな匂いだろうか、食感、風味、温度ー五感が刺激される。惹かれた表紙の苺パフェー店名こそ出なかったが、私の中では「資生堂パーラー」の店内が浮かぶ。ああ、食べたいなぁ。西淑さんのイラストもまたとても美味しそうなもので、挿絵にカラフルな色はないはずなのに鮮やかに感じる魅力的なイラストだ。読後間も無く別の場所で、西さんの挿絵の本を手に取る機会があったのだが、そちらは全てカラーで、やっぱり素敵な色をしていた。