LOWを、LOWだからといって粗末に扱ってはいけません
近年では小・中・高の授業でプログラミングを教えていますが、それとは別に、プロのエンジニア(志望者)にとって、どのプログラミング言語を学ぶのかは、役立ち度、得られる収入という点でシビアな話なのでしょう。
プログラミング言語は200種類以上あるそうですが、TechManiaというサイトを閲覧したところ、TIOBE Software社が発表している言語の人気ランキングが載っていました。
定期的に出されているランキングの今年6月版によると、上位陣は1位:Python、2位:C++、3位:C、といった具合になっています。
このランキングの中で異彩を放っているのが、20位に入ったCOBOLです。
(英語の発音としては[kóubɔːlコウボール]です)
前年ランキングでは22位だったので、「赤丸急上昇」というほどではありませんが、「人気が上がっている」ことになります。
しかし4年前には基本情報技術者試験から外されたのですから、「時代遅れ」の言語と認識されているわけです。
COBOLのスキルが現在でも必要とされている事情を『「脱COBOL」だけが正解じゃない? 先入観を捨てると見えてくる“新たな選択肢”とは』という記事は以下のように説明しています。
「COBOL言語が登場してから、すでに60年以上になるが、現在でも基幹システムなどでCOBOLアプリケーションがビジネスを支え続けている企業は多い。
というのも、COBOLは数値演算の正確性や処理性能の面から、緻密な計算処理に重宝されており、金融系や証券系、製造系のシステムのメインフレームだけでなく、業種・業態を問わずにオフコンなどにも使い続けられているケースがあるからだ」
そんなCOBOLですが、開発を担った人々の中で有名なのがGrace Murray Hopperグレイス・マリ・ホッパー(西暦1906年/明治39年生まれ;1992年/平成4年死去)です。
コンピューター科学者として大学で助教授として勤務していた時、第二次世界大戦に際して志願し、予備役として海軍に入り、国防総省からの提案に基づき、COBOLを開発しました。
60歳の時に中佐の階級で予備役から退役したのですが、翌年、正規の海軍部隊へと呼び戻され…
「海軍作戦部長付部門責任者(プログラミング言語部門担当)に就任し、1973年には大佐となる。1983年には代将(Commodore)に昇進」
(ウィキペディア)
このCommodoreという階級が西暦1985年/昭和60年にRear Admiral (Lower Half)と改称されました。
呼称(の訳し方)問題
さて、この名称がちょっとした混乱をもたらします。
「Rear Admiral (Lower Half)」は直訳すると「少将(下の方の半分)」となります。
「少将」の階級を半分に分けて、下級の方の位を表すという話です。
アメリカ軍では将官の階級章に「★」が使われ、その数の違いで「大将」とか「中将」とかの区別を表します。
「上半分の少将」と「下半分の少将」では階級章が違い、前者は「★★」、後者は「★」ですが、他の軍種(陸軍、空軍、海兵隊)では「★★」の将軍と「★」の将軍では名称を、括弧で註釈を入れるとかではなく、ちゃんと別のものにしています。
和訳するときに「★」の方は「准将(じゅんしょう)」としますが、海軍の場合、元々の英文に「Rear Admiral」としか書いていない場合もあり、「少将」とされることもよくあります。
令和3年に行われた多国間訓練に関する防衛省の文章をご覧ください。
「10月2~3日、護衛艦「いせ」、「きりしま」及び「やまぎり」は、沖縄南西海域において、英海軍「クィーン・エリザベス」空母打撃群、米海軍「カール・ヴィンソン」空母打撃群及び「ロナルド・レーガン」空母打撃群とともに、日米英蘭加新共同訓練を実施し、我々の戦術技量及び米英蘭加新海軍との相互運用性の向上を図りました。(中略)
カール・ヴィンソン空母打撃群司令官(ダン・マーティン少将)は、(中略)
ロナルド・レーガン空母打撃群司令官(ウィル・ペニントン少将)は、(中略)
また、クィーン・エリザベス空母打撃群司令官(スティーブ・ムーアハウス准将)は、(以下略)」
イギリス海軍は「★★」と「★」とで名称が違うので「ムーアハウス准将」で問題ないのですが、アメリカの方が「マーティン少将」「ペニントン少将」となっていると「★」の方ではないのかと、一応疑ってみる必要があります。
同じ訓練を伝えるアメリカ海軍のウェブ記事では「Rear Adm. Dan Martin」「Rear Adm. Will Pennington」と記述されているので「★★」で良いのだと思いきや、ウィキペディアで調べてみると両司令官が「★★」になったのはそれぞれ令和5年、令和4年らしいので、訓練実施当時は「★」つまり「Rear Admiral (Lower Half)」つまりだったはずです
ですから、同じ人物の同じ時期の階級が異なる和訳になるという「ちょっとした混乱」が生じるわけです。
それはともかく、ホッパーが「将」の地位を与えられ、更に駆逐艦の艦名(USS Hopper)に名を遺してもいるという事実から、COBOLの開発者として高い評価を得ているということが判ります。
さて、今回の投稿ではlowを出発点にしましょう。
low
lowが使われる色々な場面をイメージできるような文(章)を引用していきます。
空間的に「低い」
平成29年に打ち上げられた「超低高度 衛星技術 試験機」、愛称は「つばめ」です。
「超低高度軌道を利用する人工衛星は、地上に近い分、より地球を高い解像度で観測することができます。たとえば、これまでの地球観測衛星の観測センサと同じ解像度を半分以下サイズのセンサで実現できる可能性があります。 これにより、観測センサの価格を大幅に安くするなどして衛星のコスト低減を図り、将来の地球観測の利用をさらに拡大していくことが期待されています」
(JAXAのサイトより)
こうした大きな利点を得ることができるものの、高度が低ければ大気がその分濃いので、空気抵抗で徐々に落っこちて行ってしまいます。
その辺りを上手くやるにはどうしたらいいのかを探る実証実験をこの試験機で行ったのだそうです。
「SLATS received the nickname Tsubame (Japanese for barn swallow) on 14 July 2017. According to JAXA, this name was chosen as the thin, elongated satellite in super low orbit with a set of solar array wings was reminiscent of a small swallow flying low.
(超低高度衛星技術試験機は西暦2017年/平成29年7月14日、《つばめ》(barn swallowに当たる日本語)という愛称を与えられた。宇宙航空研究開発機構によるとこの名前が選ばれたのは、一対の太陽電池パネルを持ち、薄くて長く伸びた形のこの超低軌道衛星が、低く飛ぶ小さな燕を連想させるからだ)」
(ウィキペディア)
この引用部分に2回出てくるlowは、1つ目は名詞orbitを修飾する形容詞として、2つ目は動詞flyingを修飾する副詞として使われています。
音域が「低い」
アメリカの歌手、歌唱指導者であるKen Tamplinケン・タンプリンという人物のサイトから引用します。
「Female vocalists should select songs that complement their natural low register and allow them to demonstrate its full potential.
(女声楽家達は、自分の生まれながらの低音域の良さを引き立たせるような、低音域のすべての潜在力を自分が示すことのできるような歌を選ぶべきである)」
(余談ですが、この人は有名な歌手Sammy Hagarサミー・ヘイガーの「いとこ」だそうです)
数量が「少ない」「足りない」
「healthline」というサイトからの引用です。
「Considering how sweet and delicious they are, strawberries are surprisingly low in sugar. A cup of raw strawberries has about 7g of sugar and more than 100% of the recommended daily vitamin C intake.
(とても甘くておいしい割には、苺は驚くほど砂糖の含有量が少ない。未加工の苺1カップには約7グラムの砂糖と、推奨される1日の摂取量を超えるヴィタミンCが含まれている)」
以下はとある記事の見出しです。
『DHS warns it’s running low on funds and borrowing personnel to manage border』
https://www.govexec.com/management/2023/12/dhs-warns-its-running-low-funds-and-borrowing-personnel-manage-border/392962/
「国土安全保障省は、同省は財源が不足してきていて国境を管理するのに人員をよそから借りている、と注意喚起する」
本文からも引用しますので、どういう状況が「low on funds財源が不足している」をもたらしているのか、そのイメージを掴んでください。
「The Biden administration is warning that its resources are being stretched thin as a record number of migrants are arriving at the U.S.-Mexico border(以下略).
(バイデン政権が警告している所によると、記録的な数の移民がアメリカ・メキシコ間の国境にやって来ているために行政府の予算・人員は余力がなくなりつつある)」
地位や評価が「劣った」
新聞記事からの引用です。
「High school students across rural Northern California often have a low opinion of the university, said sophomore Brynna Garcia, one of the mixer event’s moderators, partly because — as Perez acknowledged — Chico recruiters rarely travel to those towns to speak with prospective students.
(キャラフォーニャ州北部の中の田舎地域の高校生達は多くの場合この大学(California State University, Chicoキャラフォーニャ州立大学チコウ校)のことを低く評価している、そう語る2年生のブリナ・ガーシアはその懇親会の司会者の1人である。低い評価の理由は部分的には、(同校の学長ペレズも認めている通り)チコウ校の勧誘担当者がそうした田舎の町に来て見込みの有る生徒達と話すということが滅多にない、というものである)」
https://www.latimes.com/california/story/2023-11-20/often-overwhelmed-on-big-campuses-rural-college-students-push-for-support#:~:text=have a low opinion of
こうした意味でのlowを、「下へ」のdownと合わせて使うとこうなります。
「He's low down in the pecking order.
彼の序列はずっと下のほうだ」
(研究社新英和中辞典)
2つをくっつけて1語とし、形容詞として使うと「卑しい」「下劣な」を意味します。
「a low-down dirty liar
(下劣な、卑怯な嘘つき)」
(Merriam-Webster)
今から110年位前には名詞として「秘密情報」「実情」「内幕」を表す用法ができました。
「Ryan gave me the lowdown on the meeting.
(ライアンはその会合の内幕を教えてくれた)」
(ロングマン現代英英辞典)
lowとdownの個別の意味から推測するのはちょっと難しいでしょう。
個人的な話ですが、初めて『Lowdown』という曲の題名を聞いたとき、やはり「低+下」のイメージしか思い浮かびませんでした。
アメリカの歌手Boz Scaggsボズ・スキャッグズの初ヒット作と言えるこの曲(西暦1976年/昭和51年発表)では次のように歌われています。
「Hey, boy, you better bring the chick around to the sad, sad truth, the dirty lowdown.
(おい、お前、その娘を説得して、悲しい悲しいその真実に、その汚れた実情に向き合わせないとマズいぞ)」
『Boz Scaggs - Lowdown (Official Audio)』
https://www.youtube.com/watch?v=I-hKBmTAADo
気分が「沈んだ」
「It's normal for us to feel low, sad and upset when we are faced with difficult times and challenging circumstances.
(私達が困難な時期や力量を問われるような状況に直面した時、元気がないとか、悲しく感じるとか、怒りの感情を憶えるとかいうのは正常なことです)」
(The Go-Toというサイトより)
名詞用法
「低水準」「安値」「低値」などを意味する用法を、そして次のような修飾語を伴って使う例をよく目にする気がします。
「The pound has hit a new low against the dollar.
(ポンドは対ドルで安値を更新した)」
(Online OXFORD Collocation Dictionary)
「With his approval ratings at an all-time low, maybe it's time for him to resign.
(彼に対する支持率が史上最低である状況なので、恐らく彼が辞任するべき時だろう)」
(The Sun)
「The 41st British Social Attitudes (BSA) report, published today by the National Centre for Social Research (NatCen), reveals that the public is as critical now of how Britain is governed as they have ever been.(中略)
79% say the system of governing Britain could be improved ‘quite a lot’ or ‘a great deal’, matching the record low recorded during the parliamentary stalemate over Brexit in 2019.
(第41回イギリス社会的意見報告書が今日、社会調査全国センターから公表されたが、それによって明らかになったのは、大衆は現在、イギリスがよく統治されているかどうかに関して今までにないほど批判的だ、ということである。
回答者の79%が、イギリスを統治する制度は「かなり」あるいは「大いに」改善されうるはずだと言い、西暦2019年にEU離脱に関して議会が行き詰っていた際に記録された史上最低値に並んだ)」
(イギリスの社会調査全国センターのサイトより)
lower
冒頭で取り上げたRear Admiral (Lower Half)もそうですが、比較級lowerを限定用法で使う時に、「対になっているもので、低い方の」を意味することがあります。
例えばthe lower lipなら、lipsという対になっているものの内、下の方のlip、つまり「下唇」です。
「lower case」と言うときのlowerも同じことですが、この言葉は誤解が生じやすいのではないでしょうか。
「下の方の箱」?
その箱には印刷工が扱う金属活字が入っていると想像してください。
そしてupperのcaseには大文字用の活字が、lowerのcaseには小文字用の活字が入れられている、という歴史的経緯から、lower caseあるいは1語にしてlowercaseというつづりで、「小文字」を意味するようになりました。
次の文ではlowercaseは形容詞として、uppercaseは動詞として登場しています。
「Note that while titles such as duke are similarly lowercase when used on their own, we uppercase phrases such as the Duke of Wellington when duke is part of a phrase with a location.
(留意いただきたいのは、本紙では「公爵」のような爵位は単独で使われるときは同様に小文字書きである一方、「公爵」が所有地を伴う句の一部であるときには「ウェリントン公爵」のような句を大文字書きにする、ということです)」
(Wall Street Journal)
英語の文章でドイツの地名が登場するとき、ドイツ語のままでなく、英語に訳して書かれていることがあります。
日本語で言えば、かつてのWestdeutschlandヴェストドイチュラントを、westは一般的な言葉なのでそれに相当する日本語本来の言葉「西」とし、Deutschlandの部分は固有名詞なので日本人の発音に馴染みやすい「ドイツ」とし、合わせて「西ドイツ」になっていたのに似ています。
ドイツの地名Niedersachsenニーダーザクスンは、「英語本来の言葉+外国の固有名詞の英語風」の方式で「Lower Saxony」と英訳されます。
(我が国では「ニーダーザクセン」と、そのままにするのが一般的なようです)
同じ言語系統であるドイツ語と英語ですが、ここで登場するniederはlowに当たる言葉であり、lowerではありません。
(niederの比較級はniederer)
一方niederと語源的つながりのある英単語nether[néðərネザー]はlowではなく、lowerの意味になります。
(文学的・戯言的な使われ方をするそうで、一般的な言葉ではありません)
「the nether lip
下唇
nether garments
ズボン
the nether world [regions]
冥土(めいど), 地獄」
(研究社新英和中辞典)
動詞用法
「You are taller than Mike.」
であれば、現状のyouと現状のMike、つまり同時点での2者の背丈を比較しています。一方…
「You've grown taller since last year.」
となると、1人の人(you)の過去の背丈と現在の背丈とを比較して、時間経過による変化を述べているわけです。
形容詞・副詞の比較級にはそのような変化を表す機能もあるので、lowerが変化を述べる動詞として用いられるのも理解できます。
「lower a window shade
ブラインドを降ろす
lower a big box from a shelf
棚から大きな箱を降ろす」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)
「lower infant mortality
幼児の死亡率を下げる
He lowered his voice to a whisper.
彼は声を下げてささやき声にした
A poor diet has lowered his vitality.
粗食のため活力が衰えた」
(研究社新英和中辞典)
belowの-lowは、lowのlow
「in a lower position」といった意味を持つ副詞・前置詞belowは、正に「lowに対して、byやaboutの意味を持つ接頭辞be-が付いたもの」です。
空間的に「より下」
副詞用法
「The streets below were deserted.
眼下の通りは閑散としていた」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)
前置詞用法
「The sun sank below the horizon.
太陽は地平線下に没した」
(研究社新英和中辞典)
数量的に「より下」
副詞用法
「boys of 18 years and below
18歳以下の少年」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)
前置詞用法
「children below the age of ten
10歳未満の子ども」(同)
地位が「より下」
副詞用法
「the rank of lieutenant and below
警部補以下の階級」(同)
冒頭の話に戻せば、次のように言うことも可能ではあります。
前置詞用法
「A rear admiral (lower half) is below a rear admiral.
海軍准将は海軍少将より下位である」
ただし実際には、lowerと既に表示してしまっているので、重ねてbelowと言うこんな文を今更作る必要も無いのでしょうが。
お読みいただき、ありがとうございました。ではまた。