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意外と歯ごたえのある、OPENという言葉

お笑いコンビ「シソンヌ」の名前を初めて聞いたとき、どういう意味なのかが分からず、「外国語?それとも造語?」と思ったものです。

「シソンヌは、吉本興業東京本社(東京吉本)に所属する日本のお笑いコンビ。2006年4月結成、キングオブコント2014王者。」
ウィキペディア

しかし、ある分野に携わっている人たちならこう考えたはずです。「コントの最中に踊るのか?」と。

「コンビ名の由来はバレエの技名のシソンヌ。フランス語のコンビ名が他にないという理由で、バレエ用語辞典をめくった中から決めた。」(同)

この技のことを調べると、こう説明されています。

「シソンヌ(仏:sissonne)は、バレエにおける技法の1つ。跳ぶパに分類される。5番ポジションからドゥミ・プリエをして両足で踏み切って跳び、片足で着地する動きを指す。(中略)
シソンヌは着地せずに空中に残す片方の足の位置や着地の仕方など、あるいは流派によってもさまざまな名称がある。ごく基本的なものは、「シソンヌ・サンプル」(sissonne simple)、「シソンヌ・フェルメ」(sissonne fermée)「シソンヌ・ウーヴェルト」(sissonne ouverte)に分類される。」(

「跳ぶパに…」とありますが、「パ」とはpasとつづる、「動き、ステップ、あるいは特定の舞踊」(小学館ロベール仏和大辞典)を意味する名詞です。

「pas de sissonneシソンヌのパ」を略して「sissonne」単体でそのパの名称として使われるようです。

実際どういうものかは次の動画でご覧ください。

『【シソンヌ】徹底解説!フェルメとウーベルトの違いもこれで完璧に!』
https://www.youtube.com/watch?v=pXY9kMdLCRY

「開いた」

動画の1:34辺りから講師の方が説明している通り、「sissonne ouverte」のouverteウヴェールトは「開いた」という形容詞です。

この場合sissonneという名詞を女性名詞と考え、基本形のouvertの語尾に「女性形」を表示する-eを追加している形です。

ただし、色々と検索してみるとsissonneを男性名詞として扱っている文も見られ、辞書にも「男性名詞/女性名詞」と両方が併記されています。

ですからもしも男性名詞扱いで書かれた文なら「sissonne ouvert」と、eの無い形になり、tも発音されずにウヴェールとなります。

ご先祖様

ところで、前回投稿で以下のように書きました。

「これらスパイが行っている「秘密作戦」は英語で「covert operations」と表現できますが、形容詞covert[kóuvərtコウヴァートあるいは kʌ́vərtカヴァート]は、coverの語源としてさきほどご紹介した古いフランス語covrir(現代フランス語ならcouvrirクヴリール)の過去分詞covertが英語に入ってきたものであり、「密かな」「隠れた」の意味です。」

このcovertを英和辞典で引くと対義語としてovert[ouvə́ːrtオウヴァート]という単語が載っていて、「明白な」「公然の」という意味です。

仏語ouvertと英語overtが語源を同じくする言葉であるのは一目瞭然であり、「昔の仏語overt」がそれぞれ「現代仏語ouvert」と「英語overt」に枝分かれしました。

一方、英語covertは英語overtの先頭にcを足して作られた…ということではありません。

英語overtのご先祖様はラテン語のaperireという動詞ですが、英語covertのご先祖様であるラテン語動詞cooperireのつづりに影響を受けてoperireと変化したのでした。それが、子孫2人の見た目が似ている理由です。

使い道

仏語ouvertの方は「開いた」の一般的な言葉であり、英語openの形容詞用法とおおよそ同じように使います。(あくまでも「おおよそ」です)

しかし英語overtは先ほど述べたように、「明白な」「公然の」という狭い範囲に使い道が限定されます。

「There has been a succession of overt and covert efforts to achieve the destruction of the present regime.
これまで時には公然と, 時にはひそかに現政権打倒の工作が行なわれた
(研究社新和英中辞典)

openの形容詞用法

それでは、守備範囲の広いopenの方の形容詞用法をいくつか、仏語ouvertとの比較なども入れつつ確認していきましょう。

「開いた本」

まずはごくごく普通の、「開(ひら)いた」の例文をご覧ください。

「She had trouble pushing the heavy door open.
(彼女は、その重い扉を押して開いた状態にするのに手こずった)」
(Online OXFORD Collocation Dictionary)

pushing以下がVOCのような構造になっているとお考え下さい。(V:push、O:the heavy door、C:open)

「open book」は文字通りには「開いた本」ですが、比喩表現として「容易に知られる[理解される]もの[状態];明白な[周知の]もの;隠しだてしない人」(小学館プログレッシブ英和中辞典)というのがあります。

西暦1973年/昭和48年公開の映画『Live and Let Die』(邦題:007/死ぬのは奴らだ)の主題歌はイギリスのバンドWings(Paul McCartneyのバンド)による同じ題名の楽曲でした。

歌い出しの歌詞はこうです。

「When you were young, and your heart was an open book.」

「君が若くて心がopen bookだった頃」ということですが、心は本ではないので比喩表現の方であり、他人に「容易に知られるもの」として登場しているのでしょう。

『Paul McCartney & Wings - Live And Let Die (Lyrics)』
https://www.youtube.com/watch?v=eP_O_lKTl7w

この比喩表現は、フランス語ではouvertを使うのかというと、そういうわけではなさそうです。

「オックスフォード英仏辞典」では「She is (like) an open book to me.」「His past is an open book.」の訳としてそれぞれ以下のような文が提示されています。

「Elle ne peut rien me cacher.
(彼女は私に何も隠すことができない)」

「Il n'a rien à cacher sur son passé.
(彼は自分の過去について隠すものを何も持っていない)」

こういった感じの、そのままズバリ説明する言い方に変換されています。

「open book」の直訳である「livre ouvert」は、文字通りの意味で使う場合はそれでOKですが、「à livre ouvert」という慣用表現で使われると「すらすらと」になります。「本を開くとすぐに」というところから来ているそうです。

「livre le latin à livre ouvert
ラテン語をすらすらと読む」
(小学館ロベール仏和大辞典)

「開店」

「Ce magasin est ouvert du lundi au vendredi.
この店は月曜日から金曜日まで開いている」

これは単純にV:est(英語のisに相当)、C:ouvertです。

英語圏で店頭に掲げる「営業中」の表示は、一番簡単なのは「Open」という単語のみのタイプであり、もう少し語数が多いと「Yes We're Open」や「Welcome We Are Open」などとなっています。

フランス語ではどういう看板なのかと検索してみると、「Nous Sommes Ouvert」がヒットします。そのまま「We Are Open」という意味です。

「門戸開放」

より抽象的に、施設、イベント、サービスなどが「開かれて」いることを言うこともあります。

プロもアマも区別なく、どちらにも開かれている大会が「▲▲オープン」と呼ばれるものであり、ゴルフの「United States Open Championship」やテニスの「US Open Tennis Championships」、すなわち「全米オープン」といった例が有名です。

ゴルフの全米オープンは予選を通過した156名が参加するので、次のように説明することができます。

「Le tournoi est ouvert à 156 joueurs.
その選手権は156名の選手に対して開かれている」

ご覧のように、「◆◆に対して」をフランス語では前置詞àの句が表しますが、英語ではtoの句となります。

「The gallery is open to the public.
その画廊は一般公開中だ」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)

開かれた心

心が開かれているということは「隠し立てをしない」とか「寛大な」に通じます。

「He was open with us about his plan.
彼は自分の計画について我々に隠しだてしなかった」
(研究社新英和中辞典)

イギリスのバンドKing Crimsonキング・クリムズンが西暦1984年/昭和59年に発表した曲『Man with an Open Heart』では、歌詞中に登場する「she」が奔放にふるまったとしても…

「It wouldn't matter to a man with an open heart.
(そうだとしても、寛大な心を持つ男には大したことではないだろう)」

『King Crimson - Man With An Open Heart』(概要欄に歌詞あり)
https://www.youtube.com/watch?v=ojDaQMbKiJs

開かれた可能性

「The door is left open.」である場合には、部屋の中に新たに人が入ってくる可能性があります。

より抽象的な次の文では、別の選択肢に乗り換える可能性を語っています。

「We need to keep our options open in order to change courses at a moment's notice.
いざという時に進む道を変えるため、選択の余地を残しておく必要がある」

要するに、「未決定」ということです。

「Let's leave the date for the next meeting open.
次の会合の日取りは未定にしておきましょう.」

その延長線上で考えると「open question」とは「未解決の問題」となります。

「How the project was going to be paid for remained an【open】《question》that needed an answer before voters would approve it.
(どうやればそのプロジェクトが資金を出してもらえることになるのかは、投票者がそれを承認する前に答えを必要とする未解決の問題のままだった)」
(WordReference)

この例文には仏語訳が付けられており、ouvertがこの意味のopenとして使えることが判ります。

「Quant à savoir qui financerait le projet, la《question》restait【ouverte】, mais il fallait trouver la réponse avant de passer au vote.
(そのプロジェクトに誰が資金を出すのか知ることについては、問題は未解決のままだった。しかし、投票に移行する前にその答えを見つける必要があった)」(同)

違いは、英語では形容詞openが名詞questionに直接くっついているのに対し、仏語ではouvert(e)は主語questionの補語として、動詞restaitを挟んで離れたところにある、という点です。

尚、「open question」には全く別の意味があります。

「オープン‐クエスチョン【open question】 の解説
回答の範囲を制限しない質問。「はい」「いいえ」などの選択肢がなく、回答者が自由に考えて答える質問。「休暇にはどこへ行きたいか」「なぜそう思うか」といった質問など。⇔クローズドクエスチョン。」
(小学館デジタル大辞泉)

この意味であれば、フランス語でも名詞に直接くっつけて使うようです。

「Quand on fait passer un entretien à un candidat, il est préférable de lui poser des《questions》【ouvertes】afin de l'encourager à parler de lui-même.
(志願者に面接を実施するときには、自らについて話すよう仕向けるために志願者にオープンな質問をすることが望ましい)」
(WordReference)

開かれていると入ってくる、別のもの

「開かれている」ということは誘惑や、あるいは批判といったものも入ってきかねません。

「He's open to temptation.
彼は誘惑に陥りやすい
His behavior is open to criticism.
彼の行為は批判は免れない」
(研究社新英和中辞典)

「開くこと」を表す名詞

openにはもちろん「開く」系の動詞用法もあるものの、さほど意外な使い方は無いので今回扱いませんが、openのing形に由来する名詞openingの方は見ておきましょう。

「開くこと」

つまり「開設」とか「開始」という行為を言います。

「the opening of a new museum
新博物館の開設」(同)

「the opening of a new school year
新学年の始まり」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)

何かが開始される「冒頭部分」ともなります。

「the opening of a book [chapter]
本[章]の冒頭」
(研究社新英和中辞典)

楽曲の冒頭部分を「序曲」と言ったりしますが、これにはoverture[óuvərtʃərオウヴァチャ]という名詞が用意されています。

見た目でお分かりと思いますが、overtと語源的つながりのある言葉です。

イタリアの作曲家Gioachino Rossiniジョアキーノ・ロッシーニのオペラ『ウィリアム・テル』にも序曲があり、聞き覚えのある方も多いと思います。

『Rossini: William Tell - Overture』
https://www.youtube.com/watch?v=sHQ1Date2v0

特に8:47辺りからの第4部が有名です。

元々はフランス語の作品であり、仏語題は『Ouverture de Guillaume Tell』です。

ouvertureウヴェルチュールはやはり仏語ouvertの関連語です。

(英語overtureには「序曲」の他には「交渉開始」という使い方しかないので守備範囲が狭いのですが、仏語ouvertureは「序曲」「交渉開始」以外にも英語openingが担当するような用法があって、用途が比較的広い言葉です)

開いた結果できたもの

さてopeningには開くという行為の結果としての「開口部」「穴」を意味する用法があります。

「an opening in a wall
壁にあいた穴」(同)

その延長線上に、可能性が開けていることを意味する、「就職口」や「好機」といった用法があります。

「an opening at a bank
銀行の就職口
good openings for trade
貿易の好機」(同)

カメラのレンズを通過する光の量を制禦する機構として「絞(しぼ)り」があります。何枚かの板が重なってできていて、それを絞ると中心部が狭くなることで入ってくる光の量が少なくなります。

人間の目の「瞳孔」に当たるこの穴を日本語で「開口」と言い、英語ではaperture[ǽpərtʃərアパチャー]と言います。

apertureはovertureや仏語ouvertureと語源的につながりのある言葉です。

先程「英語overtのご先祖様はラテン語のaperireという動詞ですが、英語covertのご先祖様であるラテン語動詞cooperireのつづりに影響を受けてoperireと変化したのでした」と書きましたが、そのaperireが源です。

「食前酒」

ラテン語系統の言語における「開く」の動詞で、影響を受けてしまった方のoperireが流れていったのがフランス語のouvrir。一方元々のaperireの系譜に連なるのがイタリア語aprireアプリーレであり、スペイン語abrirアブリルです。

食前酒のことを「アペリティフ」と呼ぶ、というのは我が国でもそこそこ知られた話です。

「ラテン語の「aperire(開く)」を語源とする。18世紀の後半にイタリアのトリノから始まったもので、イタリア語ではアペリティーヴォ(Aperitivo)と言う。
フランス語のアペリティフ(略してアペロとも言う)や、イタリア語のアペリティーヴォは広い意味を持ち、単純にお酒そのものを言うだけではなく、ノンアルコールも含む食前の飲み物やおつまみ、それらを片手にリラックスする時間「食前酒を楽しむ習慣」も含まれている。」
ウィキペディア

フランス語でもapéritifの場合は、変形版であるoperire起源ではなく、オリジナル版aperireの流れを汲む中世ラテン語形容詞に由来するのでapで始まる形となっています。

「開く」がどうして「食慾を促進させる」になるのか。

「排泄(はいせつ)の道を開くもの」
(小学館伊和中辞典)

ということだそうですよ。

お読みいただきありがとうございました。ではまた。

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