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BEARの害はBEARできない

我が国ではスペイン語を学習したことのある人はどれくらいいるのでしょうか。

「大学で第2外国語として選択した」「スペイン語圏の文化が好きなので」「業務上必要で」など、事情は人それぞれでしょう。

「牛襲ったヒグマ「OSO18」、人を見ても逃げずライフル3発で駆除…以前より痩せて330キロ
2023/08/23 08:21
https://www.yomiuri.co.jp/national/20230822-OYT1T50200/
北海道 標茶(しべちゃ)町と厚岸(あっけし)町で放牧中の牛を相次いで襲ったヒグマ「 OSO(オソ)18」について、道は22日、両町に隣接する釧路町で7月に駆除されていたと発表した。」

野生の熊なので「本名」というものはなく、これは「Golgo 13」と同じようなcode nameですが。

初めてこのcode nameを聞いたとき、スペイン語学習者なら「なるほどな」と思ったはずです。「スペイン語で熊のことをosoと言うからこう名付けたんだな」と。

ところがそれは早とちりであり偶然の産物だということが、記事を読み進めると判ります。

「OSO18の名は、最初の被害が確認された地名(引用者註:標茶町オソツベツ地区)と足跡の幅が約18センチだったことにちなむ。」

このようにスペイン語とは全く関係のない命名だったわけです。「てっきりスペイン語だと思っていた」と書いている方が、ネット検索してみると結構いるようです。

ちなみに「羆(ひぐま)」はoso pardoオソ・パルド、直訳すると「褐色の熊」です。

ラテン語系統の「熊」

語源

スペイン語osoの語源をたどるとラテン語のursusウルススが出てきます。

ursusから枝分かれして、イタリア語ではorsoオールソ、フランス語ではoursウルス(フランス語には珍しく、語末のsを発音します)といった具合です。

「Il ne faut pas vendre la peau de l’ours avant de l’avoir tué.
熊を殺す前にその皮を売ってはならない⇒熊の皮を売るのは熊を殺してからにせよ」

このフランス語の諺(ことわざ)の言わんとするところは「捕らぬ狸の皮算用」です。動物の種類が違うものの、日・仏で似たような発想になっています。

雌の熊

ラテン語ursusの-usを-aに取り替えると「ursaウルサ:雌の熊」になります。

北斗七星が構成要素である「大熊座(おおぐまざ)」を、ラテン語ではこれを使ってUrsa Maiorウルサ・マイオルと言います。また、北極星を含む「小熊座(こぐまざ)」はUrsa Minorウルサ・ミノルです。

天空にいる2頭の熊はどちらも雌だったわけです。

これを英語に輸入してそのまま使うこともあり、Ursa Major(ちょっとつづりの変更有)とUrsa Minorはそれぞれ「アーサ・メイジャ」「アーサ・マイナ」と発音されます。

さて、ursaに「小」の意味合いの接尾辞を付け加えたUrsulaという人名(女子名)があります。

こういう名前の聖人がいたということで、キリスト教系の学校の名前に付けられている例があります。

宮城県の聖ウルスラ学院英智高校はバドミントンが強いらしく、宮崎県の聖心ウルスラ学園高等学校は野球で甲子園に出たことがあるそうです。

EU関連のニュースで時々登場する、欧州委員会委員長(president of the European Commission)を現在勤めている人物。

「露侵略犯罪追及へ新組織 欧州検察機関に
2023/7/3 22:17
https://www.sankei.com/article/20230703-HKS2F3GQARK7NI7GSF2SBA7U5E/
(前略)ロシアはICC未加盟で実際の訴追は困難とみられるため、EUのフォンデアライエン欧州委員長が昨年11月に「特別法廷」を提案。」

このUrsula von der Leyenという人物はドイツ人であり、ドイツ語ではこのつづりでウアズラ・フォン・デア・ライエンと読みます。

形容詞

ursusの形容詞形はursinusウルシーヌスなのですが、これが英語に入ってursineアーサイン(先頭の音を強く読んでください)となり、「熊の」「熊のような」を意味します。

「the town has 1,050 year-round human inhabitants, and roughly 1,200 ursine visitors that arrive during peak season in the late summer
(この町には一年を通じて住む人が1050人おり、また、晩夏における最盛期に訪れてくる、ざっと1200頭の熊がいる)」
(Heather Greenwood Davis, Travel + Leisure)

「a lumbering ursine gait
(熊のような重い足取り)」
(Merriam-webster)

それではラテン語系の「熊」から離れて、ゲルマン語系の「bear」に行きましょう。

bear

動物

「熊」の他、「熊に似た動物」ということで「koala bear」と言ったりします。

「捕らぬ狸の~~」のフランス語版を先ほどご紹介しましたが、英語版もあります。

「Don't sell the skin till you have caught the bear.
熊を捕まえるまで、その皮を売ってはならない⇒熊の皮を売るのは熊を捕まえてからにせよ」

もっとも、次の言い方の方がお馴染みですが。

「Don't count your chickens before they're hatched.
孵(かえ)る前に雛(ひな、ひよこ)を数えてはならない⇒雛を数えるのは孵ってからにせよ」

例の「大熊座」「小熊座」はbearを使って表すこともでき、それぞれ「the Great Bear」「the Little Bear」となります。

人間

また、人間のことを言うこともあります。

「乱暴者; 不作法者.
a regular bear
まったくのがさつ者.」
(研究社新英和中辞典)

「非常な才能[熱意,関心]を示す人
a bear for physics [work]
物理学の天才[仕事の鬼]」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)

ある英英辞典ではこのように定義されている「人」がいます。

「one that sells securities or commodities in expectation of a price decline
(価格の下落を予想して証券や商品を売る人)」
(Merriam-Webster)

英和辞典では「弱気の売り手」などと載っています。

投資をされている方にはお馴染みの「ベア」です。

「ブル・ベアとは、相場の強気・弱気を示す言葉です。
ブル(Bull)は強気のことで、雄牛が角を下から上へ突き上げる仕草から相場が上昇していることを表し、ベア(Bear)は弱気のことで、熊が前足を振り下ろす仕草、あるいは背中を丸めている姿から相場が下落していることを表す言葉として使われています。(後略)」
SMBC日興証券のサイトより)

この意味でbearを形容詞として用い「a bear market 下落気味の相場」などと言います。

人名

日本に「熊沢さん」や「熊崎さん」がいるように、英語圏には「Bearさん」がいます。

アメリカはケンタッキー州で生まれたJoseph Ainslie Bearジョウジフ・エインズリ・ベアという人物は仲間と共同して、西暦1923年/大正12年に証券会社を設立しました。

Bear Stearnsベア・スターンズ社です。

大手の会社として事業を行っていましたが…

「2007年にアメリカにおけるサブプライムローン問題が原因で経営が急速に悪化、ニューヨーク連邦準備銀行が緊急融資を行い、2008年5月30日付けで、銀行最大手の一つであるJPモルガン・チェースに救済買収された。」
ウィキペディア

英語bearと語源を同じくするスウェーデン語björn。

ある程度の年齢以上の方ならご記憶かもしれない、かつてのテニス王者「ビヨン・ボルグ」はスウェーデン語では「Björn Borgビョーン・ボーリ」となります。

正に「熊さん」ということになります。

もう1つのbear

同じつづり・発音のbearですが、全く別の単語があります。

「I was born in Canada.」などでお馴染みのbornの元の形です。

この動詞は実に多岐にわたる日本語に対応するので、「bearの主な意味」ということで小学館プログレッシブ英和中辞典に載っている整理の仕方を参照しましょう。

「1 〈重い物を〉持ち運ぶ
2 〈物(の重さ)を〉持ちこたえる
3 〈女性が〉〈子を〉生む
◆重い物を「持ち運ぶ」には「持ちこたえる」=「我慢する」必要がある.身重の体を「持ちこたえる」ことで子を「生む」に至る.」

持ち運ぶ

「Life is like walking a long way bearing a heavy burden.
人の一生は重き荷を背負いて長き道を歩むがごとし」
(ベネッセコーポレーションEゲイト英和辞典)

家康の言葉を英訳したものですね。

「She bore good news (to them).
彼女は(彼らに)吉報をもたらした.」
(研究社新英和中辞典)

「持ち運ぶ」した結果、直接目的語になっているもの(「重き荷」や「吉報」)が移動しますが、「与える」も何かしらが移動することを言う言葉です。

「I can bear witness to having seen it.
私はそれを見たことを証言できる.」(同)

ここでのwitnessは「無冠詞かつ単数形」なので不可算として扱われていることが判り、その場合の意味は「証言、証明」になります。(可算扱いなら「目撃者、証人、証拠となるもの」など)

すなわちbear witnessで「証言・証明を与える⇒証言する」ということです。

帯びる

「持ち運ぶ」ほどの動きが無ければ「帯びる」「身につける」などのニュアンスになります。

「This letter bears a British stamp.
この手紙にはイギリスの切手がはってある.
I bear a grudge against him.
彼に恨みを抱いている.
Bear in mind (that) we must go in a few minutes.
二, 三分後に行かなければならないことを忘れないでね.」(同)

3例目ではthat節がbearの直接目的語であり、その節の内容をmindの中にbearせよ、ということです。

持ちこたえる

「The ice is thick enough to bear your weight.
その氷はあなたの重みを支えられるだけの厚みがある.」(同)

bearにingを足した名詞bearingには「軸受」という意味があります。「ベアリング」です。

「軸受(じくうけ、英: bearing)は、機械要素の一つで、回転や往復運動する相手部品に接して荷重を受け、軸などを支持する部品である。
英語のbearingをカタカナで表記したベアリングを使うことも一般的である。bearは「支える、になう」という意味で、bearingは支えるものという意味。」
ウィキペディア

より抽象的な「重さ」、つまり「苦痛」「不幸」などを「耐える」という意味でも使われます。

「The doubt is more than I can bear.
その疑念は私には耐えられないほどのものだ.」(同)

この場合にもbearingが使えます。

「Your conduct is beyond [past] (all) bearing.
君の行為はまったくがまんできない」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)

生む

bearの過去分詞は基本的にはborneですが、「生まれた」の意味の時にbornが使われることがあります。

「受身で「生まれた」の意味を表わす場合にはあとに by… が続く時は borne を用い,それ以外は過去分詞で形容詞的に born を用いる」
(研究社新英和中辞典)

「children born to [borne by] Mary
メアリーが生んだ子ども」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)

「生む」とは人間だけの行為ではありません。

「This tree bears fine apples.
この木には見事なリンゴがなる.
These schemes bore fruit.
これらの計画は実を結んだ.
How much interest will the bonds bear?
債券は何分の利付きですか.」
(研究社新英和中辞典)

bearingにもこの関連の使い方があります。

「The pear trees are in full bearing.
ナシは(実が)なり盛りだ.」(同)

「three bearings (in) a year
年3回の収穫」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)

キャラクターとしての熊

冒頭の記事にあるように本物の熊は実に深刻な損害を人間にもたらします。

ところがそんな猛獣を「親しみのあるキャラクター」にした例が数多くあるのは、よく考えると不思議です。

Winnie-the-Poohくまのプーさん」「teddy bearテディベア」「リラックマ」「くまモン」…

「【テディ・ベア】を子供に買い与えたら、それを抱きかかえて眠るようになった」

これは微笑ましいエピソードですが、【 】の中に「熊」(本物の)を入れたら、随分と非現実的な話になります。

お読みいただきありがとうございました。ではまた。

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