まだ5月なのにジングルBELLの話
これは実話です。文章を書くために考え出した作り話ではありません。
先日夜10時くらいに家の中におりましたら、外を通る人が口笛で『ジングル・ベル』を吹いているのが聞こえました。
5月であるにもかかわらず吹きたくなるほど、その曲がお好きな人なんでしょう。
「1857年にジョン・モルガンの叔父で牧師のジェームズ・ロード・ピアポントが作詞作曲した歌で、ボストンにある自分の教会の感謝祭のお祝いで歌うために作った。最初につけられた歌の名前は、One Horse Open Sleigh(1頭立ての橇)であった(中略)。大変好評であったため、クリスマスでも歌われ、その後アメリカ中に広まっていき、タイトルもジングルベルに変わった。
歌詞の中には宗教的な語句やクリスマスに対する言及がなく、若者たちが冬にソリ(橇)で競争する様子を歌った歌である。」
(ウィキペディア)
(「ジョン・モルガン」とは、今日JPMorgan Chase & Co.ジェイ・ピー・モーガン・チェイス・アンド・カンパニーの名で知られる企業の創始者John Pierpont Morganジョン・ピアポン・モーガンです)
本来クリスマスには関係の無い歌だということですね。
確かに、One Horse Open Sleighと言っているので、その橇を牽(ひ)いているのは馬であって、トナカイではないわけです。
Jingle Bellsの歌詞の構造
有名な部分はこのような歌詞になっています。
「Jingle bells, jingle bells, jingle all the way.」
今回遭遇した「事件」を経て、改めてこの歌詞について考えてみました。
最初はこう思いました。
「【Jingle】《bells》,【jingle】《bells》,【jingle】{all the way}.
【自動詞】《主語》,【自動詞】《主語》,【自動詞】{副詞句}.
《鈴が》【リンリン鳴る】、《鈴が》【リンリン鳴る】、{(橇が滑っている)道中ずっと}【リンリン鳴る】」…①
すなわち、「jingle bells」はVSという倒置になっているのではないか、と。
ところが色々と検索してみると、「jingle bells」は命令文である、と解説しているサイトに出合いました。
その説に従って先程同様の形式で構造を書くとこんな感じです。
「【Jingle】《bells》,【jingle】《bells》,【jingle】{all the way}.
【他動詞】《直接目的語》,【他動詞】《直接目的語》,【他動詞】~直接目的語は省略~{副詞句}.
《鈴を》【リンリン鳴らせ】、《鈴を》【リンリン鳴らせ】、{道中ずっと}【リンリン鳴らせ】」…②
日本語と英語は「赤の他人」ですが、同じインド・ヨーロッパ語族に属する「親戚」であるフランス語において、この英語詞がどう解釈されているのか、これも検索してみたところ、双方の構造で訳されているのが発見出来ました。
まずは、私と同じく自動詞だと解釈した①のタイプ。
https://www.lacoccinelle.net/1062327.html
「《Les clochettes》【tintent】,《les clochettes》【tintent】,【tintent】{tout le long}.
《主語》【自動詞】,《主語》【自動詞】,【自動詞】{副詞句}.
《小さな鈴が》【リンリン鳴る】、《小さな鈴が》【リンリン鳴る】、{間中ずっと}【リンリン鳴る】」
「clochettes」は「小さな鈴」を意味する単語(の複数形)であり、定冠詞「les」が冠せられています。
「tintent」は「鳴る」の意の動詞tinterの、直説法3人称複数の時の形です。
続きまして、②と同じ他動詞タイプ。
https://speak-and-play-english.fr/chanson-jingle-bells-paroles-traduction-francais-anglais
「【Tintez】《clochettes》,【tintez】《clochettes》,【tintez】{tout du long}.
【他動詞】《直接目的語》,【他動詞】《直接目的語》,【他動詞】~直接目的語は省略~{副詞句}.
《小さな鈴を》【鳴らせ】、《小さな鈴を》【鳴らせ】、{端から端まで}【鳴らせ】」
こちらの「tintez」も同じくtinterの活用形ですが、命令法2人称複数の時の形です。
さて、ここまではjingleとbellsを別個に考えての推理でしたが、そもそも「jingle bell」というまとまりが辞書に載っています。
「jingle bell
名詞
可算名詞
チリンチリン鳴る鈴[ベル]; そりの鈴」
(研究社新英和中辞典)
だとするとこうです。
「《Jingle bells》,《jingle bells》,【jingle】{all the way}.
《主語》,《主語》,【自動詞】{副詞句}.
《そりの鈴が》、《そりの鈴が》、{道中ずっと}【リンリン鳴る】」…③
1つ目・2つ目のjingleは「複合的な名詞の構成要素」、3つ目は「動詞が直説法3人称複数の時の形」と解釈します。
以上見てきた解釈の内、③が最もそれらしい気がしますが、確定的な答えは持ち合わせていないので、悪しからずご了承ください。
この一件にちなみ、bellについて確認していきましょう。
英語bell
まずは、教会などに設置されている「釣鐘」としての用例をご覧ください。
イギリスの首都にある「ビッグ・ベン」。
何となく例の時計塔のことを指している気がしますが、本来はそこに設置されている鐘の通称です。
「Big Ben is the nickname for the Great Bell of the Great Clock of Westminster, and by extension for the clock tower itself
(ビッグ・ベンはウェストミンスター宮殿の大時計の大時鐘の愛称であり、拡大解釈されるとその時計塔そのものの愛称でもある)」
(ウィキペディア)
イギリスから大西洋を渡ってアメリカ合衆国に行くと、Philadelphiaフィラデルフィアには「自由の鐘」というものがあります。
「恐らく自由の鐘はアメリカの独立、並びにアメリカ独立戦争を連想する上で、最も突出したシンボルの一つである。また、独立、奴隷制の廃止、合衆国内の国民性と自由において最も親しみのある象徴の一つであり、国際的な自由の偶像としても用いられてきた」
(ウィキペディア)
英語では「Liberty Bell」です。
「The bell was commissioned in 1752 by the Pennsylvania Provincial Assembly from the London-based firm Lester and Pack, later renamed the Whitechapel Bell Foundry, and was cast with the lettering "Proclaim LIBERTY Throughout all the Land unto all the Inhabitants Thereof", a Biblical reference from the Book of Leviticus (25:10).
(この鐘は西暦1752年にペンスルヴェイニャ州議会により、ランドンに本拠を構える会社「レスター・アンド・パック」(のちに「ホワイトチャプル鐘鋳造所」に改称)から取り寄せるべく発註された。刻印付きで鋳造されたが、その文言は「国土の全てにわたって、そこに住む人々全てに対して、自由を宣言せよ」というもので、聖書のレビ記25:10からの引用である)」
(ウィキペディア)
それではさらにぐるっと地球を回り、太平洋を越えて日本へ。
鐘、そして刻印と言えば、方広寺ですね。
「京都市東山区にある天台宗の寺。天正17年(1589)豊臣秀吉が奈良東大寺大仏を模して創建。(中略)豊臣家滅亡のきっかけとなった「国家安康」の銘を記した釣鐘で有名」
(小学館デジタル大辞泉)
鐘に刻印された銘はかなり長いものですが、その中に登場する「国家安康」という文言が家康の名を「安」で分断した形になっているために非難された時、秀吉亡き豊臣家には押し返せる力がもはや無かったわけです。
「Ieyasu was insulted by the inscription on the bell and used that as a pretext for vilifying the Toyotomi house.
(家康はその鐘にある銘に自尊心を傷つけられ、それを豊臣家を中傷するための口実として用いた)」
(JTA Sightseeing Databaseというサイトより)
小規模なbellとしては、先程出てきたjingle bellのような「鈴」があります。
jingle bellはまたの名をsleigh bellと言いますから、正に「橇用の鈴」です。
『Jingle Bells』とは違って、疑いようもなくクリスマスの歌である『White Christmas』の中ではこちらの名称で登場します。
「children listen to hear sleigh bells in the snow
(子供達が、降る雪の中で響く橇鈴を聞こうと耳を澄ます)」
hearという動詞が使われていることからお判りのように、ここでのbellは鐘・鈴という物体ではなく、そこから発せられる音を意味しています。
他に「音」としてのbellを目的語に採る動詞としてanswerがあり、来訪者の鳴らしたbellの音に対応することを表します。
「She hurried to answer the doorbell.
(戸の呼び鈴が鳴ったので彼女は急いで取り次ぎに出た)」
(Online OXFORD Collocation Dictionary)
一方、物体の方を扱う場合は以下のような動詞がbellと組み合わされます。
「鐘をつく
〔たたく〕strike a bell/
〔鳴らす〕ring a bell/
〔ゆっくり規則的に〕toll a bell」
(小学館プログレッシブ和英中辞典)
3つ目のtollは他の2つに比べると馴染みのない言葉ですが、『誰(た)がために鐘は鳴る』の「鳴る」にはこれが自動詞用法で使われています。
「『誰がために鐘は鳴る』(たがためにかねはなる、For Whom the Bell Tolls)は、アーネスト・ヘミングウェイの長編小説。(中略)
題名は17世紀のイギリスの詩人ジョン・ダンの説教「ゆえに人を遣わして問うなかれ、誰がために鐘は鳴るやと、そは汝のために鳴るなれば」の一節を引用している」
(ウィキペディア)
ちなみに、引用元の説教とはこんな感じ。
「And therefore never send to know for whom the bell tolls; It tolls for thee.」
この小説の題名を戴いた曲がいくつかあり、その中ではアメリカのバンドMetallicaメタリカのものが最も知られているのかもしれません。
「アーネスト・ヘミングウェイの同名の原題である小説『誰がために鐘は鳴る』からインスパイアされた楽曲。スペイン内戦を舞台とする作中で、5人の兵士が空爆によって丘で命を落とす場面を描いている」
(ウィキペディア)
『Metallica: For Whom the Bell Tolls (Arlington, TX - August 20, 2023)』
https://www.youtube.com/watch?v=zKBboWCJsn4
それでは、bellそのものを動詞として使わないのかというと、いくつかの動詞用法が存在します。
鐘が「鳴る」という意味もあるようですが、一番有名なのは「鈴をつける」でしょう。
「「ネズミの相談」(ネズミのそうだん)は、寓話のひとつ。イソップ寓話とされることが多いが、古いテクストには見られない。(中略)
英語では bell the cat というイディオムになっており、「他人が嫌がる中で進んで難局に当たる」という意味である」
(ウィキペディア)
ーあのイヤな猫がやってきたらすぐ分かるように、首に鈴をつけてやれ。
ーそいつは名案だ。じゃあ君が行って付けてきたまえ。
ーいやいや、それはご勘弁。
「Who will bell the cat?
あの猫に鈴を付ける意志のある者はいるのか?」
…と鼠達が思案に暮れたわけですね。
楽器としてのbell
cowbellという言葉の成り立ちは、見た目通り「cow + bell」です。
「カウベル(英: cowbell)は、牛 (cow) などの放牧されている家畜の首に付け、見失わないようにするための金属製の鐘鈴 (bell) のことである。また、楽器としても使われる。」
(ウィキペディア)
そもそも鈴や鐘は、球形や∩形の胴体の中に球や吊るされた棒が入っていて、それが胴体に当たることで発音するわけです。
牛につける方のcowbellはその構造ですが、楽器としてのcowbellは胴体のみであり、外から人間が撥(ばち)で叩くことで音が出るという根本的な違いがあります。
面白いことに、ネット上で「カウベルを使った曲」を検索すると、それをまとめてあるページが存在します。
そのリストを眺めてみると、カウベルの音の印象があまりない曲もある一方、ハイ・ハット代わりに1小節に4つ登場する曲もあります。
多用されている代表的な曲として今回は、イギリスのバンドLed Zeppelinレッド・ゼップリンの『Good Times Bad Times』(西暦1969年/昭和44年発表)の動画をご紹介しておきます。
「ご本人」の演奏動画だと判りにくいので、右手でカウベルを叩く様子が明確に撮影されている、Kyle McGrailさんという人物がドラムを演奏する動画です。
(もっとも、この曲のドラムで話題になるのは何と言ってもバス・ドラムの難しさですが)
『Good Times Bad Times (Drum Cover) - Led Zeppelin - Kyle McGrail』
https://www.youtube.com/watch?v=lkYGpW-w9x8
「ベル+家畜」だけどカウベルのような話にはならない
bellwetherという英単語があります。
(発音は/ˈbɛlwɛðɚベルウェザー/なので、「天気」の影響を受けてbellweatherとつづってしまう英語人もいるそうです)
このwetherは「去勢した羊」を意味します。
「The term derives from the Middle English belle-weder, which referred to the practice of placing a bell around the neck of the lead wether (the male sheep). A shepherd could then note the movements of the animals by hearing the bell, even when the flock was not in sight.
(この用語の由来は中英語belle-wederであり、群れを先導する羊(雄羊)の首に鈴を付ける習わしに関係する言葉であった。そうすると羊飼いは鈴の音を聞いて、たとえ群れが視界に入っていない時でさえ、羊達の動きに気づくことができた)」
(ウィキペディア)
そして今日この単語は比喩的な意味でしばしば使われており、憶えておくと有用な言葉だと思います。
「2(産業界の)指導[先導]者;
(暴動などの)首謀者,張本人;
((米))潮流の方向を示すもの,兆候,しるし」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)
「She is a bellwether of fashion.
(彼女は服飾業界の先導者だ)
High-tech bellwethers led the decline in the stock market.
(ハイテク業界の先導役である企業の株が株式市場の下落の原因となった)
a county that is a bellwether in national elections
(国政選挙で潮流を示す指標となる郡)」
(Merriam-Webster)
3例目のような使い方をするbellwetherに関連して、bellwether stateという用語がアメリカ政治にはあります。
「Bellwether states are those states in the US whose electorates tend to reflect the voting behavior of the entire country. Thus, candidates favored in bellwether states in presidential elections generally end up winning the election as a whole.
(ベルウェザー州とは合衆国の州の中で、その州の有権者が合衆国国民全体の投票行動を反映する傾向のあるものを言う。それ故、大統領選挙においてベルウェザー州で支持された候補者達は一般的に言ってその選挙全体として勝利する結果となる。)
A key example of a bellwether state is Ohio. No presidential candidate has won an election without also winning the state of Ohio since John F. Kennedy managed to do so in 1960.
(ベルウェザー州の主要な実例はオウハイオウ州である。オウハイオウ州をも獲得することなく大統領選挙に勝った候補者は、ジョン・F・ケネディが西暦1960年/昭和35年に勝てて以来、存在しない)」
(Polyasというサイトより)
出来過ぎた話
女優・観月ありさの代表作と言えば『ナースのお仕事』シリーズですが、こういう作品にも出演していました。
「『天使のお仕事』(てんしのおしごと)は、1999年1月6日から3月24日までフジテレビの「水曜劇場」枠で放送されたテレビドラマ。(中略)
本作には同じくフジテレビで同じく観月が主演した『ナースのお仕事』シリーズのパート1、パート2にレギュラー出演した俳優が多数レギュラー出演し、同作と似たような作風になった」
(ウィキペディア)
このドラマで彼女が演じたのは修道女だったのですが、役名がなんと「阿部まりあ」。
もちろんフィクションなんですから、オモシロを狙ってこのような命名をするのも自由です。
これが、本物の修道女でこの名前、という話だったら、「すごい偶然ですね」ということになるでしょう。
何が言いたいのかと言うと、電話の発明者の名字がBellなのは出来過ぎた話ではないですか、ということです。
「アレクサンダー・グラハム・ベル(Alexander Graham Bell、1847年3月3日 - 1922年8月2日)は、スコットランド生まれの科学者、発明家、工学者。世界初の実用的電話の発明で知られている」
(ウィキペディア)
Bellという名字は様々な由来が考えられるのだそうで、フランス語の「美しい」に当たる言葉から来ているとか、ノルウェイやドイツの地名から来ているとか。
そして「鐘・鈴」のbellに関係するものもあり、bellに関わる職業に由来する場合、bellが設置されている場所の側に住んでいたことに由来する場合があるそうです。
Alexander Graham Bellアリグザンダー・グレイアム・ベルのBellがどれに当たるかは分かりませんが、電話の「鈴」を「ベル」と呼ぶのはベルさんが発明したから、と子供が誤解しても不思議の無いほど「出来過ぎ」だと思いませんか。
イタリア語campana
bellに当たるイタリア語はcampanaカンパーナです。
語源はこうです。
「←後期ラテン語 campāna
←ラテン語(vāsa) campāna(「カンパーニア地方特産の(青銅のつぼ)」が原義)」
(小学館伊和中辞典)
主に、それなりのサイズの鐘を指すようです。
「suonare le campane a morto [a martello]
弔いの鐘[警鐘]を鳴らす」(同)
より小さいサイズのものには、campanaに「小」を意味する接尾辞を付けた言葉を用います。
男性名詞であるcampanelloカンパネッロは「呼び鈴」や「自転車のベル」、警報の「ブザー」を意味します。
女性名詞であるcampanellaカンパネッラは…
「(手に持ったり, 綱で引く)小さな鐘;呼び鈴」(同)
campanellaを固有名詞として用いたのが、宮澤健司の『銀河鐵道の夜』(昭和9年発刊)です。
「カムパネルラ
ジョバンニの同級生で親友。(中略)ジョバンニとともに銀河鉄道に乗り込み、共に旅する。」
(ウィキペディア)
一方、Franz Lisztフランツ・リスト作曲のピアノ曲『La Campanella』もよく知られています。
Niccolò Paganiniニッコロ・パガニーニの作品を編曲したものですが…
「リストは曲全体の構成を洗練し、ピアノの高音による鐘の音色を全面に押し出した。 (中略)
最大で15度の跳躍があり、この跳躍を16分音符で演奏した後に演奏者に手を移動する時間を与える休止がないまま2オクターブ上で同じ音符が演奏される。ほかにも薬指と小指のトリルなどの難しい技巧を含む。」
(ウィキペディア)
『辻井伸行 ラ・カンパネラ』
https://www.youtube.com/watch?v=8EaXf6fOFnA
お読みいただき、ありがとうございました。ではまた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?