ロックの曲だからといって、歌詞に出てくるROCKが「ロック」のことだとは限らない
『Rock of Ages』
今から40年前に発表されたヒット曲『Rock of Ages』。
イギリスのロック・バンドDef Leppardデフ・レパードの作品ですから、このrockは《ロック音楽》のことに決まっていると思いがちです。
辞書を引くと
ところが英和辞典を引くとこのフレーズの意味合いは「千歳(ちとせ)の岩」と出てきます。そう、「《ロック》・クライミング」などでお馴染みの《岩》のことです。
研究社の新英和中辞典では
「永遠のよりどころとしてのキリスト; ★聖書「マタイ伝」などから」
という註釈が添えられています。
「マタイ伝」あるいは「マタイによる福音書」(英語ではthe Gospelガスプル according to St.セイント Matthewマシュー)はいわゆる新約聖書の一部です。
その中に「岩盤の上に建てた家」と「砂の上に建てた家」の比較をキリストがする場面があるそうです。
前者は「キリストの言葉を実行に移す人」、後者は「聞くだけで実行しない人」の比喩であり、もちろん前者のことをあるべき姿だとしています。
岩盤は家を建てるにあたって「堅固な支え」「拠(よ)り所」とできるものであり、それはキリストも同様であるということを「Rock of Ages」のRockは表しているのでしょう。
「of Ages」の部分については「いくつもの時代にわたって」⇒「千歳」「永遠」の意味合いを担当しています。
私はキリスト教徒ではないので、もし解釈の間違いがありましたらご指摘をお願いします。
なぜこの題名になったのか
ウィキペディア英語版によると、バンドがスタジオで新作の録音を進めていたところ、彼らの前にそのスタジオを使っていた合唱隊の子供が置き忘れていった賛美歌集を見つけ、そこに書いてあった"Rock of Ages"という言葉から歌詞を着想したそうです。
実際、数々の讃美歌の中には『Rock of Ages』あるいは『Rock of Ages, Cleft for Me』と呼ばれるものがあります。
『Rock of Ages, Cleft for Me』の方で動画を検索するといくらでも見つかるので、よく知られた曲なのでしょう。
https://www.youtube.com/watch?v=gM7gt_cSxjw
「岩」系rockの色々な使い方
岩
家を建てる時に拠り所とするrockは地質としての岩、岩盤だと考えられますが、その場合不可算の扱いとなります。「岩盤の上に建てた家」は「house built on rock」と言えるでしょう。
対して、一個の「岩」、一つの「岩山」など、その個別性がはっきり認識できる場合は可算名詞として登場します。
「A fallen rock blocked the road.
落石が道路をふさい(でい)た.」
(研究社新英和中辞典)
アメリカのバンド「Bob Seger & the Silver Bullet Bandボブ・シーガーと銀の銃弾楽団」の曲『Like a Rock』(西暦1986年/昭和61年)では、38歳の人物が18歳の頃を思い出して語ります。
青春真っ盛りだった頃は気持ちも身体も「岩のように」堅固だったし、正しいと信じることを「岩のように」固守していた。自分は強く、何物にも影響されなかった、「岩のように」。
『Like a rock - Bob Seger (Lyric video) (1986)』
https://www.youtube.com/watch?v=l67Y53ubOp0
特徴的な「岩」だと、定冠詞を付け大文字始まりで「the Rock」と呼ばれることがあります。
西暦1996年/平成8年のアメリカ映画『The Rock』の舞台はサン・フランシスコ湾に浮かぶAlcatraz Islandアルカトラズ島(刑務所があったことで有名)であり、この岩だらけの小島がthe Rockと呼ばれることがあります。
また「the Rock」が他の場所を指すこともあります。
「ジブラルタル(Gibraltar)は、イベリア半島の南東端に突き出した小半島を占めるイギリスの海外領土。(中略)
半島の大半を占める特徴的な岩山(ザ・ロック)は、古代より西への航海の果てにある「ヘラクレスの柱」の一つとして知られてきた。」
(ウィキペディア)
元々はこの「岩山」を指す言葉ですが、ジブラルタル全体をも「the Rock」と呼びます。
石
アメリカの口語的使い方では「石」「小石」の意味に使われることがあります。
「A man has been arrested after he threw rocks at multiple parked cars along the street.
ある男が通り沿いに停められていた多数の車に向かって石を投げつけて逮捕された」
このrockを「岩」と解釈してしまうと、どんな怪力の男なんだ、ということになりますが、「石」なら納得です。
食品関係
辞書にはrockの意味として一種の「飴(あめ)」も載っています。
「ロック
《★【解説】 通例ペパーミントなどの味のする棒状の硬い砂糖あめ;
金太郎あめに似ていて主に海岸保養地などで売っている》.」
(研究社新英和中辞典)
イギリスの「海岸保養地」にBrightonブライトンという場所がありますが、そこで売られているこのタイプの飴がBrighton rockです。
ですから、イギリスのロック・バンドQueenクイーンの曲『Brighton Rock』(西暦1974年/昭和49年発表)は「ブライトンのロック音楽」という意味では本来ないのです。
休暇にブライトンで出会った若い男女の恋の話ですが、歌詞には飴の話が一切出てきません。唯一登場するrockはなんと「Rock of Ages」です。
「Oh, Rock of Ages, do not crumble.
ああ、千歳の岩よ、砕けるなかれ」
この恋の魔法が解けないように、とキリストにお願いしているということでしょうか。
『Queen - Brighton Rock (Official Lyric Video)』
https://www.youtube.com/watch?v=BUt_7TQCWtU
さて、ウィスキーなどを註文するときに「ロックで」と言ったりしますが、これは「on the rocks」(複数形であることに留意)のことであることはご存じでしょう。
酒の飲み方として使うのは比喩表現であり、アルコール飲料という液体に浮かぶ氷を海のrock岩礁に見立てたものです。
つまり元来on the rocksは船が「岩礁に乗り上げている⇒座礁して」いる状態を表現するものです。
固有名詞に出てくるrock
アメリカ合衆国のArkansasアーカンソー州にLittle Rockという都市があります。
川の岸に岩を積み上げた場所があったのですが、そこにフランス人開拓者が上陸してLa Pétite Rocheラ・プティト・ロシュと名付け、通商の拠点としました。これを英語に直訳したものがLittle Rockです。
フランス本国には別の形で「小岩」という地名があります。La Rochelleラ・ロシェルです。
rochelleという名詞は分解すると「roche + elle」となりますが、前半はさっき登場したばかりの、「岩」を表す単語であり、一方後半の要素は「小」のニュアンスを付けくわえる接尾辞です。
このLa Rochelleの町で西暦1921年/大正10年に生まれ、後にファッション・デザイナーとして自分のブランドを持つことになる人物が恐らく「la(定冠詞) + roche」という成り立ちの名前でしょうから、「小岩で生まれた岩さん」みたいな状況です。
「ロシュなんとか」という地名は他にもあり、Rochefortロシュフォールは「roche + fort」、すなわち「強い岩」を意味します。この町は西暦1967年/昭和42年の映画『Les Demoiselles de Rochefortレ・ドゥモワゼル・ドゥ・ロシュフォール』(邦題『ロシュフォールの恋人たち』)の舞台となったので名前を聞いたことがあるかもしれません。
『The Young Girls of Rochefort 1967 Opening Ballet』
https://www.youtube.com/watch?v=80qJtJAyAvw
「揺らす」系rock
「揺らす」
「岩」とは全く別系統の言葉rockもあり、こちらは「ロッキング・チェアrocking chair」でイメージできる「揺らす」という話です。
「She rocked her child to sleep.
彼女は子供を静かに揺すって寝つかせた.
The vessel rocked (to and fro) on the waves.
その船は波に乗って(左右に)揺れた.」
(研究社新英和中辞典)
1例目は他動詞「揺らす」、2例目は自動詞「揺れる」です。
「振動」の話にもなります。
「The house was rocked by an earthquake.
その家は地震でぐらぐら揺れた.
He felt the house rock.
彼は家が揺れるのを感じた.」(同)
1例目は他動詞「振動させる」を受動態で用いたもの、2例目は自動詞「振動する」であり、rockの意味上の主語はthe houseです。
これらは物理的な「揺れ」「振動」でしたが、感情に対する揺さぶりにも使えます。
「The murder case rocked the whole country.
その殺人事件は国中を震撼(しんかん)させた.」(同)
「The news of the defeat rocked the nation.
敗北の知らせでその国は動揺した」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)
countryやnationの中身は「人」であり、その人々の感情を「強く揺さぶる」「動揺させる」ことを表します。
『Rock of Ages』の中にもこの意味でのrockが登場します。
「Rock this place to the ground.
この場所/町を徹底的に揺さぶれ」
しかし、このrockの用法で最も有名なのはQueenの『We Will Rock You』でしょう。
中身である「人」を意識したcountry、nation、placeよりも直接的に、「youお前たち」を直接目的語にしています。
『【和訳付き】Queen 『We Will Rock You』』
https://www.youtube.com/watch?v=HtdDRHbmSZA
「すごい」
色々な動画のコメント(英語)を見ていると、その動画に出てくる人物などを主語にしてrockが使われる称賛のコメントが書かれていることがありますが、それはこういう用法です。
「((米略式))〈人・物などが〉人を感動させる,すごいと思える
This new film rocks.
この新作映画はすばらしい」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)
音楽のジャンルとしての「ロック」
rock and rollロック・ン・ロールあるいはrockは「揺れる」系のrockから出てきた言葉です。
動詞としては
「(体を揺らして)ロックンロールを歌う[踊る,演奏する]」(同)
という意味があるので、例えば『Rock Around the Clock』(西暦1954年/昭和29年)は「24時間ロックに合わせて踊るぞ」といったことになります。
『Bill Haley Rock around the clock lyrics』
https://www.youtube.com/watch?v=aUgAxGaPXe4
ここでまた『Rock Of Ages』に戻りますが、歌詞の中で「Rock Of Ages」が出てきた後にはrollという動詞を使った言葉も出てくるので、「rock and roll」という意識で歌っているとも考えられます。なにしろ、キリストへの信仰が…という話は一切出てこない曲なので。
『Def Leppard - Rock Of Ages lyrics』
https://www.youtube.com/watch?v=y4CZfac0N0E
お読みいただき、ありがとうございました。ではまた。