私の前世体験①平凡な人生から学んだこと
前世療法を深く学ぶべく、前世療法プロコースの受講時に師匠の先生よりデモンストレーションのセッションを受けました。
そのときの前世体験を記します。
私にとって3度目の前世療法フルセッション。
セッション時間はなんと、4時間にも及ぶ超ロングセッションでした。(体感は1時間半)
前世療法を行うときは「どんな前世に入るか?」を必ず確認しますが、私は今特定の悩みもなく毎日心地良く生きているので「この先自分が生きていくうえで今確認すべき前世」をリクエストしました。
目を閉じ、お花畑のイメージからいつしか霧に包まれ、その霧が晴れたら今確認すべき前世の家の目の前に。
降り立ったのは1900年代初頭、アメリカ。ワシントン。
私は8歳の女の子、アン。チェック柄のスカートを履いて、ベージュのニットに身を包んだ柔らかいブラウンのクルクル毛のアン。
目はヘーゼルのような色をしていて、顔はとても可愛かった。
近所の男の子と喧嘩をしたということでムスッとした表情を浮かべていた。
真っ白な自分の家に入るとムスッとした気持ちも少し落ち着き、お母さんがどこにいるか確認しにいきました。
お母さんはキッチンにいて、何やら料理をしている様子。ショートカットのスラっとしたお母さん。お母さんを見た瞬間、「あ、今のパートナーだ」と一瞬にして気付く。この感覚は初だったので少し驚きました。
お母さんはとっても笑顔でいつも楽しそう。常に優しくしてくれて、自分のそばにいてくれて、アンにとってお母さんは大好きな太陽のような存在。とにかくお母さんが大好きという気持ちが強く伝わってきた。
アンのお母さんへの気持ちを確認しつつ、人格移動という技法でお母さんの気持ちも確認していきます。人格移動、本当に不思議なのですがその人の気持ちが本当に分かるんですね。分かるというか、質問されたら考える前にその質問に答えてしまう。そんな感じ。
お母さんにとってもアンはとっても大切な子。アンには4つ下の弟がいること、アンが生まれる前に男の子を死産したということも分かった。
そして、弟も確認する。アンからすると、弟は好きだけどいつも遊びの邪魔をしてくると。人格移動で弟の気持ちを確認すると、邪魔をしているのではなく、アンと一緒に遊びたいのだと言う。
お父さんはというと、アンからするとあまり家に帰ってこない印象があるとのこと。だけど、仕事だから仕方がないのだと8歳なりに理解している様子。
お父さんは貿易関係の仕事をしているらしく、家に帰ってこない日があったり帰ったとしても時間が遅く、アンとは会えなかったよう。
一通り家族を確認したところで、次にその人生で大事な場面に移ります。
次の場面は、15.6歳。何かの学校の中でとても不安な気持ちを抱えていた。どうやら入学式のようで、アンはワシントンの美術系の学校に進学したようだった。その入学式では特に大きな出来事はないものの、アンに最初に話しかけてくれたメアリーがいた。メアリーはアンの一番の親友になった。メアリーから見たアンは、作品に対しピュアな表現をする素直な子に移っていたようだった。
場面は17歳に移る。何やら、アンとメアリーは喧嘩をしてしまい仲違いをしたようだった。美術学校に通うアンとメアリーは一緒に絵を描いたり、交換小説(交換日記の小説版のようなもの)を行ったりしていた。その交換小説での展開の作り方で揉めてしまったということだった。
それからアンとメアリーは和解することもなく卒業し、以降一度も会わない。
この出来事は、アンの人生にとって後悔する要因のひとつになった。
更に時は過ぎ、22歳のアンに男の子の赤ちゃんが産まれる。名前はシュー。
シューはとてもわんぱくで可愛らしい男の子だった。シューは8歳の頃に一度交通事故を経験したが、一命は取り留めた。サッカーボールと事故の場面が浮かんだ。
シューにとってのアンは、いつもそばにいてくれる優しいお母さんだったということが人格移動を通してわかった。
アンは仕事には就かず、専業主婦のようだった。子育てをしながらたまに絵を描いたり、本を読んだりと比較的のんびりした生活を送っていた。
その後、アンが52歳の頃、2歳年上の夫・ダンが亡くなる。突然体調が悪化し、早々に亡くなってしまったようだ。やっとダンの死を受け入れられたが、この頃からアンの活力が少なくなり、命が短いのかなぁというのを体感覚で感じていた。
また、この頃シューは家を出て自分の家庭を持ち、女の子が産まれている。名前はマヤ。ちなみにシューは海関係の仕事をしていたらしい。
この時のアンは一人暮らしでゆっくり本を読む光景が浮かんだ。なんの本かは分からなかったけど、深緑の表紙の割と分厚い本だった。
そして時は過ぎ、臨終の場面へ。
アンは67歳。ベッドに横たわり、シュー一家と近所の仲良かった人、ドクターに見守られながら死を迎える。このとき、みぞおちと胃の辺りが締め付けられるように痛かった。アンは悪性腫瘍を患っていたようだった。しかし、治療や手術は求めずにそのまま死を迎えた。
アンの身体から魂が抜けて、スーッと行くべき場所へと向かう。身体から魂が抜けたときは、ちょっと落ち着くような感覚を覚えた。
上へ上へとひたすら登り、行くべき場所、中間世へ向かう。
誰かが迎えに来てくれたようだった。恐らくその魂は、小学生の頃に亡くなったおじいちゃん。おじいちゃんに連れられて、中間世へと向かう。
中間世は真っ白な世界。とてつもなく穏やかで平和な空間がただひたすら広がっている。広がっているのか、広がっていないのか、広いのか狭いのか分からないような空間。パリッとした白ではなく、暖かい色のライトを灯したときのような白が広がっている。
そこで、改めてアンとして、そして今世の私としてアンの人生を振り返る。ここが前世療法の療法の部分にあたる。
アンは自分の人生に悔いはなかった。穏やかに平凡に暮らせて幸せだった。小さい頃からお母さんがいつもそばで優しくしてくれて、きちんと育ててくれたからアンは人を疑うことをしない、非常に心の土台が安定した人間になった。何となく自分が直感的に気になった物事、人には疑いもなくスッと入っていける、ある意味優雅な人生。
ただひとつ悔いがあるとするならば、メアリーとの出来事。当時のアンは未熟で、どうでもいいことで仲違いをしてしまったことを自覚していた。本当は謝って仲直りしたかったけど、勇気がなく声をかけることもできなかった。
そこで、中間世でメアリーとの対峙を行う。メアリーを呼び出しメアリーにも気持ちを聞いて、この出来事をどう昇華すべきかを、セラピストを通して話し合う。
メアリーも同様に同じ気持ちだった。くだらないことで大きなものを失ってしまったと後悔していた。2人はここで完全な和解をし、お互いの未熟さを認め合った。
私はこのアンの平凡な人生から、人や物事を疑わない人の気持ちを初めて知った。そして、平凡を幸せだと思える感覚も学んだ。
心身の健康に関することを学び始めてからかなり改善されたものの、小さい頃から私は疑うことしか知らない人間でした。
常に疑い、何か裏があるのでは?自分が損をするのでは?という思いが拭えなかった。常にその気持ちがまとわりついているのだから、当然心は安定しませんでした。だから、疑うことないアンの人生、アンの感覚を体験して「こんなにもマイルドで調和的で穏やかな境地があるんだ」ということに驚きました。
そして私は何かと「人とは違うことをしたい、面白おかしく生きたい」という自我(エゴ)があったのですが、そんなに面白おかしくなくてもいいじゃないということも学びました。アンの人生を通して、自分の生き方や在り方、マインドそのものを見直す機会になりました。
更にアンに対し「自分の人生で心残りなこと、琴音さんに伝えたいことはありますか?」と問う。全部出し切らせてくれる問いかけに、先生さすがだなぁと痛感。
アンは概ね自分の人生に悔いはないが、強いて言うなら「もう少し何かに熱中したり、本気で仕事をしてみたかった」と言っていた。更に「だけどそれを琴音に課せてしまうと、彼女はそれを果たそうとするから、もしも何かが見つかったら熱中してみるといい」と言っていた。
こうやって振り返って書いていて思うのですが、もしかしたら私の魂が「次は平凡じゃない道を歩んでみよう!」と思ったのかもしれないなぁと。
聞くことはしっかり聞いたので、アンにお礼を告げ、お別れをしました。
その後、このアンの人生を通して学んだことを今世の未来にどう活かしていくか?を確認しに行きました。(未来を確認する技法があるのです)
私が選択したのは3年後の未来。
一番最初に見えたのは、リンゴを切っている場面。そのリンゴを今と変わらない家族と一緒に食べていました。
そのときの私は白いゆったりとした服を着ていて、今よりもより穏やかな感覚。パートナーは今以上にもっともっと穏やかそうでした。
未来を軽く確認した後、最後に中間世で何かしたいことはありますか?と問いかけられる。「誰か会いたい人がいれば、呼ぶことができます」ということだったので、私は昨年の1月に亡くなった祖母を呼んでもらいました。
小さい頃から10代まで一緒に暮らした祖母。
長年、お得意様に着物を販売するゴリゴリの営業マン、山が大好きで山に行っては山菜やきのこ採りを楽しんだり、早朝から畑に行ったり…とにかくパワフルばあさんでした。
今回は悲嘆療法ではなかったので深くはコミュニケーションを行わず、とりあえず今までのお礼を伝えたく呼び出しました。(悲嘆療法は亡くなった方とのコミュニケーションを図るヒプノセラピーの一種です)
細かい部分は端折りますが「たまにそばにおるから、とにかくご飯を食べて健康におってください」とのこと。3食ちゃんと食べなさいとも言われました。笑
祖母とのコミュニケーションが終わり、一番最初にイメージをしたお花畑に戻り、改めて振り返りを行い、セッションは終了。
セッションが終わったら、zoomで参加していた他の受講メンバーの方の1人が号泣していて…私のセッションを聴いているうちに、自分もセッションされているような気分になって今まで蓋をしていたものが全て出てきた…と。
私よりも号泣していた様子だったので驚きましたが、潜在意識は共鳴することがあります。改めて、このセラピーの凄さ、そして先生の腕の凄さに驚きました。
アンの人生を通して得たものは沢山ありました。
1人の人生を追体験しているわけだから、学んだことや感じることはそう簡単にまとめられないし、正直表現することも難しい。だけど私の中で確実に動くものがありました。
その時にすぐ気付いたこともあれば、数日経った今気付くこともある。じわじわと内側からの後効きがあるのがヒプノセラピーの特徴のひとつかもしれません。
だいぶ長くなったうえに文章としてまとまっているか危ういのですが、Kotoneの前世体験のひとつとして記します。
ヒプノセラピーは、はっきりと見えることもあればあまり見えないこともある。聴こえることもあれば体感覚で感じることもある。においで感じることもある。内側から込み上げる感情で感じることもある。セッションが終わってから、脳をフル回転させていたことがよく分かる。
そして、これが本当の前世か否かは誰も証明できない。だけどこの体験を通して、大きな気付きがあり、癒されたことだけは事実。これが前世療法です。
12月辺りぐらいかな、前世療法のモニターセッションのご提供を開始します。ご興味のある方はぜひ楽しみにお待ちください。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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