日本の漫画は世界のMANGAになれると確信した日
皆さんこんにちは、漫画原作者の星野です。
まずはこちらを御覧ください。
9位にランクインした直後に書いたのでテンションがおかしい
2021/5/10、合同会社Enmakuが作った『Ninja World1』が、米AmazonのKindleランキング、短編コミック&グラフィック・ノベル部門でトップ10入り(9位)を果たしました。いったいこれがどんな意味を持つのか、私たちがどんな目的で『Ninja World』シリーズを作ったのかを説明したいと思います。
その前に
本日(5/15)、『Ninja World2』日本語版が発売開始です。今日から一ヶ月、オープニング特別価格99円で販売しますので、ぜひご覧になって下さい。予めお伝えしておきますが、日本の読者はやや違和感を覚えるかも知れません。なぜならこの作品は日本の読者をターゲットにしてないからです。それも含めて色々と示唆するものを感じてもらえれたらいいな、と思います。
前史を駆け足で
本来なら、私がいつからこのプロジェクトを始めたのか(2016年)、最初から忍者モノだったのか(最初は中東向けSF漫画)、どんな国をターゲットにしてきたのか(中東→インドネシア→アメリカ等)、どんな失敗をしてきたのか(最初に誘われた企画は詐欺同然→次は日本企業をスポンサーになってもらおうとしたがナシのつぶて→全額自己出資を決意)、いくらくらい使ったのか、なんてことを延々と綴ろうかと思いましたが、そんなのうんざりですよね?実はその中に沢山のヒントがあり、それら失敗の数々があるからこそ今があるのですが、あまり脇道にそれすぎると本質が見えづらくなるので、これはいずれマガジンで書こうと思っています。
『Ninja World』シリーズの特徴
『Ninja World』シリーズ(以下、NW)の特徴は、簡単に言うなら
・横書き、右進行、フルカラー
・対象国を舞台とし、登場人物も対象国の人物
・そこで日本のNinjaが活躍する
の3つです。一つ一つを解説したいと思います。
<形式の重要性>
日本の漫画は、縦書き、左進行、パートカラー(表紙や目立たせたいページをカラーにする)です。それに対して西欧のアメコミやバンド・デシネは横書き、右進行、フルカラーが主流です。色々違いますね。
それはどちらが優れているとかではなく、単に外国の人にとって日本の漫画はとっつきにくい、ということを意味しています。これについては以前から議論があり、「日本の漫画が海外に合わせる必要はない」「下手に媚びるとロクな作品にならない」といった意見も見受けられます。驚くことに外国人の中にも「縦書きモノクロが日本の漫画であって横書きは本当の漫画ではない」という生粋の漫画オタクがいるようなのです。ここまで来ると立派ですが。
『NINJA WORLD1 USA:1』が発売された時に、アメリカの「the pullbox」というサブカルサイトに書評が載りました。
興味のある人はじっくり読んでいただきたいのですが、この中に今回の形式問題について触れてくれている部分があります。冒頭部分、ここにまさに私たちが目指したことに対するアンサーが書かれていました。
ー以下、引用ー
そう、あなたはずっとマンガに興味があったけど、なかなか馴染めませんでしたよね?日本の漫画のストーリー展開と、西洋の読者向けにまとめられた漫画との間には、多くの違いがありますよね。確かに言葉の壁はありますが、コツさえつかめば、シェークスピアを読むように、比較的簡単なことです。欧米の読者にとっての最大の課題は、文化の違いです。日本のクリエイターが日本の読者のために書いたものを、そのまま英語に翻訳して読むのは大変なことです。
Enmakuが制作したNinja Worldは、日本のクリエイターが欧米市場に向けて配信することを意図して書いた物語です。つまり「漫画」の解釈や知識を必要とする物語ではないということです。確かに、幾つかのぎこちなさは残っていますが、それは些細なことです。むしろ「もしも忍者が今も世界で活躍していると仮定したら、どこにいるだろうか」という疑問を投げかけてくれる、楽しいコミックなのだ。
www.DeepL.com/Translator(無料版)で翻訳しました ー引用終わりー
I knew it!(知ってた!)そうだろうと思っていました。
この筆者は、日本の漫画をそのまま読むことは、例え翻訳してあったとしてもシェークスピアを読むくらいには大変だ、普通の人が気軽に手にとって読むことは相当に難しい、と言っています。
だから私たちは、一つ一つの障壁を取り除くことを心掛けました。『Ninja World』シリーズは日本から世界に対するグリーティング(挨拶)です。とびきり読みやすく、現地ローカライズして、世界でも人気の高いNinjaを主人公とする話です。
対象国に対するマインドと準備
形式とは別に、私たちは対象国を出来るだけ調査・研究し、文化的な慣習を学び、タブーや禁忌に触れないかどうかをチェックし、相手の文化を尊重することを心掛けています。現地に足を運び話を聞き、肌で感じ……ることが理想ですが、今はコロナ禍によりそれもかないません。幸い今はネットがあります。グーグルストリートビューによるロケハン、現地の人に対するヒアリング、旅行記やブログで勉強することも可能です。あとは想像力…実を言うと漫画に大切なのは現地を訪れること以上に想像力を働かせることだと思います。それができるから宇宙を舞台にした壮大な話も、空想上の生き物同士を闘わせる話も、異世界に転移した話も書けるのです。
ただ、現実の国を舞台にする際には、その国に対する敬意を忘れないで欲しいと思います。なぜわざわざこれを書き記すかというと、今後同じように後に続いてくれる方が出てきてくれると思う(思いたい)のですが、「売れればいい」みたいな雑なアプローチをして不十分な準備で臨むと、どこかでやらかす可能性が高いと思います。特に宗教的な慣習の違い、人種やLGBTQの扱い、その他、対象国による諸事情は充分に考慮する必要があります。ネイティブによるチェックが必須だと思います。
活躍するNinja:作品の魅力
いくら形式にこだわり、現地調査を周到にしたところで、肝心の漫画が面白くなければ話になりません。魅力的なキャラクターやストーリー展開ができなければ、読者はすぐに離れてしまいます。ここについてはちょっとだけ歯切れが悪くなります。なぜなら、そんなことは誰もが分かっていて、分かっているからといってヒット作を作れるものではないのが創作物だからです。
『NINJA WORLD1 USA:1』の作画はnobitaが担当しています。nobitaは私が声を掛けた時は筆を折る寸前でした。
私がnobitaを作画に選んだのには幾つかの理由があります。
・絵柄が日本の漫画っぽくなくて無国籍風
・アクションの見せ方が上手くて一連の動きが立体的に見える
・キャラが背負っている人生が見える(気がする)
私が最初にnobitaに注目したのは、こちらの 「赤いサイリウム」
そして「賽」を読んで発注を決めました。
話してみて驚いたのですが、nobita本人は絵柄をアメコミに寄せるつもりも日本の漫画の潮流に合わせるつもりもなく(というか出来なく)、非常に独自性の強い作家でした。私は天才だと思いますが、世間は往々にして天才を理解しません。むしろ自分の側に(つまり売れる作品になるように)コントロールしようとします。nobitaはそういう状況、もっといえば日本の漫画界と折り合いがつけられずにもがいていました(今もかも知れません)。
nobitaにとっては私も発注主の一人で、『NINJA WORLD1 USA:1』を仕上げるのも相当大変だったと思います。でも彼は折り合いをつけてやり遂げたし、結果も出してくれました。
この先、nobitaと続きが描けられたらいいのですが。
チーム制
私たちは、日本の漫画には珍しくチーム制を取っています。基本は原作者と漫画家がコンビを組み、原作は原作班全員でクロスチェックを行い、ストーリーについてもですが文化慣習に合っているかどうか、禁忌事項に触れていないか等をチェックします。上がってきたネームや原稿のチェックも全員で行います。正直、これでも充分とは言えない部分もあります。
販路について
作品が出来ても、販売ルートを確保できなければ仕方ありません。
これまでの計画がことごとく頓挫してきたのも、販売ルートが確保できなかったからという理由が大きいです。個人としてKDP(Kindle Desktop Publishing)を使うという方法もあるのですが、その場合、他のストアの開拓は一つ一つあたらなくてはならなりませんし、企業と比較して宣伝力が著しく低いこと、などがあり、なかなか成功への道筋が描きにくくなります(できないとは言いません)。
今回、『Ninja World』シリーズは取次として電書バトさんにお願いしております。
実を言うと、今回佐藤秀峰さんの取り計らいで、新たに海外販売ルートを開拓していただきました。佐藤さんのご支援抜きでは本プロジェクトは実現していません。ここに至る道も相当に大変だったと思うのですが、ここでは割愛します。私も知らないことが多く、いずれ佐藤さんにお話を聞きたいと思っています。一連の佐藤さんの活動を拝見して(メールでのやり取りですが)、佐藤さんはずっとこうして一人で闘ってこられたんだろうな、と推察されます。日本社会では個としての活動することの難しさを実感します。これも今回の話とは別テーマなので別の機会に語りたいと思います。
私たちは何を作ったのか?
今更ですが、結局のところ私たちは何を作ったのでしょうか。日本の漫画の翻訳ではありませんし、もちろんアメコミでもありません。西欧のスタイルにチューンした、現地ローカライズを目論んだMANGAとでもいうべき何かです。いや、単にMANGAでいいのかも知れませんが、そういうカテゴライズはもっと広い意味で使われているように思いますし、名称については今のところ保留にしたいと思います。一つ言いたいのは、日本の漫画の技術は相当高いレベルにあり、しかるべき所にしかるべき形で置いてあげれば、充分に世界に通用する、ということです。
幾つかの数字
ここでちょっと目線を引いて、日米の市場規模を見てみましょう。
まずは日本から。データはこちらからお借りします。
「2020年のコミック市場は紙も電子も単行本が伸びて史上最高規模に。しかし、紙の雑誌は低落が続き、危機的状況。鬼滅の刃の無い2021年はどうなるのか」
(ブログ『情報中毒者、あるいは活字中毒者、もしくは物語中毒者の弁明、作者はsoorceさん)
(引用元の基礎データは『出版月報』2021年2月号、特集「コミック市場2020」に掲載されたデータなどより)
2020年コミック販売金額
日本の2020年の漫画市場は、雑誌約627億円、単行本約2,079億円、電子書籍(雑誌+単行本)約3420億円(雑誌+単行本)です。
全体の販売金額は、紙は雑誌・単行本計で13.4%の増加(対前年比)。
電子は31.9%の増。
全体で23.0%の増。
非常に好調に見えますよね。
対するアメリカはどうか。『アニメーションビジネス・ジャーナル』(2020/7/13) に掲載された「北米コミックス市場が過去最高の12億ドル超え、一般書店販売が専門店を逆転」によると
*(引用元のデータは「ポップカルチャービジネス情報ICv2とコミックス出版マーケット情報Comichronが、2020年7月10日に明らかにした」とある)
2019年の北米コミックス市場は12億ドル1100万ドル(約1300億円)、前年の10億9500万ドル比で11%増、過去最高水準を更新した、とあります。その一方で電子書籍は9,000万ドル(約98.5億円)に過ぎません。
*ただし、上記の調査には「アマゾンの月額サービス「Kindle Unlimited」や少年ジャンプ作品が定額課金で楽しめる「The Shonen Jump app」やサブスクリプション型のサービスを含んでいない」とあります。本当はここが一番大きなボリュームだと思うのですが…。
日米のマンガ市場を比較すると、日本はアメリカの約2.6倍、電子書籍に限っていえば34.7倍です。日本では電子書籍の市場が急激に伸びているが、アメリカではむしろ減少しているように見えます(本当は違うと思いますが、裏が取れていないのでここでは名言は避けたいと思います)。
むしろ肝心なのは、人口1.27億の日本では月に1,000冊を超えるコミックスが発売され、それに加え雑誌とWeb漫画、アプリ漫画などが加わり既に超飽和状態のレッドオーシャンであること(とても読み切れる分量ではありませんよね)、対して人口3.21億のアメリカのコミック市場は日本の1/3程度、電子書籍については(額面通りに受け取るならば)2.8%しかないブルーオーシャンであることです。
これを、アメリカには成長の余地がないと見るか、伸びしろが大きいと捉えるかですが、私はもちろん後者です。
劇場版「鬼滅の刃」が全米でヒットしたというニュース(これは本当に朗報)で明らかなように、アメリカ人の日本の漫画やアニメに対する熱は明らかに高まっています。Netflixの影響も強いでしょうし、どうやら日本の漫画は大人が読むに耐え得るものだ、という認識も徐々に広まっている…というか、ここを広めてゆくことだ大事だと考えています。
本当は今後電子書籍で勝負できる、という公開したい幾つかのデータがあるのですが…自分たちの電子書籍がどれくらい売れたかは、半年先でないと分からないのです。適当なことは言えないし、企業秘密の部分でもあるので、ここでは割愛します。どうしても奥歯に物が挟まった言い方になってすみません。
海外マーケットについて
今回、『NINJA WORLD1 USA:1』がアメリカをターゲットにしているのでアメリカ市場のお話を主にしましたが、AmazonのKindleは世界25カ国で販売されています。
Kindle販売対象国
アメリカ合衆国、 英国、オーストリア、ドイツ、リヒテンシュタイン、ルクセンブルク、スイス、 フランス、モナコ、ベルギー、スイス、アンドラ、スペイン、 イタリア、サンマリノ、バチカン市国、 日本、オランダ、ブラジル、メキシコ、カナダ、インド、オーストラリア、ニュージーランド、他。
市場としては人口の多いブラジル、インドは魅力的ですし、漫画に理解がある国としてはフランス、スペイン、イタリアも有望です。一つのプラットフォームでこれらの国すべてに届けられる時代に生まれたありがたさを実感します。
スマホの普及とともに電子書籍市場はこれからも伸び続けるでしょうし、勝負を仕掛けるタイミングとしてはまだちょっと早いかな、くらいだと思います。
お金の話
漫画制作にはお金が掛かります。今回は最短距離を最速で実現するために全額を私が出資しました。
ちなみに、漫画家さんにはページ単価15,000円+カラー化2,000円で@17,000円の原稿料を、原作者には同@5,000円の原稿料をお支払いしています。本当は雑誌等に掲載される訳ではない描き下ろしなので原稿料は発生せずに印税だけでもいいみたいですが、さすがにそれでは保証がなさすぎるだろうということでこの金額にしました。世界で勝負する以上、これくらいは払えないならやらない方がマシ、という私の意地でもあります。これがのちのち自分の首を締める結果になるとは…とはならないように頑張りたいと思います。
これから先のこと
『Ninja World』シリーズはここから先、日本編、メキシコ編と続いてゆくのですが、できればEU編、アフリカ編、インド編までがんばって地球を一周したいな、と思っています。もっと言うなら人口の多い国から順番に、世界各国すべての国にNinjaを派遣して、それぞれの国でシリーズ化したいくらいです。
漫画はアニメや映画と比較すればすこぶる低予算、最小限の人数、短期間で作ることができるすぐれたメディアです。つまりフットワークが軽くて小回りが利く。この利点を活かして臨機応変な展開をしてゆきたいと考えています。
また、個人で出来ることの限界も見えてきたので、いずれ協力してくれる人も募集したいと考えています。今はまだ準備段階ですが…。
『Ninja World』シリーズをなんのために作ったのか
ようやくここまで辿り着けました。今の漫画業界は、漫画家や漫画原作者にとって生きやすい場所でしょうか。
soorceさんの表をもう一度見てみましょう。
上のグラフの赤の部分、雑誌の売上がほぼ毎年同じペースで下落しているのが分かると思います。この現象は実はもう25年続いていて、雑誌の販売部数は最大時の13%程度(銘柄数は約半減)とのことです。
漫画の発表の場としての雑誌が減少するとどうなるか。苦労して連載を勝ち取ったとしても単行本が売れなければ即打ち切り、そうならないために流行に乗った絵柄と売れ筋のストーリーを作る…そんな話をよく聞きます。しかしこれが厳しい話で、いまや日本の漫画は層が厚く、様々な絵柄で多様なテーマを描く個性豊かな漫画家さんが大勢居るのに、その時その時の売れ筋ばかりが求められ発表の場失われてしまうのです。
しかし世界を相手にする時はどうでしょうか。これまでの経験から、日本で人気のある絵柄が受けるとは必ずしも限りません。国よって好まれる絵柄もテーマも違います。そこにチューンするにはまた別の努力が必要ですが、その苦労を厭わない人であればチャンスを見出だせるかも知れません。
世界のエンターテイメント業界は大きく動いています。日本はどうでしょう。結局のところ、誰かが踏み出さない限りは何も変わらないのです。私たちの一歩は小さな一歩ですが……いや、やめときましょう(笑)。
これまで、主にオフラインで「実は世界に向けて漫画を作ってて…」みたいなことを言ってもどこか嘘臭いというか、自分で自分をどこまで信じていいのか分からない部分がありました。大企業で活躍している人に話を聞いてもらう機会もありましたが、大抵は広告宣伝費に数千万掛かった、とか、まずは現地駐在員を作ってマーケティングを…みたいな話をされ、その度に落ち込んだものです。多分それはそれで正しいのですが……時代はとっくに変わっているのだと思います。
仮設を立て、実行し、検証する。一連の作業を抜けてファースト・シーズンが終わった今、色々なことの輪郭がくっきりと見えて自分たちが間違っていなかったという確信を得つつあります。
そう、「日本の漫画は世界のMANGAになれる」のです。
<追記>
『Ninja World』シリーズが未来なら、『解体屋ゲン』は私のすべてです。建設業界に留まらず、日本社会が抱える諸問題を労働者目線で掘り下げ、エンタメ化し、解決してゆきます。現在連載900回を超え、ここからさらに面白くなること間違いナシです。
ひょっとしてこの記事ではじめて『解体屋ゲン』を知ってくれた人も居るのでしょうか。もしよかったらこちらをご覧下さい。何本か無料で読めます。
よろしくお願いします。
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