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『シームレス』2巻発売記念 特別対談第3回 ヒロットヨン × 星野茂樹

みなさん、こんにちは。
『シームレス』2巻の各電子書籍ストアでの発売を記念して行われる対談も、はや第3回。今回は私の諸事情で公開が遅れてしまいましたが、今回も『シームレス』の内容に即して…いや内容に一切触れずに話は進んでゆきます。何故そうなったのかも含め、お楽しみいただければと思います。

第1回、第2回はこちら。

それでは、お楽しみ下さい!


・はじめに

星野  さて、早くもやって参りました対談の第3回です。

ヒロットヨン  早いですね(笑)よろしくお願いします。

星野  これが困ったのが『シームレス』2巻は、何を言ってもネタバレになっちゃうんですよね。

ヒロットヨン  自分でもなんでこんなネタバレできないの描いてしまったんだと今になって思います。シームレス2巻、自分からは作品の説明できない…読んでくださいとしか言えないですね(笑)。
どうしましょうか?

星野  なので今回は趣向を変えて「漫画の構成と音楽の関係について、あるいは物語の構造とは」を語りたいと思います。風呂敷を大きく広げております。

ヒロットヨン  面白そうですね!そういうこと語り合うことってなかなか無いからワクワクします。

星野  そうでしょうとも(笑)。というのも、ここまでの対談を読み返してみて、ヒロットヨンさんは物語の構造をかなり意識されてるんじゃないかと感じるからです。順番を入れ替えたり、一見別々の話でも通底する部分があったり、敢えてそれを隠したりする。

ヒロットヨン  そうですね、かなり意識してます。たまに読者と対決してるような感覚になるんです。言い方悪いですけど、ここで読者は騙されろって思いながら描いたり。面白いと思わせる仕掛けは常に考えてますね。

星野  読者は騙されろ…私にはない発想です(笑)。でも最近、騙されるあるいはひっくり返される快感に目覚めた気がします。

ヒロットヨン  実際に人を騙すのは駄目だけどエンターテインメントとして騙すのはありですよね。

星野  そうですね、気持ちよく騙してあげるのは大事なテクニックだと思います。例えば音楽ならAメロBメロサビ、物語でも起承転結や序破急みたいな定型があり、その上で敢えてそれをズラそうとする場合もある。ヒロットヨンさんは物語を進めるに当たってそうした構造を意識されていますか?

ヒロットヨン  定型的な構造は全く意識しません。決めてるのはゴール(エンディング)と通過しなければいけないポイント数点だけです。昔、担当にも起承転結とかよく言われましたけど、デビュー作はそういうのを意識してない勢いだけで描いた作品でした。起承転結や序破急、5W1Hとか意識すると途端に駄目になるんです。描いてて楽しくなくて…。

星野  型にハマったものは作りたくないんですね。

ヒロットヨン  登場人物の演技や脚本に縛りをつけてしまう状態になってアドリブが効かなくなるんです、こいつらわざとらしくて面白くないなぁって。野放しでゴールに向かってもらった方がいいんです。山登りするように気持ちが変化していって自然な感じがします。でも普通に山登りしても退屈でつまらないからトリッキーな構造を常に考えてしまうのかもしれません。


星野  なるほど定型の構造は無視する代わりに、読者を楽しませたり騙したりするための構造を作るんですね。迷路やパズルを作る感覚に近いんでしょうか。

ヒロットヨン  そうですね、全体像がきっちりあって全部パズルのピースのようにバラバラにします。最終的に全てのピースがはまるのであとは配置をどうすれば面白くなるかを考えています。漫画より映画の方がこういう手法が多い気がします。

・ルイス・コールの構造と魅力とは

星野  ときに、ヒロットヨンさんと私に共通する好きなミュージシャンにルイス・コールがいます。

Not Needed Anymore - Louis Cole

星野  ルイス・コールも非常に構造のことを考えている…一人で全パートを担当することも多いので当然そうなるでしょうが…と思うのですが、私がルイス・コールを好きな理由の一つに、ロジカルを突き詰め過ぎて逆にエモい、という点があります。ヒロットヨンさんはルイス・コールをどう見てらっしゃるのかを知りたいです。

ヒロットヨン  いっけん、オーソドックスな曲に聞こえるんですけど星野さんの言う通り、全パート生演奏も打ち込みもやる人だから論理的だしジャンルレスなんですけど芯がちゃんとあるところが好きですね。やりたいことがたくさんあるんだろうなぁって。MVはふざけてるところもいいですね。

星野  超真剣にふざけますよね。でもお金を掛ける方向ではなくアイデアを突き詰めてゆく。この辺りが非常に現代的…あるいはアフターコロナ的な感じがします。

ヒロットヨン  音楽って年齢重ねるとあまり新鮮さを感じなくなってきて新しいアーティストを見つけようとしなくなるんですけど最近の人ってすごいアップデートされてますよね。元々アップデートされた人達から影響を受けてアップデートしていってる感じがするんです。進化のスピード感が違う。最近の音楽、面白いですね。

・ヒロットヨンさんのMVについて

星野  音楽は(サブスクやコロナ禍といった)収益的な逆境で追い詰められて、却ってものすごい反動のパワーが出ているようにも思います。ヒロットヨンさんはご自身も音楽をやられてるんですよね。MVも音楽もご自身の作だとか。

ヒロットヨン  はい、漫画家を諦めたあとは高校の時の同級生と組んでバンドしてました。改めて思い返すとやりたいことやらないと気が済まない性格なんですかね(笑)。今でこそ当たり前になってますけどデジタルの楽器と生楽器を融合させた当時はあまりいなかったバンドだったかなと。クラブとライブハウスの住み分けがはっきりしてた時代、変に敵意識があるような(笑)。くるりが打ち込みでダンスミュージックを取り入れて「これはロックか?ロックじゃないか?」みたいな論争があった時期だったと思います。今ってすごい自由ですよね。

星野  すごくいいですね。こうしてセルフプロデュース出来るのも今の時代っぽいです。デジタルとアナログの融合…はどうでしょう。YMOもライブバンドとして有名でしたし、一方ではスティービー・ワンダーがサンプリングキーボードの開発に関わっていたりと、私の中のイメージはかなり初期から人間臭い感じです。

ヒロットヨン  その後、小室サウンドの流れになるんで割と長い間、分断されるんです。全部デジタルでできちゃうから融合しない、融合させる必要がなくなる状態に…。だからどっちも融合したライブバンドって当時少なかったんです。それこそYMOやニューオーダーみたいなことをやりたかったんだと思います。

星野  なるほど、時代の変遷がありますね。そういえばデジタル全盛期にはアナログ的感性が軽んじられていたように思います。

・星野おすすめ動画

星野:
話は変わりますが、私が高校生の時に衝撃を受けて椅子から転げ落ちた映像を見ていただきたくて。この映像の最初の20秒くらいなんですが。

映画『ブレイクダンス』のワンシーンより

星野  何に衝撃を受けたかって、その物語性と登場人物の属性と音楽とがバシッと決まって、すべてが完璧に収まっていることです。つまり…
・黒人の少年は深夜のリカーショップでバイトしている(落書きだらけの壁を見ても危険なエリアの貧困層であると暗示される)
・店の前の掃き掃除では入り口の横に置かれたラジカセから音楽が流れ、いつもこうして練習しているだろうことが想像できる
・流れている音楽はクラフトワークの「ツール・ド・フランス」で、そもそもブレイクダンスに何の関係もない(激しい息遣いは掃除ではなくロードレースのそれ)←後で調べて知りましたが
「なるほど!ブレイク(してリミックス)するとはこういうことか!」と当時目からウロコが何百枚も落ちた気がしました。
非常に作り込まれた起承転結を持つ、今となってはオールドスタイルの表現です。現代のルイス・コールと比較するとその違いが明確に分かる気がします。

ヒロットヨン  確かに内容がハッキリしてて違いますね、すごく面白い動画です。出だしの絵だけで「黒人の少年、箒、貧困層」あたりの情報は目で入ってきます。こういう見せ方って漫画でも大事ですよね。何度も見てみて色々考えてたんですけど、時代背景はわかりませんが「ツール・ド・フランス」を使用するのって当時としては革新的だったのではと想像しました。星野さんの感想からそれこそ黒人の文化や音楽を壊してると議論されそうな感じも受け取れます。でもこれによって視聴者はアップデートされた瞬間かもしれません。


・ヒロットヨンおすすめ動画

ヒロットヨン:星野さんがそう来るとは思ってなかったので僕からも見てもらいたい動画を(笑)。
僕が大学生の時、転げ落ちたMVなんですけど。

Prefuse 73 : The End of Biters - International (2004) 

今となっては一般的な手法なんですが「ボーカルチョップ」という手法を発明した人で、ラップをサンプリングでズタズタに切り刻んでリズムトラックや音色、楽器の一部として使用してるんです。ラップってブラックミュージックの中で歌詞(内容)が一番重要な要素なのでやっぱり議論になったそうです。でも彼はヒップホップ愛が根底にあるからこそ壊して再構築したんだと思います。映像に「RESET」の文字がチラッと映るんですけどルーツを大事にして新しい何かを創造したかったのかなと。作品の内容ありきですけどこういうことやってのける人が好きですね。
漫画制作でも壊したがるという意味では影響を受けてる気がします。

星野  とても面白いです。いつの時代も常識や慣習を壊して新しく作り上げる者がいて、でもそれは過去の文化を否定する訳ではなくて、ルーツをよくよく吟味して愛情を持ってぶっ壊すと(笑)。

ヒロットヨン  矛盾してますよね(笑)。でも漫画でオマージュする時も愛情って一番大事ですよね。一歩間違うと失礼になってしまうから。

星野  ルイス・コールも10年位前にマイケル・ジャクソン「P.Y.T. 」やダフト・パンク「Get Lucky 」のカバーを演っていますがとても愛情を感じます。「解体屋ゲン」でもよく「次へ進むための解体」というセリフを使います。新しいものを作るためには、いったん壊して更地にしないと次へ進めないんですよね。

ヒロットヨン  いい言葉ですね。残る、残すことも大切ですけど新しいことには挑戦したいですね。

・時代性と音楽、あるいは漫画について

星野  翻って最初のルイス・コールの「Not Needed Anymore」ですが、リズムはスニーカーで床を叩く音のみ、あとはアコギとコーラスの多重録音と、先祖返りしたようにも見える。それが新鮮に感じられるというのはどういうことでしょう?流行は繰り返す的なことなのか、音楽の普遍性はいつの時代も変わらずにそこにあるのか…。

ヒロットヨン  確かに新鮮に聞こえますよね。普遍的なことは残しつつですがこういう曲の場合、足踏みってリズムのテンポを測ってるだけでリズムトラックとしての役割は薄いと思うんです。でもこの曲スニーカーの音すごくデカいんです。ミックスのバランスでも一番前にきてる(主張してきてる)と思うんですけどアコースティックの曲だと足踏みは一番後ろでコツコツ鳴ってればいいと普通は思います。でもクラブミュージック並みにデカい(笑)。打ち込みもやる人だから自分が気持ち良いと思う質感にしてる、感覚でやってるのかもしれない。でもそれが時代にも合ってるしアップデートされてる感じもします。

星野  なるほどー、そうした技術解説をしてもらうと確かに今の技術の今の音なんだな、と分かります。本来ドラマーでもあり打ち込みにこだわるルイス・コールがスニーカーの音にこだわるというところにも変態的な(ほめてる)こだわりを感じます。

ヒロットヨン  スニーカーって普通こんな音しませんもんね(笑)。

星野  ですよね(笑)。漫画においても、かつてないほど急速に変化してゆく時代の中で自分を見失わずにいる一つの方法は、自分のこだわりを徹底的に追求することなのかな、と思います。

ヒロットヨン  うん、うん、そうですね、難しいんですけどね。人の反応や評価も気になりますから。でも読者を喜ばせることとは別にちゃんと持っておきたいですね。やりたいことや伝えたいことはとことんこだわった方がいいと思います。

星野  今回ヒロットヨンさんと話していて分かったのは、お互い既存の枠組みを打ち壊そうという意識(というか嗜好?)があるということ、でも表現においては私はオールドスタイル(起承転結を意識しますし)、ヒロットヨンさんは意識的にズラしてゆくということでしょうか。

ヒロットヨン  そうですね。最初の対談の方で星野さんと僕はアプローチの仕方が全く違うとおっしゃってました。この回でその理由がよくわかったような気がします。根底にあるものは同じだけど表現方法で作品の作り方が如実に変わるんだなぁと興味深かったです。

最初はどうなることかと思いましたが面白いほど対比が出ましたね。今回の対談もありがとうございました。お疲れ様でした…と閉める前に大事なことを…。

シームレス2巻発売記念対談だったことをすっかり忘れてました(笑)。
今回の対談を通じてシームレス、解体屋ゲンを読んでもらえたらより深い味わいになると思いますのでぜひよろしくお願いします。

星野  楽しかったです。それでは次回、映画編をお楽しみに!(笑)




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