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CENTREとくらす日々 -ほうじ茶ラテ-

金曜日の新栄町。
夕暮れ迫る広小路葵の交差点は普段よりざわざわしていた。
ヤマザキマザック美術館の静けさに浸っていたせいか、なおさら反動を感じる。
新栄にはライブハウスが多いから、たまたま入場待ちの人が多いのかもしれない。うん、珍しいことじゃない。
きっと金曜だからイベントも多いんだろう。きらきらした表情で路上にいる人たちが、ちょっと眩しく映る。いいな。わくわくしてるんだろうな。
そんなことを考えながら人だかりをするする避けて歩いて、CENTREの灯りが見えるところまでたどり着く。
もう辺りは薄暗くなってきた。透明なガラスに包まれた店内は外からでもよく見える。
……あれ。すっごく混んでる。
ざわついているのは外だけじゃなく此処もだったとようやく気づいた。平日この時間帯は比較的空いていると思い込んでいたので、軽く焦る。
もしかしたら満席かも。
おそるおそる自動ドアに近づいた。
きっと「大忙しです」という状況だろうに、それを感じさせないスタッフさん達の空気。いつもより騒めきたつ店内。
ゆっくり足を踏み入れると、店長の中村さんがいつもの笑顔で迎え入れてくれた。
こわごわ座席を確認すると、いくつか空席があったのでほっとする。席がなかったら、焼きたてカヌレだけ買って退散するという選択肢が頭を掠めていた。でも、予定通りお店の中で過ごせそう。
あからさまに安心した姿を見て中村さんがちょっと笑う。ああ。今日も顔面が良い。
メニューを迷っていると、これから隣のライブハウスで有名なバンドがライブをするのだと教えてくれた。その入場待ちの人々で店内外ともにごった返しているらしい。きっとZeppでやってもすぐ完売するだろうバンド名に目が丸くなる。なんでまた、新栄で。いや、どこでやってくれてもいいんだけど。いいんだけど、もし今イートインできなかったら軽く恨んでいた。
カヌレ焼きたて日ということはLINEのお知らせでわかっていたので、迷わず注文。空腹気味だけど、今日はこれから外食の約束があるのでホットサンドは食べられない。
ドリンクはどうしよう。
普段ならアイスティ一択。しかし今日はとにかく外の空気が冷たい。
大体、服装を間違えてしまった。コートを羽織ってちょうど良いくらい冷え込んでいるのに、ベストタイプのアウターを着ている。袖がないからその分、当たり前に寒い。丈も短いし。グレーのワンピースにはこのアウターが良いと決めつけて、肝心の気温を確認しなかった自分を後悔する。
少し前まで半袖を着ていたなんて信じられないくらい、冬は早足でやってきた。そういえば名駅はもうクリスマスツリーが光っていたっけ。
あったかい店内で、あったかくてほんのり甘いドリンクが飲みたい。
カヌレも甘いから、甘味のないものにしようかと一瞬迷ったけれど、半日歩き回って冷えた体は温かさと甘さを同時に求めていた。

「ホットのほうじ茶ラテをください」
久しぶりの注文だな、と振り返る。最後に飲んだのは2月だったか、3月だったか。
ココアも捨てがたいけれど、今日はこっち。少し和な気分だったのかもしれない。昼間歩いた名古屋城の風景が頭の片隅で揺れている。

カウンターの隅っこが空いていたので、するりとおさまる。カウンターの端が好きなので気分も上昇する。
アウターを脱いで椅子にかける。
30%を切っているスマホを早速充電器に挿してあげた。どこに座ってもコンセントがある、だからどの席を選んでも大丈夫、という安心感。コンセント席が空いているかをいちいち確認しなくても平気。予定の中にこのお店が入っていれば、モバイルバッテリーは持ち歩かなくていい。
手帳、レシート類、今日見たアートのフライヤー、チケットの半券を取り出して並べる。
レシートを家計簿アプリにつけて、フライヤーの文章を読んでいるところで番号が呼ばれた。今日の番号札は6番。

カヌレとほうじ茶ラテ

いつの間にか隣に座っていた女性2人が、同じくカヌレを前にしている。
「わっ、これ美味しい!外のカリカリがいい!」
カヌレって美味しいんだねー、と喜びが漏れ出ている様子に「そうでしょう、美味しいでしょうよ、今日は焼きたてですから更にカリカリもちもちでしょうよ…」と謎の立ち位置で得意げになる。私が焼いてるわけでも売ってるわけでもないのに。
かく言う私も、ここでカヌレを食す前はそんなに好きなスイーツじゃなかった。
はじめて食べた時は、フォークでかっこよく切ろうとして全然上手くできなかった。
カリカリもちもちなので、どうしても綺麗に切り分けることができない。そのうち恥ずかしくなってきて、へたくそに切ったカヌレをそそくさと隠すように食べたんだった。
SNSで「正解の食べ方がわかりません」としょんぼり呟いた私に、CENTREはリプライをくれた。
『どんな食べ方でもOKです。フォークを突き刺してがぶっと召し上がる方もいらっしゃいますよ!』
そのお返事に「あっ、そんな感じでいいんだ」と気が楽になって以来、定期的に食べている。今では大好きなCENTREのカヌレ。時々コンビニや他のお店で買ってみても、やっぱりここのカヌレじゃないとつまらない。
今日も上からまっすぐにフォークを突き刺して、底の方からかじりついてやった。カリカリもちもちで、更に気分は上がっていく。
ほうじ茶ラテも飲もう。
熱いかな、とそろそろマグカップを傾けていく。ほうじ茶の香りがふわり漂い、次にラテの泡がやさしく触れる。
ちょうど温かく飲める温度のラテが口の中にはいってくる。
あ、やっぱり、すき。
おなかの中まで温かい温度が届いて、ようやく身体の冷えが消えていく。
フライヤーの続きを読みながら、手帳へ12月の予定を書き込む。
そういえば浜端ヨウヘイさんのライブチケット、まだとってなかったと思い出して申し込みする。
美術館チケットの半券を空いたページに貼ろうとしたけれど、手帳は近頃みっしり書き込まれて空きページがない。ひとまずポケットへ挟んでおく。
noteの記事を1本書き上げて顔を上げると、店内はいつの間にか静けさに包まれていた。
ライブが始まる時間を過ぎていたらしい。隣のカヌレのひとも、もういない。
スマホの待ち受けで時刻を確認する。待ち合わせまで少しゆとりがあった。もう少しゆっくりしてもよかったけれど、今から出ればギャラリーひとつ鑑賞できそうだと思いつく。
スマホの充電は63%まで回復していた。
荷物を片付け、残りふた口分のほうじ茶ラテをぐっと飲みほす。
私が立ち上がるのと同時に、正面に座っていたスーツの人もパソコンを片づけだした。この人も今から待ち合わせかもしれない。飲み終えたハイボールのグラスがたくさん汗をかいている。いいな。私もまたお酒飲みに来よう。
洗われるのを待っているグラスたちが、さっきまでここにいた人の多さを語っているようだった。
「ごちそうさまでした」
自動ドアを抜けて、完全に暗くなった街へ出る。
袖のないアウターはやっぱり寒かったけれど、体の中はまだほうじ茶ラテの熱を孕んでいた。

今日の注文:ほうじ茶ラテ・カヌレ
今日の読書:なし
今日できたこと:noteの更新

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