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「夕陽に揺れる、たった一言の勇気」
放課後の教室は、夕日の光に包まれて静まり返っていた。陽菜(ひな)は窓際の席に座り、机に広げたノートを眺めていたが、視線は校庭へと吸い寄せられていた。
そこには、翔太(しょうた)の姿があった。サッカー部の練習が終わり、仲間たちと笑い合っている彼。陽菜はそんな彼を見つめることしかできなかった。
「好きです」
その言葉を胸の奥で繰り返すたび、鼓動が早くなる。けれど、その言葉が口をついて出ることは一度もなかった。彼にどう思われるかが怖かった。拒絶されたら、もう二度と彼と話すことができなくなるかもしれない。それを想像するたび、彼女は自分の中の勇気を握りつぶしてしまう。
「まだ帰らないの?」
突然の声に驚き振り向くと、友達の美咲(みさき)が立っていた。
「うん、ちょっと宿題やろうと思って。」
陽菜は誤魔化すように微笑んだが、美咲は鋭い目で彼女の視線の先を追った。そして、陽菜の顔を見て、にやりと笑った。
「もしかして翔太くんのこと見てた?」
言葉に詰まる陽菜に、美咲はあっけらかんと続けた。
「好きなら告白しちゃえばいいのに。絶対大丈夫だよ、陽菜なら。」
「でも……もし断られたらって思うと怖いんだよ。」
陽菜の声はかすかに震えていた。それを聞いた美咲は少し黙ったあと、真剣な表情で言った。
「確かに、断られるかもしれない。でも、気持ちを伝えなかったら、きっともっと後悔するんじゃないかな。」
その言葉は、陽菜の心に静かに響いた。伝えられないまま終わるより、勇気を出して一歩踏み出すほうがいいのかもしれない。
翌日、放課後の校庭に立つ陽菜は、手のひらが汗でじっとりと濡れるのを感じていた。翔太は仲間たちと笑いながら歩いていたが、陽菜の姿に気づくと、少し驚いた顔で近づいてきた。
「どうしたの?」
いつもと変わらない優しい声に、陽菜の心臓は高鳴る。
「……あの、少しだけ話せる?」
翔太がうなずくと、陽菜は精一杯の勇気を振り絞って言葉を続けた。
「私、翔太くんのことが……好きです。」
空気が一瞬、止まったように感じた。けれど、次の瞬間、翔太は少し照れたように微笑んだ。
「ありがとう。正直、俺も陽菜のこと気になってた。」
その言葉に、陽菜は涙が溢れそうになった。胸の奥にずっと抱えていた想いが、夕焼けに染まる校庭にそっと溶けていった気がした。
夕陽が二人の影を長く伸ばしていた。その影が重なる瞬間、陽菜は初めて、自分の心の中にあった不安が消えたのを感じた。