「伝えたいけれど届かない、心の中の言葉たち」
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陽菜（ひな）はキッチンテーブルに座りながら、母親が夕食を作る音を聞いていた。母の手際よく鍋をかき混ぜる姿を見つめながら、胸の奥にある重たい気持ちが静かに沈んでいくのを感じていた。
「何かあったの？」
母が振り返り、声をかけてくる。陽菜は首を横に振ったが、母はさらに問いかける。
「最近、元気ないわね。学校で何かあった？」
陽菜は少し間を置いて答えた。
「別に。なんでもないよ。」
そう言いながらも、心の中では言葉が膨らんでいた。「実は好きな人がいるの」と言ってみたい気持ちと、どうせ理解されないという諦めのような気持ちが、交互に揺れ動く。
陽菜が母親に恋愛の話をすることは、一度もなかった。恋愛は、勉強や将来のための計画よりも軽んじられるものだと思っていたし、そんな話を持ち出す自分がどこか幼稚に思われる気がしてならなかった。
翌朝、陽菜はいつもより早く家を出た。秋の朝の空気は澄んでいて、近所の公園の木々が赤や黄色に染まっていた。その中を歩きながら、彼女は昨日の夕方のことを思い出していた。
放課後、サッカー部の翔太（しょうた）を校庭で見つけたときのことだ。彼が仲間と笑いながら練習する姿は、まるで別世界の人のように見えた。その距離を縮める方法がわからず、ただ見つめるしかできなかった。
「これ以上、この想いをどうすればいいの？」
その問いは、母親に相談することで少しでも軽くなるのかもしれない。それでも、心のどこかで、母はきっと「まだ恋愛なんて早い」と言うだろうという気がしてならなかった。
その夜、母親が夕食を作りながら言った。
「陽菜、最近どうなの？友達と仲良くしてる？」
その言葉に少し勇気を得て、陽菜は口を開いた。
「友達……じゃなくて、好きな人がいるんだ。」
母は驚いたように目を丸くしたが、すぐに優しい笑顔を見せた。
「そうなのね。それで、どうしたいと思ってるの？」
その問いに、陽菜はしばらく答えられなかった。どうしたいのか、自分でもわからなかったからだ。けれど、母親の優しい声に背中を押されるようにして言った。
「その人に、もっと近づきたい。でも……怖い。」
母は静かに鍋を火から下ろし、陽菜の隣に腰を下ろした。
「恋愛って、必ずしも簡単じゃないけど、自分の気持ちに素直でいるのが大事だと思うわ。もし話したいことがあれば、いつでも話してね。」
その言葉に、陽菜は少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
翌日、校庭で翔太と目が合ったとき、陽菜は小さく微笑んだ。それは、今までとは違う、少しだけ自信を持った笑顔だった。母親に背中を押してもらったことで、陽菜の心には小さな一歩を踏み出す勇気が生まれていた。
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