「窓越しの想い、届くまでの距離」
「揺れる心の窓越しに」
放課後の教室は、まばらな笑い声と椅子を引く音がするだけで、少しずつ静けさに包まれていた。陽菜(ひな)は窓際の席に座り、机に頬杖をつきながらぼんやりと外を眺めていた。
目の前に広がる校庭では、サッカー部の翔太(しょうた)が仲間とボールを蹴っている。夕日に照らされたその姿は、どこか楽しそうで、輝いて見えた。陽菜はいつもこの時間が好きだった。遠くから見るだけで、彼がどんな人なのかを想像する時間。
でも、それ以上のことは何もできなかった。
「どうしてそんなに悩んでるの?」
声に驚いて振り返ると、友達の美咲(みさき)が隣の席に腰を下ろしていた。彼女は陽菜と違い、どんなときも自信に満ちていて、好きな人にも堂々と接することができる。
「悩んでるって、何のこと?」
陽菜はわざと明るい声を出して言ったが、美咲はお見通しだと言わんばかりに笑った。
「翔太のことだよね?」
図星だった。陽菜は顔を赤らめて俯く。どうして美咲はこんなにも簡単に自分の気持ちを見抜けるのだろう。
「陽菜、話しかけてみたら? あんなに楽しそうにしてるんだから、きっと気軽に話せる人だよ。」
陽菜は小さく首を振った。
「でも、何を話せばいいかわからないし……迷惑かもしれないし。」
美咲は少し考えたあと、静かに言った。
「迷惑かどうかなんて、話してみなきゃわからないよ。それに、陽菜がどう思ってるかなんて、翔太はきっと気づいてない。だから、まずは素直に気軽なことから話してみたら?」
その夜、陽菜はスマホを握りしめたままベッドに横たわっていた。美咲の言葉を思い出すたびに、胸の中がざわつく。窓の外には月明かりが静かに差し込み、街灯の光が遠くでぼんやりと揺れている。
「話しかけるなんて、そんな簡単なことじゃないよ……。」
そう呟きながら、送信ボタンに触れるか迷っていた。
そのとき、スマホが震えた。画面には翔太からのメッセージが表示されている。
「今日の部活、校庭から見てたよね?」
陽菜の胸が高鳴る。まるで彼が自分の背中を押してくれるような気がした。小さな勇気が、心の中で芽生える。
「うん、楽しそうだったね。」
そう打ち込んで送信ボタンを押すと、胸の中にあった重たい石が少しだけ軽くなった気がした。
翌日、校庭で翔太が笑顔で手を振った。陽菜は、その笑顔にそっと微笑みを返した。少しずつでもいい。一歩ずつ、彼との距離を縮めていくことが、自分にとっての「進むこと」だと感じていた。
夕日に染まる窓越しに見る景色は、昨日とは少しだけ違って見えた。