はじめて手相占いに行った話。
占いへの誘い
「ねえ、占い行ってみない?」
突然、中学生の頃からの友人からこんなお誘いがあった。
「インスタグラマー気取りピクニック、やってみない?」「1年後の私たちに手紙書く会、しない?」など、いつもトリッキーなお誘いをするのは私の担当だった。そして友人Aちゃんはいつも「いいね、やろう。」と即答してくれる担当だった。
そんなAちゃんがお誘いをしてくれた。しかも占い…!?気になりすぎる…!!私は胸を躍らせた。
しかし問題発生。なんと私は、この子と結婚するんだろうな~などと思っていた大好きな彼氏と別れたてだったのだ。なんなら別れたその日の夜にそのお誘いが来たのだ。なんというタイミング…。
占い…行きたいけど行きたくない。「あんた逃した魚は大きいわよ!!!!」なんてことをどこかの母みたいなおばちゃまにズバリ言われたらその場で白目をむいてしまう。いやむしろ「そんなの自分でも分かってるわあーーーー!!」とグーパンチをくらわせかねない。自分とまだ見ぬ母の防衛のためにも、やはり行きたくない…。そんな悩みと葛藤し、「ごめん、私今は自分の直感とか心の声を大切にしたい時期なの。付き添いでもいい?」と、返信した。うう、ごめんAちゃん…。
すると、「その気持ちは絶対大切にした方がいいよ!占いはまた必要だと思える時にしよ!私は何かにただ縋りたかっただけなのかも…」という返信が来た。
あ、もしかしてなんかあったのかな?と、不安が胸をかすめた。え、やばい、Aちゃんにとって占いが必要なタイミングはきっと「今」なんだ。絶対Aちゃんは今行くべきなんだ。これは是が非でも行かせなければ…!
(この間0.1秒)
「うそうそ、ごめん!やっぱなんか助言欲しいや!別れたてだし!ついでに合う仕事も教えてもらいたいかも!行っちゃお!」
ということで、私は占いに行くという一大イベントを手帳に書き込むこととなった。
どのくらい本気のやつ?
さて、大好きな友を救うべく、占いに行くことを決めた私であったが、ひとつ気がかりなことがあった。それは、占い師と対面する=胡散臭い「占いの館」てきなところに行かないといけないのでは?ということであった。
どうしてもがっつり本気の占い師と対面して、鑑定してもらうことが怖かった。怖いというより、抵抗があったと言うべきだろうか。ズバリ的中されたらのめり込んでしまいそうだし、だからと言って的外れなことを言われたら「お金返してくれ…」となりそうだったから。
そこで我々は、「お手軽占い」にターゲットを絞り、占いの館っぽさがないところを探した。しかし、これが意外とないのだ。どうしても「いかにも」感満載な場所しかなかった。
そうか、占いに行きたい人は「占いっぽさ」をも求めるのか。いや、そりゃそうか。「っぽさ」もまたエンターテインメント、パフォーマンスなのか、、、と悟りを開きかけていたその時、Aちゃんの友人からとても有益な情報がもたらされた。
なんでも、「ご飯を食べるついでに、そこのマスターが手相をみてくれる喫茶店があるよ!」と言うではないか…!しかもその子は占い反対派だったのにすごく当たってびっくりしたという。まさに願ったり叶ったりとはこのことだ!これですよこれ、こんな占いを待ってました!
的中してたら「おお、マスターやるやん!」と嬉しくなるし、当たってなかったら「ま、ご飯食べに来ただけやし!」と言い訳ができる。実にパーフェクトである。ブラボー!と心の中でスタンディングオベーションをしながら、我々は速攻でそのお店に予約をいれた。
いざ手相占いへ!
ついに占いへ行く、いや、喫茶店に行く日がやってきた。私は少し緊張していた。自分がどんなことを言われるのか、不安だった。もし今、「この前別れたでしょ?その人逃したからもう結婚できませんねー」なんてことを言われたら間違いなく立ち直れない。私のスタンディングオベーションを返せと暴れてしまう。そうなることが怖い…。
ま、今日のメインは喫茶店でランチだもんねっ!しかも占い師じゃなくて相手はマスターやもんね!おっけーおっけー!いけるいける!と自分を鼓舞し、なんとかお店へ到着した。(紹介してくれたAちゃんの友達ナイスすぎる)
店内はいたってシンプルな喫茶店。にこやかな老夫婦が我々を迎え入れてくれた。どうやらこのお茶目な笑顔のおばあちゃんが料理担当で、隣の優しそうなおじいちゃんが占い担当らしい。お客さんは見るからに常連なおばちゃま一人。アットホームすぎて「ただいまー」と言いたくなるような雰囲気であった。
席につき、占いのことで頭がいっぱいなことをできるだけ隠すよう努めながら、私はカレーライスを注文した。
ランチタイムのカレーライスにはサラダや果物、ドリンクまでついていてとてもボリューミーだった。そしておいしい!ホッとする味だった。うん、これだけで今日ここに来てよかったと思えるぞ、と心の中でガッツポーズをした。
おじいちゃんによる占いーAちゃんの場合ー
食事を終えるといよいよ占いの時間がやってきた。言い出しっぺのAちゃんが先に鑑定をしてもらうことになり、私は隣に並んでそれを聞くことにした。
おじいちゃんは差し出されたAちゃんの左手をまじまじと見つめると、チラシの裏を再利用したお手製メモ帳にサラサラと文字を書き始めた。殴り書きすぎて解読できなかったが、Aちゃんの手相から読み取れることが書かれてあるらしいことは確かだ。
「もう大丈夫ですよ」わずか30秒ほどでAちゃんの手相を見終わると、お話に突入した。
そしておじいちゃんからの最初のひとこと。
「あなたは大きい苦労や不幸はないですが、特別でっかい幸せもないですね。ごく平凡な人生です。あ、それは幸せなことですからね。」
...な、な、なんてことをAちゃんに言うんやー!!!!!
平凡な人生って!そりゃそれが一番幸せやけど!せっかくの占いだしなんか面白いこと言ってよ!未来に期待、持たせてよー!!
隣の私は心の中で思わず叫んでしまった。もしかしたら表情に出てたかもしれない。そしてAちゃんも微妙な顔をしていた。(そりゃそう)
その後、仕事や結婚した場合仕事はどうするかなどをなんとなく話し、あとは運のアップダウンの話や、人の何が運や人生の波に関係するかの話、ついには健康でご長寿のかたはどんな食事をしているかの話までなさっていた。今思えばあの時、30分の鑑定のうち8割は万人に通ずる話をされていたような気がする。
(これはやぶ医者ならぬやぶ占い師や。所詮マスターはマスターか。いやただの優しいおしゃべり上手なおじいちゃん、、、。カレーがおいしくてよかったぜ、、、。)
そんなことを思いながら、おじいちゃんのお話を聞いていた。占いとは言えないがこれはこれでためになるお話で、面白い30分であった。
しかしこのときのAちゃんのなんとも言えない顔は忘れられない。
おじいちゃんによる占いー私の場合ー
ついに私のターンがやってきた。例のごとく左手をおじいちゃんに差し出す。もはや私には緊張など微塵もなかった。なんなら(さーてどんな小噺をしてくれるのかしら?)ぐらいの気持ちでいた。
だがしかし、長い。長いのだ。おじいちゃんがAちゃんの時の3倍くらいの時間をかけて私の手相をみているではないか。何度もメモ帳に文字を書き殴る手を止め、じっくり私の左手と向き合っていた。さすがに少し緊張感が走った。
そしてまっすぐ目をみて一言。
「あなた今お仕事どうなってる?」
ドッキー!!!!!!!! 私の心臓は飛び跳ねた。
なんか私見透かされてる…?そんな言葉が浮かんだ。
なぜわかったんだ。さっきAちゃんには、安定したお仕事を淡々とやっててそれなりに満足してるよね、という前提で話してたではないか。しかも導入は人生全体の話からしてたではないか。なのになぜ私には開口一番に仕事の話を?まさか、新卒で入社した企業にて病み、1年で辞めて、転職したいのにどうもうまくいかず、ずっと霧の中にいるような私のことをご存知で?
やばい、Aちゃんの時とおじいちゃんの目つきが違うぞ…。このおじいちゃん、当たるのかも…と一気に緊張が走った。
そして心を落ち着かせるよう努めながら、新卒で証券会社に入ったこと、病んだこと、辞めたこと、したいことが分からないこと、現状無職であること、それらを赤裸々に説明した。
それを静かに聞いていたおじいちゃんは「うん、あなたに一番向いてない仕事選んじゃったね。ノルマや売りつけてるような罪悪感は一番あなたにとってダメなやつ。しかも根っからの文系だから、そこも合ってない。」
と言い放った。正直あっけにとられた。私だって環境さえよければ、お局のターゲットにさえならなければ、きっと証券マンとして頑張れたのに!と今まで思っていた。だからこそ弱い自分が嫌いで許せなかったし、劣等感に苦しんでいた。しかしおじいちゃんのこの言葉はそれらを一蹴してくれたのだ。
そして、「あなたの天職は主婦だから。」と続けて言い放った。
これまたあっけにとられた。きっと私は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていただろう。
仕事に就きたくて、かっこいい自分になりたくて、少しでも早く自立した女性になりたくて、でもうまく転職活動に取り組むことができなくて、、、そんな焦りに苦しみ、余裕がなくなり、「俺が養うからそんなに焦らないでいいんだよ」と言ってくれた彼氏を突き放し、傷つけ、そんな自分がまた許せなくなり、ずっとひとりでイライラしていた。
しかし、別れたことがきっかけとなり、いつか彼と胸張って再会できるようなかっこいいキャリアウーマンになる!と決意を固めることができたところだった。
それなのに天職は主婦…。しかも仕事仕事と焦れば焦るほどご縁が遠のきよくない方向にいくとのこと。おいおい、今の状況にお墨付きもらってるじゃん。私は転職のことに気をとられて焦ったことで彼との関係をこじらせたのだ。皮肉なことに喫茶店の父に結局ズバリ言われたわけだ。逃した魚は大きいよ、と。
しかもさらに皮肉なことに、店内のBGMはオフコースの不朽の名曲、「さよなら」だった。いやあまりにも出来すぎでしょ!笑えちゃうよ!と内心ツッコミながら、実際は少しばかり涙を浮かべてしまった。
自分の醜いところを見せても、どんな状態でも、「そのままでいいよ、そのままで十分かわいいよ」と言ってくれる人と結婚し、そんな人のために家庭を守ることがあなたの幸せだから。とのこと。
ああ、まさに彼だった。うつになり、夜中に突然泣きわめいても、そっと抱きしめて夜通し背中をさすってくれた彼。ストレスでひどく肌が荒れて最悪な顔になっても会うたびに「今日もかわいいね、かわいいを毎日更新してくるからすごいや!」と言ってくれた彼。死にたいと言ったら、「俺のために生きてとかおこがましいことは言わないから、せめて大好きなママを悲しませないために、生きてほしい」と言ってくれた彼。「無理して働かなくてもいいよ。養うために今自分は社会人頑張ってるし、これからも頑張るんやから」と言ってくれた彼。「嫌だと言うかもしれないけど、俺はうつが治らなくても、壊れたままでも、それでいいよ。ずっと好きだからそのままでいいよ」と言って抱きしめてくれた彼。
いろんな場面が走馬灯のように頭に駆け巡り、やっぱり彼を愛していたし、その何倍も私は彼に愛されていたのだと悟った。つらかった。気付くのが遅かった。
いつから間違っていたのだろうか。かっこよく働く、家庭をもっても働く、ずっとかっこいい彼女でいる。そんなミッションを課して苦しめていたのは他でもない、自分自身であった。そんな理想は本当に自分の本心だっただろうか。周りの友達はみんな普通に働いていて、前職の職場の女性陣も子育てと仕事を当たり前のように両立していた。だからそれが普通で、自分もいい大学行ったからにはそうしなきゃ!と思い込んでいたのではないか。
本当の幸せは、大好きな彼のそばにいること。毎日彼が仕事で嬉しかったことや腹立ったことを聞き、明日も仕事を頑張るモチベーションであり続けられること。おいしいものを一緒にお腹いっぱい食べること。用が無くても電話をしてどうでもいいことも話せること。おじいちゃんおばあちゃんになっても一緒に夜通しトランプをすること。そういったことだったのではないか。
そんな大事なことに、いま気づかされた。私は何を焦っていたのか。もっと幸せにならなきゃと思っていたが、十分に幸せだったのに。とても未熟で愚かだった。
ああ。やっちゃったな。心があまりにも痛すぎるが、これは成長痛かな。そんなことを思った。
涙を浮かべる私におじいちゃんは、
「目の前のことをひとつひとつしていきなさい。それも、楽しんでやりなさい。そしてあなたは自分で運をつかみにいくより、あなたのことを応援したい誰かが運をもってきてくれるタイプだから。焦らずに目の前のことを着実に、楽しみながらやっていくのが大切だよ。」と優しく微笑んでくれた。まるで孫をみるかのような優しい目に、ますます私の涙腺は緩んだ。まさに「喫茶店の祖父」である。
他にも、文章を書く能力があること、ロマンチストであること、頭がよくて成績優秀だから勘違いしちゃうけど本当に得意なのは文系科目でしかないこと、仕事に就きたいのなら夢を与える仕事に就くといいということ、精神のアップダウンが人より激しいこと、小さな苦労をたくさんしてきた手相であることなど、いろいろなことを教えてくれた。
特に印象深かったのは、「頭でいろいろ考えすぎちゃう人だから、ごくシンプルに!好きなものを、なんで?どこが好き?と思わないこと。好きなものはただ好きでいいの!そしてあなたはもっと楽しんでいい!転職したいなら、どんな企業や人が自分を評価してくれるのかなあ、ってわくわく楽しみながらやりなさい。楽しいと思うことをやりなさい。」と言われたことだ。
自分でも思う節があったのだ。物事に対して「なぜ?」と考えることが多く、思考の深海にすぐに沈んでいくし、なにか楽しくてやってたことも、「~したい」から気づけば「~しなきゃ」という表現に変わっている。そんな自分が嫌いだったし、なおらない性格だとあきらめていた。でもおじいちゃんに言われたら、そっか私は楽しんでいいんだよね。と思えたから不思議。肩の力がすっと抜けたような気がした。
そして最後に私を見つめて「大丈夫、この子はもう私が言いたいことをわかってるから。」とおじいちゃんは呟いた。これがAちゃんに対していったのかなんなのかよくわからないが、おじいちゃんが言うのならば自分の潜在意識はきっとわかっているのだろうと思ったし、すべてがいい方向にいくという根拠のない自信もでてきた。この先どうなるかはわからないが、だからこそ楽しみだと思う余裕が出てきた。彼のことに関しても、本当に私にとって「彼」だったのであれば、今後必要なタイミングでまたご縁が結ばれるのであろうと思った。
素晴らしい哉、手相占い。素晴らしい哉、喫茶店の祖父。
占いを終えて
大満足の占いデビューを終え、我々は感想を語りあいながら歩いて駅に向かった。
「なんか…私、途中から一般論語られてなかった?気のせい…じゃないよね?」Aちゃんが気まずそうに口を開いた。
ああ、そうでした、、、。Aちゃん、なんとも言えない占いされてたんでした。やはり本人も気づいていたか、一般論を語られてたこと、、、。
苦笑いするしかない私に対しAちゃんは、
「まあしょうがないね!私いまなんにも悩みないもん!やっぱりこういうのは悩みとか迷いがあるときに来るべきだわ!」
と言った。
、、、なんですって?悩みなかったの?占い行きたいって言ってたからよっぽどしんどい何かがあったんだと思ったぞ??何かに縋りたいって言ってたから、きっといましんどい時期なんだと思ったぞ??私は心の中で大慌て。
「え、ほんとに?」なんとか絞り出してそう尋ねると、「うん!でも占い行かなきゃと思ったんだよね、なんとなく!」とあっけらかんと答えた。
その横顔はどこか清々しく感じた。
もしかして、私のため?これがおじいちゃんの言ってた、私を応援したい人が運んできてくれる運ってやつなの?
なんだか心がじんわりと温かくなった。何があっても味方でいてくれる。そばにいてくれるAちゃん。
やっぱり「幸せ」というものはいつもすぐそばにあるんだと実感したのだった。
後日談。
いつもお世話になっているネイリストさんに、この手相占いの一連の話をした。
すると、「私も全然悩み事とかなんもないときに、あの子を誘って占い行こう!と思い立ったときがあったんですよ!それで、あんまり乗り気じゃない友達を連れて占いにいったら、私への占いはサラっと終わったんですけど、その友達にはすごく親身になって、具体的なアドバイスも言ってたし、内心私が思ってたけど友達だからうまく言えなかった、喝を入れるような厳しいこともちゃんと言ってくれてて。この子のために自分は占いに行きたくなったのかーと思ったし、占う側も、こっちの子にいまアドバイスが必要だわ、と分かるんだろうなあと思ったことがあったんです!」と教えてくれた。
今回の私たちもそうなのかも、とおもった。きっとこれも何かのお導きだったに違いない。Aちゃん、いつも本当にありがとう。そして喫茶店の祖父よ、ありがとう。いつかあなたに弟子入りしたいです。
占いから2週間が経った。最近の私はというと、楽しい‼︎と思えるヨガに熱心に通いはじめたし、あんなに嫌がっていた転職の面接を「今日はどんな人と話せるかな?」と楽しみにするようになった。彼のことはまだ引きずってはいるが、ネガティブな苦しみはなくなった。その代わり、どうかいつも健康でいてほしいし、いつかまたご縁があって会うことがあれば、会わない間にどんなことがあったのか報告し合うのがとても楽しみだなあと思うようになった。
何より、おいしいココアを飲みながら、こうやって大好きな文章を書くことができてとても幸せだ。
一歩一歩、小さい一歩かもしれないが、着実に進んでいる自分が誇らしい。そんな今日この頃。