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沈黙はお洒落
電車で面白い人を見つけた。
向かいに座った上品そうなお爺さんが、仕立ての良いトレンチコートの膝の上にハンカチを広げて、そそくさと取り出したカップ酒を背筋よく飲んでいた。
こんなにシャンと背筋を伸ばして、エレガントにカップ酒を飲む人を初めてみたので、なんだかすごく面白かった。公共の場でお酒を飲むのはあまり良しとされないが、このお爺さんに至っては、まるで高級寝台列(ななつ星とか、カシオペアみたいなやつ)の食堂車両にいるかのような気品ある佇まいで、東京メトロ利用者の層の厚さに驚きを禁じ得なかった。
びっくりしていたら目が合って、彼は無言でニコリと笑って、まるで「おっと、失礼。」みたいな、少しバツの悪そうな笑顔でカップ酒を飲み干した。飲むのをやめるのではなく、グビっと飲み干した。そりゃもう青汁のCMみたいな軽快な飲みっぷりで。「なんてイケてるジジィだ」と思った。私も無言でニコリと微笑み返した。
お爺さんは手慣れた手つきで空き瓶をハンカチで綺麗に包み、日本橋へと消えていった。このクラスのお爺さんになると、カップ酒の空き瓶をコンビニの袋に入れるとかポッケに隠すのではなく、ハンカチに包んで持ち帰るのか。知らなかった。かなり興味深かった。
このお爺さんも、きっと仲間や家族が隣にいたら、こんなふうにカップ酒を飲まないんだろうな。誰にも見せない、自分だけのささやかな楽しみで、ほんの少しだけ自由になれる時間なのかもしれない。だとしたら、なんか可愛いなと思う。気品を捨てきれてないのも面白い。人間は、愚かさや低俗さが隠しきれないのと同じように、品の良さやスタイリッシュさも隠しきれないものなのだと感じた。
誰だって、友人や家族には見せない「別の顔」がある。
昔はそういうのが許せないというか、とりわけ好きな人に対して、ヤダヤダさみしい!あなたの表情、全部が知りたい!という気持ちが強かったけど、今は全然思わない。今そういう相手がいないからかもしれないけど。
みんなそれぞれ、誰にも見せない顔がみんなあるんだと思うと、味わい深いな〜と思う。
秘密があるって、なんかお洒落だ。
品が良いと思う。
何でもかんでも人に言わないで、物事を隠しておけるポケットがあるなんて、気が利いているじゃないか。ホグワーツのローブには内ポケットが隠されていて、杖を仕舞える専用のポケットがあることを知った時も「お洒落だ……!」と思ったのに似てる。
人に言えないような悪いことをして隠してる秘密は嫌だなと思うし、奥さんに隠れて浮気してるとか不倫してるとかは、ちゃんと今すぐ死ね地獄に堕ちろ、と思うけど、
そういうことではなくて、
別に全部を人に言う必要がないとわかって、ちょっと手を抜いているとか、自分だけのささやかな楽しみがあるとか、そういう秘密がお洒落だなと思った。
さらに言えば
そういう他人の秘密や、その人のささやかな居場所を、
からかったり、鬼の首取ったようにはしゃいでさらしたりしないで黙っておけるのも「お洒落だな」と思う。
大事なのは、沈黙だ。
沈黙ってお洒落だ。
大人だ。
ブローチみたいだ。
子供がつけてたらオモチャだけど、大人が付けてたら「宝石だ」って思うもん。
現に今、私はこの話を黙っておけずにここに書いちゃってる時点で、クソガキだし、全然お洒落ではないことになってしまうが。
現実の世界で、友人や、大切な人には、
誰かの隠してる一面を偶然見つけてしまっても、誰かのアカウントを偶然見つけてしまっても、やいのやいの言わないで、
「そんな一面もあるのね」と、微笑んでスルー出来るような人間になりたいと思った。
人が隠したいものを、いちいち見に行く必要なんかない。人間関係は、目の前にいるその人、それがすべてだ。
わざわざ墓を荒らすのはマナー違反、他者には他者の「居場所」がある。
秘密はお洒落だし、
沈黙もお洒落。
大人の嗜みって、味わい深いね。
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