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ショートショート 「ゲンズブールのせい」
ゲンズブールの映画を観ていたら無性にジタンが吸いたくなった。
タバコを吸わなくなってから半年が経っていた。
と言っても、別に禁煙している訳ではなかった。
体質が変わったのか、ある時からタバコを吸うと気分が悪くなるようになって、それで自然と吸わなくなったのだ。
いま吸ったら絶対にオエってなるんだろうなぁ…。
と思いつつ、それでも吸いたい。
吸いたくて堪らないのだ。
パッケージを彩る鮮やかな青、ジプシー女、馬糞みたいな懐かしい匂い。
あーもうダメだ。
居ても立ってもいられない。
ゲンズブールのせいだ。
俺は映画を観たことを少し後悔しつつ、上着を羽織って家を出た。
そして出鱈目なフランス語で「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」を歌いながら、チャリンコでタバコ屋を目指してた。
「ジュテーム、ジュテーム…。ジュヴえぇ〜、ジュううぅ、べじゅやーん♪」
さいわい店はまだあった。
「ごめん下さい」
「いらっしゃいませ〜」
「ジタン下さい」
「あぁ…。ジタンは販売終了しちゃったんですよ」
「え。いつ?」
「今年です。2023年に。ウチにはもう在庫がなくて…」
「あーそうなんすね。分かりました」
俺は店を出た。
吸うな、ということなんだろう、きっと。
うん、そうだそうだ。
だって吸ったら確実に気持ち悪くなるんだもんな。
それに吸わなくなったことで、色々といいことが起きている。
浮いた金をレコードに注ぎ込めるようになったし、痰が絡むことも無くなったし。
よし、帰ろう。
俺は神の思し召しに従うことにして、自転車のサドルにケツを乗せた。
しかしここでひとつ疑問が湧く。
神って誰だよ…?
よく考えれば、俺は信仰を持っていなかった。
踵を返して店に戻る。
「いらっしゃいま…。あ、お客さん」
「ゴロワーズあります?」
「それが、ゴロワーズも…」
「販売終了?」
「はい。そうなんです」
「マジすか」
「マジです」
「そうすか…。他に黒タバコってないですよね?」
「ないんですよ。ごめんなさい」
結局アークロイヤルを買って店を出た。
店の軒先でさっそく一本吸ってみる。
不味い。
そして案の定気持ち悪くなった。
ゲンズブールめ…。
その日から俺は喫煙者に戻った。
三日に一箱ぐらいのペースでアークロイヤルを吸うようになってから今日でちょうど一ヶ月。
タバコを美味いと感じたことは今のところ一度もない。
じゃあ、やめればいいじゃないか。
尤もだ。
今の俺にとってタバコを吸っていいことなんか何もないのだ。
余計な出費は増えるし、痰は絡むし。
それに何より服に匂いが付くのがイヤだった。
俺はそういうことを気にする輩を心底軽蔑していた。
なので自分のケツを蹴り上げてやりたかったが、それは物理的に不可能だった。
四の五の言ってないでとっととやめればいいじゃないか。
尤もだ。
あー尤もだ。
風呂上がりに体重計に乗ってみると1キロ軽くなっていた。
それがどうしたって言うんだよ…。