10年前のチラシデータ
朝起4時起き、まず大きなため息をつく。
暗がりの中、カーテンを探し月の光を部屋の中へ招き入れ、着替えて顔を洗い家を出る支度をする。
アルバイト先のスーパーまでは自転車で行った。昨日遅くまでヤケ酒をしていてもバイトのシフトだけは守る。そういえば芸人をしていた頃も居酒屋のアルバイトを休んだことはなかった。ひとつも破天荒でない。それはもうただのフリーターだ。5年経った今も同じことを繰り返しているようで「チッ」。舌打ちをする。
おばちゃんたちにまみれて、惣菜コーナーで働く。早朝から昼前までの勤務。この時間、ぼくの頭の中は思考停止している。今でこそスーパーマーケットの惣菜コーナーのありがたみや価値を正常に判断できるような精神状態になったが、その当時は惣菜コーナーを呪っていた。
自動でシャリが握られてくる寿司マシーンが、強制労働の大きな人力歯車のようで、軽く握って仕上げるだけでいい寿司を意味もなく強く押し潰したり。
「とにかく早く帰りたい」頭の中ではそんな言葉ばかりで埋め尽くされていて。眉間に皺を寄せたその表情は、立派な寿司職人に見えたのだろうか。
アルバイトから帰ってからは自宅で缶詰になる。パソコンの電源をつけ傍に本を開き作業に没頭する。
もう少しでチラシが完成する。半年間、見よう見まねで作ってきたチラシ。このチラシが完成したら、一気にお披露目だ。今までの呪いを履歴書の封筒に詰め込んで、チラシと一緒に送りつけてやる。
履歴書や応募のメールを手当たり次第送った。何通送ったかわからない。
母親が自宅開業するというので、ポートフォリオにちょうどいいと思って作っていた。35歳フリーター。パソコンを全く触ったことがない状態から、机にかぶりついてやっとできたチラシ。
お金も精神も底をつきそうになったとき、アルバイトだが制作会社で雇ってくれるとところが見つかった。ぼくにとって第二の人生が始まった瞬間。
10年後の今、パソコンのデータを整理していて思わず物思いにふけっていた。
歴史はまた繰り返す。螺旋階段のように。今また、同じような日々を送っている。ひとつだけ違うことは、呪いではなく希望を抱いていることだ。
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