あのクラゲ。抜ける抜ける。
抜ける抜ける。
ブラシをするたびにごっそり抜ける。
ああ、ぼくじゃなくてね。オカンね。
もうね、かわいそうを通り越して悲惨というか。髪の毛がね束になって抜けていくのよ。
日に日にね、表情は暗くなっていって。口数は減っていくし外に出ることもなくなってきて。
一週間ぐらいで大きめの円形脱毛症が5個6個。地肌の面積の方が広くなってしまってね。とうとう塞ぎ込んでしまったのね。
でも不幸中の幸いだったのか。コロナ全盛期のときで不要不急の外出・三密を避ける期間だったから、アベノマスクをして家に篭っていても不自然じゃなかったから。
それがさ、オカンの心房細動のことで病院へ説明を聞きにいった直後だったからさ、もうぼく、怖くて怖くて。
内臓のどこかがイカれてしまったんじゃないかって。
すぐに内科と皮膚科受診に行ってもらって。
原因、わからんのよ。特に異常がないって診断でさ。皮膚科で発毛剤もらって帰ってきたのね。
その後、全抜けではなくて「子連れ狼の大五郎」でストップしたんだけど。
とてもじゃないけど、コロナ明けたって外へ出られる見た目じゃなくて大五郎。
そんな折にね、近所の商工会議所でね「医療用ウィッグ販売会」ってのがあってさ、したらオカンすごい剣幕でさ、
「これ!ちょっと付いてきて!ね!ウィーーーッグ!」って。ラオウのごとく天高く拳を突き上げたとか突き上げてないとか。
ぼくもね、おお!なんというタイミング!って思ったよ。グッチやシャネル、ベンツやBMW、パールやダイアモンドより「ウィッグだよ!ウィッグだよ!」って。
オカンが手にしたチラシは、力が入ってぐちゃぐちゃになっていたとかなっていなかったとか。
行きましたよ。ガラガラの販売会場に。高齢者女性と中年男性。鬼気迫る顔面と血走る瞳(まなこ)の大五郎。
販売員にはどう映ったのだろう。
親子ってわからんかったかも。
熟々熟女キャバクラ嬢と(じゅくじゅく)そのお客。
医療ウィッグ詐欺師。
二代目社長と女ウィッグ会長の視察。
お好きなのを、おひとつどうぞ。
それとね、ぼくね、てっぺんちょっと薄いのよ。
オカンはノッポさんみたいな帽子を深くかぶっていて。
ぼくは帽子は被らないスタイル。
「息子さんに似合うウィッグのお探しですか。メンズもございますよ」
なんて声かけられたら。
ぼくはもう、この街を去るよ。
藁をもすがる勢いでオカン。ウィッグ回転寿司が始まり。
「テメーの地毛より健康状態いいじゃねーか!」っていう、セミロングのウィッグを握りしめてお会計。ぼくの支払いは5万。
医療用ウィッグって高いのよね、いいやつ20万くらいする。それでも安いくらいか。わからん。5万はおもちゃみたいなもんかもしれないけど、ぼくには高い。ずっと使うならきちんとオーダーメイドしようって。
まずは、隠すこと。隠れること。
ウィッグ忍。ニンニン。
さてそれから、オカンのIKKO生活が始まった。
さぁ聞いてくれ。
オカンの髪の毛が抜けた原因を。
それはね、
それはさ、
それはだね、
でも、ただ白髪染めが強くてあなたの皮膚が炎症起こしてただけですからっ!残念!
生え変わって元どおり、箪笥の奥に仕舞い込んだウィッグなんか燃やしてしまえ!斬り!
どうや!
時代遅れのギター侍で成仏させてやったぞ!
チクショー!チクショーメェ!
うかべた涙も、
不安で震えた指先も、
あのクラゲ(ウィッグ)と一緒にふわふわと。
ま・ぼ・ろ・しぃー!