恋ジャズ #26「幸せなふたり~Cry me a river~」
節のないスラリと長い彼の指が、彼女の頬にそっと触れる。
まるで、「愛してる」とでもささやくように。
だから、彼女は期待してしまう。
ありもしない未来を。叶うことのない想いを。
彼と彼女は、誰が見ても「幸せなふたり」。
だから、彼女の嘆きに気づく人はいない。
ふたりの心が通い合っていないなど、考えもしない。
彼と彼女は、一対になることが生まれたときから決まっていた。
それは別に、赤い糸などという話ではないけれど。
確かにふたりは、一対であることを望まれ、
一対であることが約束されていたはずだった。
たとえそれが、周囲の思惑とか都合とか、
いわば、鎖のようなものであっても。
彼の指先に、わずかな熱もないと、彼女は知っている。
彼女を見つめる彼の瞳は、凪いだ海のように静かで、
冷たく透き通っているばかり。
だからもう、彼女は期待してはいけないのだ。
ありえない可能性など。
真実を知っているのは、彼と彼女だけ。
けれど、それを嘆いているのは、彼女だけ。
彼女の心を置き去りにしたまま、
「幸せなふたり」の物語は、続いていく。