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「日本は邪悪」「1945年から何も学んでいない」
アメリカの鉄鋼大手トップが、日本に対して驚くほど強烈な批判を放った。その発言は「日本は邪悪」「1945年から何も学んでいない」など、経済の領域を飛び越え、歴史問題やナショナリズムを刺激する内容だった。
きっかけは米老舗メーカー「USスチール」の買収をめぐる争い。日本製鉄(以下、日鉄)は2023年に大規模な買収計画を打ち上げたが、米政府が「国家安全保障上の懸念」を理由にストップをかけ、そこにアメリカ国内の競合企業が再度手を伸ばしてきたという構図だ。
問題は、単に買収の奪い合いで終わらなかった。アメリカ側の経営者が公の場で日本を非難し、第二次世界大戦にまで言及したことで、両国間の経済的・政治的関係にも波紋が広がっている。鉄鋼は軍事やインフラに直結する産業でもあるため、「国外資本に握られるリスク」を強調したい思惑もあるとみられている。実際、バイデン政権は同盟国であるはずの日本の買収案すら容認しなかった。背景には保護主義の流れがあり、国内企業の保護を優先する姿勢が色濃く見える。
ただ、米国と日本のあいだには長い同盟の歴史がある。1945年の敗戦後、日本は占領政策のもとで民主化や経済再建を進め、アメリカとの安全保障体制を構築してきた。1950〜60年代にかけては急速な成長を遂げ、のちに世界第二の経済大国へと躍進。1970年代以降は自動車や家電など輸出攻勢によって米国市場を席巻し、日米経済摩擦が激化したこともあった。しかし、ここまで直接「戦争」や「敗戦」を持ち出して企業批判が行われるのは珍しい。
むしろ、1980~90年代の“ジャパン・バッシング”では「円高への誘導」や「半導体協定」といった貿易ルールの議論が中心で、歴史認識の問題にまでは踏み込まなかった。だからこそ今回の「日本は邪悪」発言は衝撃的だ。
保護主義的な言動は、トランプ政権時代に大きく注目されたが、バイデン政権に入ってからも一部では継続している。中でも鉄鋼業界は政治の影響を受けやすい。過去の栄光を取り戻そうとするラストベルトの有権者層が存在し、大統領選の票を左右する。政治家や企業トップは、その空気を敏感に読み取り、「海外勢による企業買収はアメリカの利益を脅かす」というメッセージを打ち出す場合がある。
一方、日本製鉄とUSスチールは「合併すれば世界トップクラスの鉄鋼メーカーが誕生し、コスト効率と技術力の両面でプラスになる」と主張している。アメリカ側の安全保障上の懸念に応えるため、米国内に生産拠点を残し、政府が拒否権を行使できる仕組みも提案したという。しかし、それでも大統領令による買収禁止は覆らず、最終的には法廷で争う流れになっている。もし買収が破談となれば、日鉄は巨額の違約金を支払わなければならないリスクもある。
こうした混迷の中、新たな買収候補としてクリーブランド・クリフスが浮上。CEO自らが「日本は1945年から学んでいない」と強い言葉を発することで、国民感情を刺激し、政治家を味方につけようとしている可能性がある。保護主義は支持も集めやすいが、国際協調の基盤を大きく損なう危険性が伴う。とりわけ世界のサプライチェーンは複雑に絡み合っており、日米どちらの摩擦も他国の産業に波及していく。
今後、法廷闘争の結果や米国政権の動向次第でシナリオはいくつも変わるだろう。バイデン大統領が方針を変えて買収を認める可能性は現時点では低いとみられるが、次期大統領の政策によっては再度議論が巻き戻されることも考えられる。いずれにせよ、「日本は邪悪」というセンセーショナルなフレーズが投げかけたのは、日米両国が積み上げてきた“同盟”のイメージを揺さぶり、経済安全保障や自由貿易体制の今後を問い直すインパクトだ。
米国内でも今回の過激な言葉を冷静に批判する声は少なくない。USスチール自身が「不当な発言だ」とコメントを出しているように、全米が一枚岩で反日感情を抱いているわけではない。だが、ひとたび保護主義とナショナリズムが高まれば、企業買収の枠を超え、両国関係を長期的に混乱させる要因となりかねない。第二次世界大戦の記憶にまで踏み込むレトリックが、どこへ行き着くのか。日米の鉄鋼覇権争いは、単なるビジネス問題ではなく、時代を超えた歴史の火薬庫を再び開けてしまうかもしれない。